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託宣の御子  作者: 如月 宙(ソラ)
9/14

《 劔 》o。◈。o 言の葉の矛先 o。◈。o

言の刃。

華美に飾り立てるものでは無く、錆び付かせれば何者にも届きはしない。

鍛えて磨くは(ヰクラ)の内に。

刃向く護るも(ヰクラ)のままに。





「…ねぇ。それで、隠れてるつもり?」



これ以上我慢するのをやめた、と言わんばかりにヒミコはふう、と溜息をこぼした。


黄色い絨毯のように群生しているたんぽぽの葉を、籠いっぱいに摘み終え。


今はその真っ直ぐで丈夫な根を、手頃な大きさの石で黙々と掘っていたのだが、その手も自然と止まる。



「あなたの、穏やかじゃない視線が煩くて不快。精霊の声も遠くなる」



人の気配のする森の茂みへ視線を向けて、ヒミコはそう語りかけた。


それでも隠密を装う人物はシラを切るつもりなのか、何の反応も見せない。


正体を明かすつもりがなくとも、相手に気づかれた時点で最早隠れる意味はないのだが。


むう、とヒミコが不快げに眉根を寄せ、頬を膨らませたと同時に「いてっ」とその茂みの方から声が聞こえた。



偶然のような必然のきっかけ。


自分の声で存在を証明してしまった事に観念したのか、緑に茂った笹の葉をガサリと大きく揺らして木立の中に現れたのは、仏頂面をした少年だった。




「……お前、今松ぼっくり投げただろ」


「私は何もしてない。あなたが自分で、松の木の下に隠れていただけでしょう?」


「余所者が一人で森に居るのを見つけたからな。怪しい事をしていないか、見張っていたんだ。……そんなに土を掘って何を埋めるつもりだ?」


「………私、あなたみたいな人を、よく知ってる」




ーーどうして土を掘ってるだけで、何か埋めるつもりだと思うのよ…



そんな呆れの気持ちと共に、再び大きく息を吐き出しそうになるのを堪え、ヒミコは曇った表情のまま、再び手元の作業に取り掛かった。



思い出すのは背を(ツチ)に預けて、青々と伸び始めたばかりの草の爽やかな香りや、体がポカポカしてくる日向の温かさを忘れないよう、すぅっと深く呼吸を何度か繰り返した刻のこと。


風に形を変えては、少しずつ流れ行く真綿のような白い雲を。


何処までも高く澄んだ、優しい空の色を。


常には(ひのき)作りの室内しか見る事が無い瞳に眩し過ぎる太陽は、かざした片手で光を遮りながら。


ーーただ、ただ眺めていた。



きっと、あの頃はそうやって自分の感覚を確かめていたのだと思う。


自分にとっての外が、どんなものか。


どう、自然を感じるのか。




ひたすらに冷たく肩や頭に打ち付ける厳しい水の流れで、泣いているかのように呼吸すらままならなくなる、滝での(みそぎ)


息苦しさや痛みに全身が悲鳴をあげ、自身を守ろうとするかのように勝手に強張る身体を意思でねじ伏せ、深く呼吸を繰り返しながら、精神を研ぎ澄ませる修行。



ーーそれは「雑念も思考も削ぎ落とす為の、清めの行だ」と教えられたけど。


あの滝での禊を《清め》だと言うのなら。



今のように花を愛で、後々親しい人と茶を楽しむ為に土をいじる事は、指や爪先だけでなく心をも穢す行為に当たるのだろうか?


こちらの方が生きている実感が湧くし、身近な人の笑顔が見れる。

自分にとっては、大事なことのように思うのに……




「………おい。たんぽぽの根なんか掘って、何に使うんだよ?」


「そう。《何かを埋める為》に土を掘ってるんじゃなくて、たんぽぽの《根っこを掘ってるだけ》なの。……あなたこそ、どうして私に構うの?」


「俺は、鍛錬しに一人で森に来てる。郷の護人になってから強くなるんじゃ、遅いからな。お前は郷の外から来た奴だし、郷の女達とも(つる)んでないから、行動がそもそも怪しい」


「………」



《怪しい》というか。

ひとりで別行動している余所者が《気に入らない》のだろう、と反論したい気持ちが一瞬芽生えたが、火に油を注ぐような発言はしないとヒミコは心に決めていた。


この少年が、故郷の監視役と似たような思考をしているのに気付いた後では尚更。




客人(まろうど)だかなんだか知らないが、俺は郷の奴らと同じ扱いはしないからな。護人として郷の為に剣を握るようになっても、お前の為に命を賭けて剣を振るえるかと聞かれたら(いな)、だ」


「……いっそ清々しいくらいに自分の想いに正直ね。でも、あなたは剣を握る前に、自分の《心の思い》と《言葉の(けん)》を納めることを覚えた方がいいと思う」


「……何言ってんだ、お前?」




大人しそうな見た目に反し、弓矢を手にした年上の自分にヒミコが何か言い返してくるとは思いもしなかったようで、少年は意外そうに片眉を上げた。




「……あなたが目指す護人は。《郷の外の人》だというだけで傷つけたり、剣を向けるような人達なの?」


「郷の民を守る為に帯剣してるから《護人(まもりびと)》って呼ぶんだぞ。なりふり構わず誰にでも武力を行使するのは、(ハタレ)の奴らぐらいだろうが」




ふん、と馬鹿にしたように鼻を鳴らした少年は「何も知らないのか」と言わんばかりに、屈んでいるヒミコを冷たく睥睨(へいげい)した。

それに対してヒミコは淡々と、質問を重ねる。




「普通の郷の人と、(ハタレ)と呼ばれる人達の違い、わかる?」


「幸せそうな他人に目をつけて、金目のものや食料を奪ったり、盗んだりして暮らす奴らが(ハタレ)だろ」



「普通の郷人なら、そんな事するわけねぇよ」と少年は苦々しい口調で表情を歪め、嫌悪感を露わにした。



「あなたが、護人になって守りたいものは《郷の人》だけなのだとしても。

ただ、ここでたんぽぽを摘んでいるだけの私を森の中から監視して、言葉の(けん)を向けるのは…《他郷の普通の人(・・・・・・・)》にもする事なの?」


「いや、それは……」




ここでようやく、少年はヒミコへの言葉と態度がどんなものだったのかを自覚したらしい。


返す言葉を無くした相手に、ヒミコは追い討ちをかけるように言葉を続けた。



「ならば、納めて。あなたの使う言葉や、そこから伝わる思いと同じ険しさをもって、あなたと語り合いたいとは思わないから」




ーーこれ以上、どう言えばこの少年に伝わるのだろう。



自分は確かに余所者ではあるが、行動に関しては郷長の許可は得ているし、たまには一人で居たい時もあるというのに。



過去(むかし)のようにカッとなった感情のままに言葉の応酬を重ねて、自分をわかってもらおうとも思わない。


相手も(がん)として話は平行線なまま、《(やしろ)から勝手に抜け出した問題児》だと、その後の監視の目が人一倍強まっただけだったのだから。




ーー似たような事があったからといって、(かたく)なになってはダメだ。いつか、ポキリと折れてしまう……



掘り出したばかりのたんぽぽの根を、摘んだ葉を乗せた籠の近くに並べながら、ヒミコは自分の心を懸命に(なだ)めた。



暖かい南風が、無言の二人の間を吹き抜けて行く。


丈高い葉が擦れ合い、サワサワと囁くような音を奏で、群生しているたんぽぽも、それにつられるようにして一斉に黄色の花を揺らした。




「………悪かった。お前のこと、疑ってかかって」



山郷育ちの少年は、自らの行いを客観的に振り返ることが出来るらしい。

探るようにぎこちなく、謝罪の言葉を口にした。



「深山で保護された《迷い子》が、いつの間にか《郷の客人(まろうど)》扱いになったのに納得がいかなかった。

たまにイブキと居るのを見かけても、お前だけはなんか……どこか、雰囲気が違う。

その違和感の理由を、見極めるつもりだった。《よくわからない》存在が嫌だった、つぅか」


「………その感じ方を、否定はしないけど。それ(・・)、私がどうにかできることでもないと思う」


「いや、だから。《納めろ》って自分で何とかしろってことだろ?」


「私があなたに言いたいのは、《言葉の切っ先》を私に向けるのをやめて。あなたの《ヰクラの中にあるもの》は、あなたが自分で(・・・)何とかして。

切れ味が悪くなって不快だから。持っているだけで重たいから。…そんな理由で、護人は誰かに大切な剣を放ったりしないでしょう?」


「授かった時から帯剣も、剣の手入れも自分でするもの………だな」


「そういうこと。あなたの思いも、言葉も。《使う時》を間違えないで。誰かに向ける前に《向けられた相手の事》を考えて。

大義を掲げて誰かの為に剣を持つ、と今から決めているのなら、それくらい簡単なことだと思う」




護長のアズマなんて、北の大樹で眠る私に自分の剣を遠ざけてまで、意思疎通に努めてくれた。


その場に居合わせた護人達も怪我をしないようにと、代わる代わる私を背負って山を降りてくれた。


ーーあの人達が、郷の中でも稀有な存在だったのかもしれないけど。



それをこの場で引き合いに出してしまうのはどうかと、ヒミコは思い出すに(とど)めた。


それでも他意なく、優しくしてくれた人達を思い出すだけで、固く強張った心が少しだけ柔らかくなったように感じる。




「いちいち考えて話したことねぇから、俺には難しい。………なぁ、それ手伝うから《自分で何とかする方法》教えてくれよ」


「だから《私に》構わないで、って言ってる…のに……」


「頼むっ!俺は、ただの乱暴な大人になりたいわけじゃないんだっ…!」




つい先ほどまで自分に火花を散らすような警戒心をみせていた少年は、どうやら今度は言葉を交わすのをやめる気が無いらしい。


その勢いに若干及び腰になりつつも、ヒミコは自分なりの考えを述べる。



「ええと。自分の《感じた想い》に向き合えばいいっていうか……あなたの場合は警戒心が強いだけ、なんだと思う。

あと単に、私のことが不快なら意識的に考えなければいいだけ……だし」


「そうか!他には!?」




傍目には黄色のたんぽぽに囲まれて、葉と根を採集しながら仲良く語らう、微笑ましい二人なのだが。


真実、その両者の間には明確な感情の温度差と、一向に縮まる気配のない心の距離があるのだった。





゜+o。◈。o+゜+o。◈。o+゜





「イブキは、狼の仔犬に懐かれたら…どう思う?」


「仔犬に?……うん、嬉しい、かな。人に懐きにくいらしいけど、強くて賢いから狩りの相棒にも向いてるらしいし。

どうしたの?たんぽぽ摘みに行った森で、仔犬を助けた、とか?」


「………噛みついてきたのは、ウツギだよ」




ひとり笹薮に潜み、不快感を露わに「俺の縄張りでウロつく余所者め」と威嚇してきたウツギは、《山郷の少年》というより、森で遭遇した《狼の仔犬》で十分だ。




「噛みついて……?ウツギって。同じ名のひとなら知ってるよ。狩りは人一倍上手いけど、単独行動が多いし、結構性格も言葉も人当たりキツいんだよね。悪い人じゃないけど、仔犬の名にはどうかなぁ…?」


「イブキと同じ【カゼ】と【ホ】の名の()だったけど。【ホ】が多いからか私は苦手…」


「……姉上、ウツギに懐かれたの?友達に、なったの?」


「やだ。いくらイブキでも、ウツギを友達だなんて言わないで」




自分の知らないところで、郷の中でも一風変わった人と交流しているな、とイブキは不思議そうに首を傾げた。


郷一番の機織りの腕前で、嫁いだばかりの女性であるヨモギや、同世代でも一匹狼のようで近寄り難いウツギとの接点がまず、思い浮かばない。




「イブキは、たんぽぽの葉で淹れたお茶と、根を炒った珈琲ならどっちがいい?」


「たんぽぽ珈琲、飲んでみようかな。たくさん作れそうだね?」



ヒミコは葉と根を綺麗に洗ったものを、それぞれ細かく刻み終え、(むしろ)の上に丁寧に広げていた。



「これから陽に当てて、よく乾燥させてからね。ヨモギにも、お裾分けするの」


「出来上がり楽しみにしてる」




まぁいいか。姉上が楽しそうだから、とイブキはヒミコの作業を見守るに(とど)めた。


姉上(ヒミコ)にしては珍しく、伯母上(ミモザ)の手を借りずに最後まで作ろうとしているのだから、自分も手伝わない方が良いのだろう。




ーーその後。


ヒミコが暫くの間、森へ一人で行かなくなったのは、たんぽぽのお茶と珈琲を作るのに満足した為だとイブキは思っていたが。


実際のところ、ヒミコは郷の外だとしつこいウツギを避けていたのだった。





゜+o。◈。o+゜+o。◈。o+゜


ウツギ→自立心をはじめとし、ヤル気を掲げ、知恵を繋ぐ。(ホとカゼの名)



治国の二種神宝(フタハシラ)→国家統治の建国理念を表徴した《トノヲシテ》と、人々に害を与える罪人を処断する意味の《サカホコ:後のツルギ》の二種。


◇トノヲシテ→人々に教え導くこと、恵み和すことを根底とした国づくり。

助け合いで生きて行く厳しい時代の変革として陸稲(オカボ)から水田稲作への移行。六千年前頃に始まり、おおよそ三千年間続いた。


◇サカホコ (ツルギ)→気候の変化により世知辛くなった後の世で、豊かな集落を羨む略奪集団(ハタレ)の乱が発生。

争乱を治める為に《(まつりごと)に逆らうと滅ぼす》という銘名のサカホコが神宝(カンタカラ)に付加された。


◇トリヰ→ミヤの前に建てる鳥居(トリヰ)のタテの柱は、トノヲシテとサカホコの二種神宝(フタハシラ)を表現し、ヨコの橋渡しの貫は、《国民を潤そうとする心情》を表す。

七代 天神(アマカミ)イサナギ・イサナミの時代に始まる。

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