o。◈玉響◈。o 月のツユ、川のミヅ
ヒミコの最初で最後の川原での禊。
すぅぅ、はぁぁ、と大きく肩で呼吸してからもう一度、川原特有の少し水気の多い爽やかな空気を深く、吸い込んで止める。
それから目を閉じて素早く屈み、ザブッという音と共に、ヒミコは川の流れに身を沈めた。
コポコポコポ…と小さい泡が肌を辿って上り、水中に広がった髪が耳元をくすぐる。
次いでヒィーー・・・ィインと【ミヅ】の流れの音が、体に響き渡った。
ミヅの流れに身を任せて。
心を鎮めて。
月から降されたツユに、心身を清めてもらう。
目を閉じたまま、眉間の少し上の辺りに集中して、心の瞳をひらく。
ーー感覚と共に広がる視界。
そこは、どこまでも蒼翠に染まるミヅの世界だ。
自分の反対側の岸辺の岩の陰に、隠れて泳ぐのは小さな山女魚。
疾い流れの下、川床の深みには岩魚の群れ。
陽当たりの良い浅瀬では、薄茶の水草に紛れて泳ぎの苦手な鰍も居る。
ヒミコの解いた髪がユラユラと、流れのままに水中に揺蕩う。
少し先の早瀬には、白い泡が逆巻く川面が視え。
岸のほとりでは、水苔を生やした丸い岩を撫でるように、穏やかにミヅが過ぎていく。
ミヅの流れ行く先では無く、ヒミコは自分の居る広瀬から臨む淵を眺めた。
一見するとそこだけ揺りかごのように、水流は穏やか。
川魚がじっとしているそこは、それなりにミヅの気も濃い。
清らかに流れるミヅが常に多く在るその淵は、どこまでも光を通す高い透明度を保ちながら、輝く森の緑を全て集めたかのような、美しい翡翠色をしていた。
ーー清く澄んだ月の雫が、集まるところ…きれい……。
コポコポ、と自分の口や鼻から小さな気泡が上がるのを感じ、翡翠色をしたミヅの世界から呼吸のできる川面へ、ヒミコは仕方なく腰を上げた。
「ぷは」と口の中に留めていた空気を吐き出した。
早朝の柔らかい日差しの中で、止めていた呼吸をゆっくり整えていく。
蒼翠の視界は長い間の事のようでいて、その実ほんの一時のことなのだ。
サラサラ、ちゃぷちゃぷと自分の太ももの辺りで、新たに生まれた流れと水音が遊んでいる。
ーーカゼは心地良くて好き。
心を優しく撫でてくれているようで。
ーーミヅの流れが視える瀬の音も、好き。
心が清く洗われていくようで。
ミヅの中ならフワフワしているのに…と少し残念に思いつつ、ヒミコは緩慢な動きで着替えが置いてある川岸へ向かった。
水を含んで重くなった髪や衣が、ピッタリと体に張り付いたままなのは何とも具合が悪いのだ。
滑りやすい水中の足元は、小石が密集しているところを足裏の感覚で慎重に選びながら進み、どうにか岸へと無事、辿り着く。
「あなた、護長のところの……?大丈夫?怪我は、していない?」
髪を結い上げた見知らぬ若い女性が、衣が沢山重ねられた籠を両手で抱えながらも、心配そうに話しかけてきた。
その顔は少しだけ青ざめている。
髪の水気を両手で絞りながら、ヒミコはいつからこの女性は早朝の川原にいたのだろう、と考えた。
「あの。禊……水浴びを、していたの」
「……みず、浴び?」
自分は禊のつもりでも、《水浴び》と言った方が分かりやすく伝わるかと思ったのだが。
女性のくりっと丸い瞳が、今は点になっている。
………川で溺れていたのでは、と誤解を招いてしまったようだった。
水辺を好む精霊が、周りの景色に重なるようにして川面の上に伸びた細い枝に腰掛け、クスクスと楽しそうに、そんな二人を見て笑っていた。
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イブキは言わずもがな、その女性ーーヨモギも、長女気質のしっかり者だった。
なかなかの心配性で、山郷育ちの年頃の女性らしく、なにかとヒミコには嬉しい事を教えてくれる。
名の由来になった《ヨモギ》は、綺麗な花を咲かせる野草ではないが、若葉を摘んで作ったお茶や団子は、香り豊かで美味しいらしい。
揉んで滲んだ葉液を肌に擦り付ければ、小さな傷や虫刺されに効く、万能な薬草なのだと。
ヒミコにとってミモザが母親代わりなら、ヨモギは時折会う姉のように、その後も接してくれたのである。
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イワナは専ら釣りで、カジカはモリで突いてましたね。(←男子が)
囲ってペットボトルの中に、まんまとカジカを誘導した事はあるよ!1匹様ご案内☆その後は友人の胃におさm…
……そんな想い出深い故郷の川原が、イメージ元です。
ヨモギ団子が食べたい。