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託宣の御子  作者: 如月 宙(ソラ)
7/14

《 竪櫛 》o。◈。o 川原での約束 o。◈。o





早朝の水仕事は、とにかく時間との戦い。

朝食の前に全ての布物を洗い終えて、陽が高くなる前に、干して風を通さなければならない。


嫁いだ先の家族と、嫁である自分を含めて五人分。弟妹(ていまい)の居る実家の分が三人分。

ヨモギは今朝も山盛りになった二つの籠を細腕に抱え、川原へと向かっていた。



幼馴染に嫁ぐ前は、家族皆で朝食を済ませてから、友達数人とよく一緒になる時間帯に川原へと来ていたのだが。

今は「うふふ♪あはは♪」なんて楽しくお喋りしながら洗濯していたら、終わらない量なのだ。


義母が義妹と一緒に毎日朝食を用意してくれるから、とてもありがたい。

食材の下ごしらえや、火加減を見るのがどうも下手な私が手伝うのは夕食だけで良いし、昼間は糸を紡いだり、布を織ることに集中出来る。



川へ向かう途中実家に寄ると、案の上汚れた衣を何枚か見つけるものだから、ついでに持ってくるのがいつの間にか習慣になっていた。

衣を綺麗に洗う事も、新たに布を織って衣を縫うのも、どちらも成果が目に見えるから、やり甲斐を感じる。



夫の為に真っ白で丈夫な麻衣を作り終えたら、初夏のツツジで染めた鮮やかな赤紫の色糸で、妹に帯を織ってあげたいし。


ーーその為にも、手早く朝の水仕事を終わらせなくては。



ヨモギには洗濯に便利なお気に入りの場所があった。

土汚れなんかを見つけた時に、石鹸石の泡を少し使ってゴシゴシ擦ったり、すぐに濯いで汚れが落ちたかどうかの確認が出来る、平たくて大きな石がある、いつもの浅瀬。



珍しい事に、今朝は川原に先客がいた。太ももの辺りまでたくし上げた衣の裾を結び、膝上まで水に浸かって川の流れの中に居る。


何をして居るのだろう、と思いながら近づくと、ザブンッと重たい水音と共に、その子が急に視界から消えた。

足を滑らせたのかと血相を変えて川面に駆け寄ると、「ぷは」と軽い呼吸音と一緒に、ぴたぴたと目元を両手で拭いながら、少女が水の中から現れ、岸の方へとゆっくり歩いて来た。



「あなた、護長のところの……?大丈夫?怪我は、していない?」



返答次第では人を呼んでこようか、とも思ったけれど、本人は至って涼しげな表情で髪の水気を両手で絞っていた。



「あの。(みそぎ)……水浴びを、していたの」


「……みず、浴び?」



暑い日は子供や女達でも浅瀬で泳いだり、流れの中で髪を濯いだりはするけれど、先ほどの光景は、明らかに川床の深みに(はま)ったか、転んでどぼん、に見えた。


ーーああ、この少女は人目につかない時間帯に、身を清めたかったのかもしれない。とすぐにヨモギは気づき、居合わせた事を何だか申し訳なく思った。



「ごめんなさいね、すぐに終わる量ではないから、私も早朝に川原に来て居るの。浅瀬で洗濯をしても良いかしら?」


「私は後、着替えるだけですから…どうぞ」



きちんとこの少女は、代えの衣も用意してきたようだった。

確かな足取りで陽当たりのいい場所まで来ると、とんとんと軽く手巾で体を拭き始めた。


私はというと、念入りに洗うものと水流の中で濯ぐものとに分け、比較的簡単なものから取り掛かっていた。

石鹸石を使い過ぎるのも、布の繊維が傷んでしまうから、汚れやシミのある所だけをゴシゴシと泡立てて。



「……手伝い、ます」


「……え?」



上衣を二枚ほど洗い終えたところで遠慮がちに声を掛けられ、ヨモギは背後を振り返った。

着替えを終えたヒミコが近くに居て、少し離れた低木の枝には、先程まで少女が着ていた衣が掛けられ、ぽたぽたと雫を落としている。



「…良いのかしら?」


「私の衣が乾くまで、時間があるし」



自分から進んで大量の洗濯物を一度に済ませるのが習慣になりつつあったけれど、分担するとそれなりに捗るもので。

膝や腰の痛みを覚える前に、籠の中の八人分の衣は干すだけの状態となった。



「助かったわ。あなたに手伝ってもらえて、いつもより早く終わったもの。」



んん〜っと一つ大きく背伸びをし、ヨモギは晴れやかな表情を見せた。



「……こんなにたくさん、一人でするのは大変でしょう?」


「ついでに、ってまとめて二家族分洗うのが癖になっていたけど。そうね、何も一人でしなくても良かったのかもしれない」



うん、たまには実家の妹を誘う事にしよう。朝食くらい、父と弟で何か用意できるだろうし。

ひとりで黙々と集中するのは、午後の針仕事や機織りだけで十分だもの。



「あら?あなた、髪はそのまま?」



ゆるく肩のあたりで束ねてはいるけれど、少し乾き始めた黒髪の毛先が、あちこち跳ねてきている。



「さっきは、全然櫛が通らなくて…」


「そうね、水で流す前に(くしけず)ったり、寝る前や起きてから整える方が、簡単よ」



「貸してみて」とヒミコが持参していた竪櫛(たてぐし)を受け取ったヨモギは、毛先の方から軽く梳いてやる。

少量ずつの毛束を手に取り、丁寧に髪の流れを整えてから、肩の辺りで髪紐を結い直してやった。



「さあ、綺麗にできた。これで良いかしら?」


「ありがとう。あなたも、使う?」


「……わたし?」



そう言われれば、嫁いでからは髪を結い上げたままでいることが多い気がする。

自分の事にかまけていられる娘の時は、よく友人同士で髪を編んだりしあったものだった。


今は自分の事より夫のこと。嫁ぎ先の家族との生活を第一に、たまに実家の様子を気に掛けて過ごしていた。

美味しい料理を作るより、機織りの方が得意なのは嫁いだ後も変わらなかったけど。



「今では時間が惜しくて、毎朝手櫛で髪をまとめるのが癖になってたわ…」



そうだった。自分は癖のない長い髪を大事にしていて、それを幼馴染であった今の夫に、「夕陽に透けた髪が綺麗だ」と褒められて……意識してしまったのだっけ。

他に人目が無いのだからいいか、と幾重にも巻かれた髪紐を解くと、少女に近くの乾いた流木へと座るように促された。どうやら今度は私の髪を梳いてくれるつもりらしい。



「この川原に居る水精がね、《いつも他人(ひと)の事ばかり気に掛けてる、自分も大事にして》………だって。」


「早朝に洗濯しているくらいで、そんなに無理はしていないつもりだけど、精霊にも大変そうに見えたのかしら?」



もしかしたら、人気(ひとけ)がない朝の爽やかな川原は、精霊達が水と戯れる時間帯だったのかもしれない。

そんな時に一人でたくさんの洗濯をしに来ていたから、覚えられたのだろう。



「足首、手首を冷やす水仕事だし、転んだりしたら、もうすぐお腹に宿る命が危ないから…」


「もうすぐ…お腹に宿る、命?」


「……【タマノヲ】が結ばれるのは冬だけど、産まれるのは春の終わり頃。今から少しずつ、《自分から人に頼る》とか《手伝ってもらう事》に慣れていった方がいいと思う。あと、一人で無理しないように……これを、《お守り》にして?」



背に揃えたヨモギの髪を梳き終えたヒミコは、「はい」と竪櫛(たてぐし)を差し出した。

風で乱れる前に、と再び高い位置でヨモギは髪をまとめたが、朝よりずっとすっきりと結うことができた。



「大切な家族(ひと)がたくさん居るあなたに。頑張りやな人は、《自分のこと》忘れてしまいがちになる。一人でいる時も、あなたを優しく見守る存在が居るって思い出す為の、(あかし)


「祀人だったサユリ様の《精霊の伝言》みたいね?でも、個人的なものを聞くのは私も初めてよ。

………私、ヨモギは《山郷の客人(まろうど)》ヒミコ様より精霊の御言葉を授かり、(つつし)んで竪櫛を証にさせていただきます」



比較的丸い石ばかりといえど、流石に川原では膝をつくのは難しい。

ヨモギは流木に座ったまま一礼をし、その下げられたままの頭の髷に、ヒミコはゆっくり竪櫛を差し込んだ。


「実家の方が近いから」という理由で水気を絞った衣の乗る籠を一つだけ持ち、ヨモギはヒミコと郷へと歩き出す。



「全く身重になった実感が無いけど、これからは気を付けるわ。……でもこの郷で育った大人の一人として、ヒミコ様には伝えておきたいことがあります」


「え?」



しっとり、くらいに乾いた自分の衣を持って歩くヒミコは、スラリとした雌鹿のような隣のヨモギを不思議そうに見上げる。

ヨモギは妹や弟によくそうしていたように、くりっとした丸い瞳を悪戯っぽく細めると、優しい口調で話しだした。



「体を清めたいなら、人目につかない小さな滝のある小川をいくつか、教えてあげられるわ。だから……精霊が見てくれていても《深みのある川には一人で入らないこと。》」



「ダメ、絶対」と笑顔なのに、そこはかとなく迫力を感じるヨモギに念を押されてしまったヒミコは、嬉しいような恥ずかしいような、複雑な気持ちになった。



水の流れが緩いところでしゃがんで水浴びを済ませたものの、そのせいで泳げない事がヨモギにバレてしまったようだ。


《早朝の川原で危なっかしいのは、お互い様だったのね》と。

ヨモギ宛てだったはずの精霊の言葉を思い出し、ヒミコはこっそり肩を竦めた。





゜+o。◈。o+゜+o。◈。o+゜


ヨモギ→命を保つ生活の助けに跳ねる《活気があって動き回る》、思い遣りの心を繋ぐ。(ハニとカゼの名)




結婚制度(トツギノミチ)→四代 天神(アマカミ) ウビチニ、スビチ二から始まる。


◇旧暦3月3日〈現在4月中旬頃〉の夕暮れ刻に、ヒナルノタケにて婚儀の式典を行う。→後の雛祭りに発展。


◇三三九度のカタメの杯に、西の空の三日月が映って、月と共にお酒を頂く→祝い酒月(サカヅキ)の始まり。


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