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託宣の御子  作者: 如月 宙(ソラ)
14/14

《 杖 》o。◈。o 神子の存在 o。◈。o

ーー人の身は 日月の殖ゆに養われ

恵み知らせん その為に

出で入る東西(キツ)を 教ゆなりーー




「ヒミコ様。本日の衣装を持って参りました、カリンです」


「……ええ。どうぞ入って」



透き通るような、凛とした涼やかな声を聞くと少しだけ、ほっとする。

静まり返った奥宮で暮らすヒミコ様に会う時は、ここに来るまでに緊張でガチガチになってしまうから。



今日は、山郷の大切な新嘗祭(にいなめさい)


今年も稲穂が豊かに実り、見渡す限り黄金(こがね)色をした草原のように、郷の稲田は見事に色付いている。


春から秋にかけて郷へ降り、田の神として豊穣をもたらしてくださった山の神様へ、初物として最初に刈った稲穂を御供えし、感謝の祈りを捧げる祝いの日。


常には人前に姿を見せないヒミコ様も、この時は祭祀を司る祀人(まつりびと)として、長く豊かな射干玉(ぬばたま)の黒髪を結い上げ、夕陽色に染められた絹衣を纏い、その厳かな神事を粛々と勤め上げる。



普段はお一人で身の回りのことをされているヒミコ様でも、年に一度の新嘗祭の時だけは別で、そのお支度の手伝いを私が任されている。


そもそも、普通の郷人とは会う機会すら無い祀人(ヒミコ様)に、私が関わっているのは、以前に言の葉と櫛を賜った母ーーヨモギと、少女だったヒミコ様の不思議な縁がきっかけ。


なんでもヒミコ様は、他人(ひと)の手を借りてまで着飾ること自体、本当は苦手なのだとか。



ーー私の眼に映るヒミコ様は。


ふとした表情や仕草に、幼い少女のような無垢な純粋さを感じさせつつも、れっきとした成人女性で……

はっと惹きつけられるような雰囲気の、美しい方だ。


せっかく祀人という高い身分なのに、着飾らないのはもったいないと思う。



「どうしたの?カリン。何だか不満そう、ね」



母から託された祭祀用の鮮やかな大袖に、真新しい倭文布(しづり)の帯を締めていたヒミコ様に、私の表情はしっかり読まれていたらしい。



「ええと、その……。

勾玉の首飾りはもちろん、貝や管玉の耳飾りすら、ヒミコ様が普段は身につけないのが、もったいないなと思いまして……」



「祀人ですし、お似合いになるのに」と最後の方は、ごにょごにょと半分口の中での呟きになってしまった。

自分でも、何に対しての不満なのかよくわからなかったせいかもしれない。



「長の一族に連なる者、私は祀人です……なんて。

普段から誰にも会わないのに、わざわざ高価な装飾品や丹土鱗紋の(たすき)で示さなくても良いでしょう?」


「だから、人前に出る勤めの時にだけ、身につけられるのですか?」



ーー私がこんなに綺麗な玉を誰かに頂いたなら、肌身離さず身に付けているのにな。



そんなことを思いながらも、静かに銅鏡に向かって腰を下ろしたヒミコ様の背後に周り、下ろされた状態の長い髪を歯の長い竪櫛で丁寧に梳いていく。



「身支度をきちんとするカタチも大切だけど、強い想いを宿した品は、それだけ重みがあるものなの。

ーーこの白翡翠の勾玉も。

互いに響き合って磨き合っているから、内包する輝きを失わないし、必要な時には力を添えてくれる。それでも、普段はまっさらで自由な、自分で在りたいから」



それは煌びやかな装飾品に興味がない、というより、初めて聞く品物の扱い方で。

常に身につけていなくても、大切にしているのがわかった。



こうして短く会話をはさみつつも、友人達と試行錯誤を重ね、何度も練習してきたように。

頭の一番高いところに大きな髷を作ろうと、こめかみからハチの部分にかけて竪櫛を入れ、丁寧に髪の流れを作りながら束ねていく。


ヒミコ様の髪は、しっとりと艶めいていて重みがあり、気を抜くと直ぐにさらさらと手から逃れてしまうのだ。


それを整えつつ、崩れないよう慎重に結い紐を使ってまとめあげ。

最後の仕上げに、神樹の枝から作られたという竪櫛を、ヒミコ様の手でしっかりと留めてもらう。


胸元に下げられた淡い白の燐光を宿す勾玉と金銅の鈴の付いた首飾りも、茜色の衣をより引き立てている。



さあ、私の大事な仕事はここまでだ、と一仕事終えたところで、部屋に設けられた白木造りの立派な祭壇へと顔を上げた。


そこには、磨かれた丸い銅鏡が置いてある。………それと、見慣れない劔が一振り?



「……ヒミコ様。何故、ここに…劔なんて野蛮な物があるのですか?」



平和に暮らす郷人にとっても、非常時を連想させる劔。


女性の祀人である、ヒミコ様の部屋には似つかわしく無いと感じた。

それに、昨年訪れた際には祭壇に劔なんて無かったはずなのに……。


(いぶか)しむ私に対し、ヒミコ様は長い裳を履いているのにも関わらず、滑るような足さばきで祭壇へと近付き、劔を捧げ持つと私の方へと向き直ってくれた。



「ほら、よく見て。これは戦や狩に使われる品ではなくて、祭祀用の銅剣。

自らの内に鎮め、生きていく中で鍛え上げ、(ヰクラ)に掲げる想いーーその一端である《言の葉の象徴》にと、鍛治師(カネリ)から奉じられたものよ」



つい。眉をひそめて危ない、と思ったのは、それが抜き身の劔であったから。

予想に反し、赤金(あかがね)色をした刃に触れる柔らかな珠衣の袖は、少しも損じていない。


実用品ではないなら、(なまくら)刀ということ。

そう言ってしまうのがもったいない程、間近に見た劔は均整のとれた作りで、確かに象徴ーー《尊いモノを体現している品》と言われれば、うなづける。


ーーただ。



「……それでも。

ヒミコ様には猛々しい劔より、輝く勾玉や綺麗な銅鏡の方が、似合うと思います…」



困ったように眉尻を下げたカリンは、感じたままの思いを小声で告げると、華やかな装いのヒミコをおずおずと見上げた。


カリンの言葉が予想外だったのか、一瞬きょとんと瞳を丸くしたヒミコは、次いで柔らかく笑む。



「カリンにそう言ってもらえると、嬉しいわ。品物は贈ってくれたひとや、その想いも少なからず表しているものだから」



悪いことを言ってしまったかな、と思っていたのに、思いがけず笑顔が見れた!と勝手に緩み始めた頬を、とっさに両手で抑えた。


二人きりだからかもしれない。

久しぶりに顔を合わせた憧れの女性が、ふいに微笑んでくれたから、つられて「えへへ」と照れ笑いで応じそうだ。


勤めを終えたからといって、一人でニヤニヤしていては、奥宮から出る時に周りから怪しまれてしまう。



隙を見せないように、表情も立ち居振る舞いも、しっかりしていなくては。


下手をすると、郷の若者やら他郷の使いの者に目をつけられて、ヒミコ様の様子を聞かれたり、言伝を頼まれたり、贈り物を押し付けられてしまうから。



……ヒミコ様はきっと。

人伝てでも、そういうことは煩わしく思われるだろうし。


だから、私も一歩奥宮を出ればツンとした澄まし顔で、無言で足早に家へと戻るようにしている。


優しい光で地上を照らす月のように、郷人からは遠い存在でいて。

空に掛かる鮮やかな虹のように(たま)さかの祈りの勤めにしか、その姿を現さない。


郷人へ神託を授ける祀人ーーヒミコ様は、良くも悪くも皆の憧れの(まと)



新嘗祭の宴が始まったら、実りの秋の祝い膳を、私がここまでお持ちしよう。

その方がきっと、お互いゆっくりお話しできるし。



カリンは黒檀の瞳に期待を宿し、明るい表情になるよう、口角をきゅっとあげた。



「そろそろ、イブキ様がお迎えにいらっしゃいます。

新嘗祭の祝い膳をお持ちする夕刻に、贈り物の話しの続きを……聞かせてくださいますか?」






゜+o。◈。o+゜+o。◈。o+゜





「…姉上。そろそろ宜しいですか」


聞き慣れた(イブキ)の声に、ヒミコはそれまで伏せていた顔を静かに上げ、祭壇上の銅鏡へと、星空の様に澄んだ瞳を向けた。



霊妙な静寂(しじま)を意図して作られている奥宮と、ほとんどの郷人が集まり、活気に満ちた新嘗祭の広場の空気には、雲泥の差がある。



それでも、この大事な勤めに悪い気はしない。

山郷に暮らす者にとって豊作の喜びと感謝の日は、精霊にとっての夏至や冬至に当たるくらい、大切な日なのだ。


祀人として皆の想いを紡いで束ね、純粋な感謝の祈りとして自然神へ届けなくては。



嬉しいことに、今夜の祝い膳はカリンが届けてくれるそうだから、勤めの後まで気を張っている必要もない。


自ら奥宮に篭ってはいるものの、ヨモギに似た容姿の素直で明るいカリンとの会話は、楽しいものだから。



「……それにしても。

イブキだけでなく最近はカリンまで、私にかしこまり過ぎだと思うわ」



二人は人気のない廊下を静々と外へ向かって歩んでいた。

ヒミコは胸元に(ヰクラ)の水鏡の象徴である銅鏡を掲げ持ち、先導しているイブキは、赤金色に輝く抜き身の劔ーー言の葉の象徴を手にしながら。



「《親しき仲にも礼儀あり》ですが、姉上の場合は祀人の立場がありますから。カリンも、自分の勤めを自覚したのでしょう」


「《祀人の立場》と言っても、私は郷の人々の前を行く《先導者》でも、大勢の感情を煽る《扇動者》でもないわ。

例えるなら………そうね、杖。

一人一人それぞれの道を生きて行く上で、背負うものの重さや歩みが辛くなった時に、支えや助けに使ってくれたら良い。

権威を示す為に誰かに利用されたり、思想の変化への抑止力的な存在には、なりたくないものだけど。」


「姉上にその気がなくとも、皆にとってはどうでしょうね。

《影なる支え》に徹する為に、こうして人との関わりを最低限に保っているのでしょうが……

今年も言祝ぎの後に、山の神の《御来光》や《約束の虹》が現れては、目にした者は皆、手を合わせて拝み始めますよ」


「それなら、私も壇上から降りて皆と同じ様にするわ。私にとっても有難い神威で、嬉しい現象なのだから」



そうしてヒミコはイブキの後に続き、黄金色の稲穂を揺らす清々しい風の吹く、明るい秋空の下へと向かった。



自在に空を飛ぶアキアカネの薄い羽根が、傾き始めた陽光を反射して煌めく。

青空と大地の間ーーそこかしこでいくつもの光が、きらきらと宙を舞い遊ぶ。


気まぐれな人の心と、その郷の暮らしに輝きを添えてもらったかの様な、そのひとときの美しい光景に、ヒミコは郷愁を覚えた。



ーー胸に満ちていくのは、懐かしさに似た温かい、穏やかな気持ちと。


ーー尊い自然と大切な自郷、人々の暮らしを護りたいと、切なさを覚えるほどの、愛おしさを。





゜+o。◈。o+゜




邪馬台国ーー正確には、共通の目的のために郷同士で友好的な関係を結ぶ連合國。


《占で神意を降ろす巫女王》と後の世で呼ばれた陽神子(ヒミコ)の名の下に。


國を治める指導者、司長(ツカサノカミ)が《和をもって尊しと為す、平和で豊かな國ーー(ヤマト)泰國(タイコク)である》と自郷を誇りとする志を持ち。


それぞれの日常を日々、大切に暮らしたヲシテ時代ーーー





゜+o。◈。o+゜+o。◈。o+゜



ギラギラした国取りゲームに勝ち残った太占(ふとまに)上等!巫女王(ヒミコ)様★というより。


大人になっても、のほほんとヒッキーな姫御子は、先見の明や神託で自然災害や疫病を退け、実り豊かに郷を広げ、大きな連合國にしていきましたとさ☆


……自然の情景描写を無性に書きたくなった時に、《玉響》が増えるかも、です。_φ(・_・

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