11話 ……初戦闘?
「まいったわね……」
あれから私達はスクリーンショットだけでなく、自動地図にスクリーンショットを差し込んだり、今日あった事を書き込んだりと、自動地図を思い出帳扱いして遊びまくっていた。おかげで現在、日が暮れて真っ暗になった森の中を月明かりを頼りに帰ることになってしまいました。
「ごめんなさい……私が調子に乗ったばかりに……」
明らかに私が調子に乗ったせいだ。落ち込む私に私こそとディアさんも自嘲の笑みを浮かべる。
「いいえ、本来なら経験者である私のほうが想定しておくべき事態ね。まあ、お互い謝っててもしょうがないし、ここは安全第一で確実に降りて帰りましょう」
そう言ってゆっくりと足を進めるディアさん。自動地図のおかげで帰り道を見失うことは無いが、暗闇で足元が見えづらい為危険度は高い。それに敵に遭遇する可能性もあるのだ。慎重に慎重を重ねて、私達は進む。けれど、どんなに慎重を重ねても、来る時には来るものだ。
その時、微かに私は違和感を感じた。同時にディアさんが急に立ち止まり、手で止まるように指示する。
「静かに。動かないでね?」
そう言って、ディアさんは真剣な表情で木の陰から、茂みの奥を覗き込んだ。そこには大きな熊型の魔物がいた。体長は3メートル程で、姿形はよく見えないが相当に興奮しているのが分かる。もしかしたら、匂いや何かで私達の気配を察しているのかもしれない。
「静かにして。このまま見つからないように、慎重にこの場を離れるわよ」
ディアさんは緊張した趣でそう言った。私は一も二も無く頷いた。けれど、野生の動物の感覚は私達の想像を超えているらしい。今の僅かな声に反応したのか、熊型の魔物の目が明らかにこちらを射抜く。
「ぐぅぅっ、ぐがああぁぁぁっっっっ!!!」
見つかった。もう名前など確認なんてしてられない。夜間での戦闘は日中の数倍危険だとディアさんが教えてくれていた。昼間一瞬で倒せたゴブリンでさえ危険な程。だから、敵が来たらなんとしても逃げるしかないと。ましてや、あんな強そうな魔物に勝てる筈が無い。
「っ、こっち!!」
ディアさんが手を引いて真っ先に動く。足元がまったく見えず、転びそうになるが、無理やり体勢をただし、すぐにディアさんに追いつく。同時、熊の魔物も私達を追って来た。森の悪路を、足元も見えない暗闇の中で、しかも、斜面を急いで下る。危険極まりない行為だが、そうしなければこの魔物に喰われて終わるのだ。
バランスを崩したり、木の枝が頬を切り裂くが、無視して全速力で駆け下りる。いつの間にか、私はディアさんを追い越していた。走ることに特化している分、速さだけはディアさんよりは上、でも今のままでは熊の魔物には追いつかれる。
私は危険な賭けに出ることにした。
「乗ってください!」
全速力で、ディアさんの目の前を走り、そのの腕を取る。戸惑うディアさんがじれったく、やや強引に身体を引き付ける。
「乗って下さいっ! そしたら『加速』で逃げ切ります!」
怒鳴るように言うと、理解してくれたのかディアさんは頷き私の背中に飛び乗る。一瞬バランスを崩しそうになるが、そのまま持ちこたえる。ここを耐えれば逃げ切れる。そう信じて。
「『加速』!」
私の宣言と共に、私達は急速に速度を上げていく。熊の魔物も速いが、それでも『加速』を利用した私の方が速い。じわじわと、今度は逆に私たちが距離を離していく。MPは帰り道も『隠密』で使用したせいで残り少ないが、STは自然回復で満タンになっている。『加速』は両方を消費して使うが、MP使用量は少ないので何とか持ってくれるはずだ。
全速全開で熊の魔物を振り切りに掛かる。けれど、視界の悪さが仇となって、木々に阻まれ速度を落としたり、悪路に足を取られてどうしても突き放しきれない。途中、ディアさんがボムストーンというアイテムで牽制してくれたが、それでも振り切れない。そして、ついにその時が来た。
「あっ!?」
急速な速度の変化についていけなくなり、一気にバランスを崩す。それでも、ここで倒れては一瞬で奴に倒されるのは分かっていたので、無理やりでも体勢を持ち直す。それでも、事態の悪化は止められない。
(しまったっ……!! ついにMPが切れた。これじゃ『加速』できないっ!!)
むしろ、ここまでよく持った方なのだろう。けれど、この場面のMP切れは死刑宣告のようなものだ。しかも、『加速』が止まったせいで一度バランスを崩している。これまで折角稼いだ距離も随分と縮められた。『加速』無しでは熊の方が私より速い。これが意味することとは……?
(止めよう。悲観的な事を考えても仕方ない。それよりこの状況を打破できる何かを……っっ!?)
不幸とは続く物だ。私の目の前にはいつの間にか大きな岩があり、道を塞いでいた。暗闇のせいで、気付くのが遅すぎた。横に避けるにはもはや間に合わない。よしんぼ、間に合ったとして、急速な減速を掛けなくてはならず、そうすれば熊の魔物に追いつかれる。私は覚悟を決めた。
「行きますっ!! しっかり掴まっていて下さい!」
眼前に迫る大岩にか、ついに荒い息が掛かるほどの距離に迫った熊の魔物にか、背中におぶさるディアさんが短い悲鳴を上げた。同時に私は、その身を空に預けた。
「っ、『跳躍』っっ!!」
地面を強く蹴り、高く高く、空に身を乗り出す。大岩を越え、そのまま私達は岩の向こう側の地面へと落ちていく。途中、大岩に何かがぶつかるような音と、熊の魔物の悲鳴のような声が聞こえたが、それを考えるだけの余裕が私には無かった。
どかっという、強い衝撃が身体を襲う。
地面に身体を打ちつけた痛みに悶えるだけの体力も無く、そのまま地面に突っ伏していると何かの影で月明かりが遮られた。顔だけを持ち上げると、そこにはディアさんがいた。今にも泣き出しそうなぼろぼろの表情だ。何か言わなければと思うのだが、疲れ切った身体では、碌な言葉も思いつかない。
「……済みません。怪我は、ありませんでしたか……?」
しばらくの後、ようやくそんな台詞を口に出せた。結局奴はどうなったとか、色々聞きたいことはあるのだけど、口に出せたのはそれだけだった。それを聞くと、ディアさんはさらに泣き出しそうな顔をしてしまった。あぁ、そんな顔をさせたいわけじゃないのになぁ……。
「えぇ、シーラちゃんが頑張ってくれたからね。大丈夫よ。それにあの熊の魔物も大岩にぶつかって倒れたみたい」
だから、とディアさんは続ける。
「後は本当に帰るだけよ。帰ったらゆっくり休みましょう。暖かい紅茶でも飲んで…………それから、」
? 何を言っているのだろう。上手く聞こえない。あぁ、それよりも凄く眠たい…………。