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託宣の御子  作者: 如月 宙(ソラ)
3/14

《 自然 》 o。◈。o 森の恵みと海の郷 o。◈。o





「これ、伯母上が好きなんだ。少し多めに取って、お土産にしよう?」


野の外れ、緑の葉が重なり合うように生い茂る山際の斜面の枝に、鈴なりに黒く熟れた桑の実を見つけたイブキは、ぷちぷちと慣れた手つきで小さな実を摘むと、ヒミコの手のひらにもいくつかのせた。



「ミモザは、甘いのが好き?」


「うん、よく小さめのどんぐり焼菓子(クッキー)に乗せて食べるんだって。確かに、あれはちょっとぱさぱさしてる携帯食だからね。」


「そう……イブキ。竹籠を持ってきてほしい」


「いいよ。それならヒミコはここで桑の実を集めていてね?葉の裏にいる虫には気を付けて」



こくりと頷いたヒミコは、せっせと小指の先ほどの実を集め始めた。

彼女の手から溢れてしまわないうちに、急いで竹籠を持ってこなくては、とイブキは家へと向かった。



桑の実であればこれで充分だろうと、小さめの竹籠を二つ持ち、ヒミコへと駆け寄ろうとしたイブキの足が急に止まった。

ヒミコが集めた桑の実は、大きめのフキの葉に乗せられて、彼女の足元にある。


それよりもイブキが近寄るのを躊躇ったのは、桑の実の赤紫色に少しだけ染まったヒミコの指先に、一匹の黒蝶が止まっていたからだった。



「……イブキ、こっち」



少し(はね)を休めていただけだったのか、黒蝶が舞い飛ぶように指先から離れると、それまで静かに見つめていたヒミコもイブキへと声をかけた。



「結構熟れてるのあったんだね。もう少し、取る?」



腰を屈めて、フキの葉から桑の実が零れ落ちない様にそっと竹籠へ乗せながら、イブキはヒミコを見上げた。



「うん。着いてきて?」



イブキの側に置かれた空いている方の竹籠を拾い上げると、ヒミコはまだ近くを飛んでいた黒蝶を追いかけるように歩き出した。

さくさくと軽い足取りで(すね)の辺りまで伸びた野草を踏み倒しつつ、森の方へと向かう。


桑の実を摘んだ場所まで戻れるかな、との思いが一瞬 (よぎ)ったものの、イブキがヒミコの後を黙って追い掛けていると、やがてヒミコはぴたりと足を止めた。

そこは、甘い香りを漂わせる赤い実をつけた木苺が群生している場所だった。



「木苺が、こんなに…」


「桑の実より柔らかいけど、煮詰めれば少し日持ちするでしょう?」



その場に膝をつき、棘のある細い枝に注意しながら、二人で木苺を摘み始めた。そうしながら何気なく、イブキは先程見た光景の事を口にする。



「ヒミコは蝶と話が出来るの?案内してもらったみたいだったね」


「……イブキには、蝶に(・・)見えた?」



きょとん、とした顔のヒミコが手を止め、その瞳は不思議そうにイブキに向けられる。



「うん、ほらさっき…ヒミコの指先に止まってた、青い模様の黒い蝶だよ。ここに来るまで、ヒミコの先を飛んでいたから」


「《摘むのに一生懸命ね》って。《こっちにも、食べ頃があるよ》って教えてもらったの………精霊に。」


「黒蝶が、精霊?ヒミコには…どんな風に視えていたの??」


「黒髪に、ひらひらした服を着た…小さくて綺麗な女の人」


「僕には普通の蝶に見えたけど……だからかな?何か邪魔しちゃいけないと思って、さっきは反射的に足が止まってたんだ。……黒蝶の精霊は、まだここに居る?」


「ううん。お礼伝えたら、《どういたしまして》って…もういない。

木苺、全部は駄目だよ?これは動物達にも栄養豊富な、おやつなの」


「そうだね、これだけ取らせてもらえれば充分だよ。秘密の場所みたいで楽しかったけど、次またここに来れる自信が無いから大丈夫」




二つの籠にそれぞれ桑の実と木苺を乗せて帰った二人は、ミモザに笑顔で迎えられた。



イブキが従兄弟と長の館で共に学びを受けている間、ミモザとヒミコは摘みたての実をそれぞれ弱火でくつくつと煮詰めて、丁寧に冷まし、少しは保存が効くようにと調理に励んでいた。



「甘い香りで、すっきりとした味わいの美味しいジャムが出来たから」と。

ミモザは嬉しそうに蓋つきの器にとろりとしたジャムを分けてくれ、しばらくこれは二人のおやつになった。





゜+o。◈。o+゜+o。◈。o+゜





「イブキ、海辺の(アガタ)へ行ってみないか?」


浜郷から魚や海藻類の干物、貝や塩を貰い、海風に弱い菜物や郷で作った果実酒、山で採れる貴重な薬草と交換してくるのは、郷長の家の者の重要な役目だった。

その上、行きも帰りも大事な荷を狙う(ハタレ)を退ける腕が無ければ務まらない。


祝事や祭り事の前には、海で採れる真珠や巻貝と、瑪瑙(メノウ)翡翠(ヒスイ)の首飾りなどの宝飾品も必要に応じてやり取りする事もあり、互いの郷は持ちつ持たれつの友好的な関係を保っている。



物見遊山に近い誘いではあるが、イブキは郷の護人の様な武官よりも、郷の記録や統計を務めとする文官を目指していた。

今回は、物資交換において価値が変動しやすい取引の質や量、現物と目録の確認の責任者であるナガミの補佐を兼ねている。



「ナガミ(にい)、ヒミコが一緒でも良いですか?」



本人は別段、補佐役を務める事に対して気負う事は無いらしい。

ここ最近、二人が本当の兄妹のように連れ立って行動しているのを知っていたナガミは、二つ返事で了承した。



「乗る(ムマ)が別でも良いのなら。今回の護人はクロマの他に玄人が三人。日暮れ前に戻れるよう、早朝に発つ。寝坊だけは気を付けてくれよ?」




oo+゜+oo




運び役の五人は日の出前から出立の準備を始め、ナガミが積荷の最終確認をしようとしていた頃。

薄暗闇の中、二人を連れたアズマがやってきた。



「イブキは兎も角、ヒミコは(ムマ)に乗せられないと言っているのだが、二人共《行く》と言って、きかなくてな。

……ナガミ。二人が乗る(ムマ)が別でも良いのなら、とイブキに話を持ちかけたのは(まこと)か?」


「叔父上、私は構いません。

腕に覚えのある護人が四名に、通い慣れた道を行きますし。(ハタレ)が奇襲をかけようと積荷は勿論、イブキとヒミコにも指一本触れさせませんから、御安心を。」


「護長。自分達が御二人の乗る(ムマ)の手綱を取ります(ゆえ)



アズマは暫くその場で唸っていたが、「日が落ちる前に必ず戻る」とクロマにまで言われたのをきっかけに、やっと二人の同行を許した。


空が白んで来たのを合図に、先頭をナガミ、護人が手綱を引く積荷を乗せた(ムマ)が三頭に、殿(しんがり)をクロマが務める隊は静かに出立した。




アズマに見送られた七人は、海辺を目指して南下し、予定通り昼前には郷長の館に辿り着いた。


積荷を解き、浜郷の者に一通り品の説明をし終えたところ、ナガミ一行は郷長の館に招かれ、採れたての海の幸を振る舞われたのだった。



皆が黙々と食を進める中、ナガミだけは寛いだ様子で、上座の郷長と山里と浜辺の近況を語り合っている。

末席に肩を並べたイブキとヒミコは、馬の背に揺られていただけにしても無事浜郷まで到着した事に安堵し、今はこれ幸いと浜のもてなし料理を味わっていた。



「海藻入りの貝汁、美味しいね」


「うん……これ好き」


「……?ヒミコの郷では、貝が取れるくらい海に近かったの?」


「………そう、だね」



何気なく聞いた後で、イブキはヒミコの声が戻ってからも、自分のことや生まれ故郷の暮らしを話していない事に気付いた。



「帰ったら作ろう?きっと川魚やご飯を入れても美味しいよ」



少しだけ気を落とした様子のヒミコに、小声で話しかけていると「せっかく初めて来たのだから、海を見て来てはどうか」と。

日に焼けた顔に、遠目からでも目立つ白い歯を見せ、浜郷の長は二人に笑いかけた。


「積荷を乗せる前に、呼びに行くから」とナガミにも勧められ、二人は顔を見合わせると、末席から上座の二人に向けて一度深々と礼をし、案内を務めてくれる女性の後に続いた。





「うわ、眩しいな……」



真夏の陽は中天に差し掛かろうとしていて、道中強い陽射しを和らげてくれていた樹々の緑は、周囲にはほとんど見当たら無かった。


ふと足元を見ると、浅い木靴が砂に埋もれていた。いっそ脱いでしまえ、と裸足になったものの、歩く度に砂の熱さがじりじりと足裏に伝わってくる。



「……っ足、冷やしてくる!」



歩きづらそうにしながら背後にいたヒミコにそう告げるや否や、イブキは飛沫をあげて浜へと寄せては返す波打際へと駆け入った。



「急に深くなっているから、砂の見えるところまでにしてくださいね」


「は、はい…」



外まで二人を連れて来てくれた浜郷の女性は、波の来ないぎりぎりのところで足を止め、お目付役のようにイブキへと注意を促す。


波打際まで追いついたヒミコは、珍しい光景が見れた、と言わんばかりにくすくすと笑った。

郷の中では、いつもイブキが何かとヒミコに教えたり、注意を呼びかけてばかりいたのだ。



「お二人は、ご兄妹ですか?暑い時期の海は、気持ちが良いものですよ」



明るくはきはきと語る女性は、ヒミコに海に入りたければ遠慮しないで、と言ってくれているようだった。

しゃわしゃわと細かく泡立ちながら寄せる足元の白波に、ヒミコもそっと裸足で入る。



「共に暮らしていて……兄妹と言っていいのなら。私が姉、です」



足先の細かい砂が波にさらわれる感触を楽しみつつ、足跡で何かを波打際に描こうとしていたイブキは、ヒミコのその発言に足を止めた。



「背は同じくらいでも……僕が、弟?」


「イブキのマサカキ…見せてもらったもの」


「マサカキコヨミ……十年で五寸、育つ苗木ね。ここではマサカキを植える習慣が無いけれど。」


「ヒミコはまだ人見知りするし、手足は細いし……同い年か、年下だと思ってたよ。そっか…姉、かぁ。帰ったら父上にも報せないと」



その発言を受けて、浜郷の女性は呆れた様に軽く眉を寄せ、腕を組みながら山郷の少年を窘めた。



「いくら妹の様に思っていたのだとしても、今更女性の歳を聞くものではありませんよ?」



「肝に命じます」と答えながらも、初対面でありながらこの女性(ひと)の方が余程姉のようだと思い、イブキは弾けるように声を出して笑った。


その抜けるような青空に響く笑い声に、浜辺で乾き物の作業をしていた郷の者達の視線が何事か、と向けられる。

それを恥ずかしく思ったらしいヒミコは、少し俯いて頬を染めた。



「これからは《ヒミコ》ではなくて、《姉上》と呼ばないとね?」



ひとしきり笑い終えた後で、イブキがそう言うのと同時に。

パシャン、と波音とは別の水音が、すぐ側で聞こえた。


何だろう、とイブキは自然と音のした方へと振り返る。ややあって、パシャンッと、再び波立つ海面に跳ねたのは魚だった。

近くの別の方向から、今度はシビビッと尾びれで数瞬、海面を真横に泳ぐような魚まで現れる。



「……海の魚は、こんなに跳ね飛ぶ(?)のですね」


「イブキが海に入ったまま、あんなに笑うからだよ」



少しだけむす、っと拗ねたようなヒミコに、浜郷の女性は笑みを深くした。



「あらあら…お二人は歓迎されているのかもしれませんね?」



「手元に(もり)があれば、お土産にできたのに」と少しだけ残念そうに語る女性は、身分を示す、貝が連なる首飾りをしている。

ヒミコにはその発言が冗談に聞こえたようで、楽しげに笑顔を見せている。


長の家系の女性でも漁をするのだろうか?とイブキはひとり、首を捻った。

飛び上がった立派な魚は海の使者や精霊ではなく、彼女には晩御飯のおかずに見えたらしい。

ある意味、《海の恵み》なのかもしれないが。



それから三人は再び浜郷の長の館に戻り、イブキはしっかりと今回のナガミの補佐の役目を果たしたのだった。






゜+o。◈。o+゜+o。◈。o+゜


【マサカキコヨミ】→初代アマカミの古い時代、マサカキの樹の成長、枝の伸びと本数で年数計算をしていた。

60年でひと枝、10本の枝で600年。千本の枝になると六万年。マサカキの寿命が尽きて枯れ、新たに次のマサカキを植えて暦を再開。

51本目でマサカキは絶滅し、ヒトノヨからは【アススコヨミ】を使用。

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