o。◈玉響◈。o 旋風と火炎の舞
旋風がイブキ、火炎がウツギ。
「……イブキにお願いが、あるの」
「珍しいね、どうしたの?」
申し訳なさそうに、そう切り出した姉上ーーヒミコが話を持ち出したのは、昨晩のことだった。
そういうわけで、今は木刀を二本手にして、郷の外れでウツギに対峙している。
「…だから、今日は姉上ーーヒミコに代わりを頼まれたんだ」
「代わり?何のことだ?」
いつものようにウツギは背に短弓と矢筒を背負い、腰には鞣し革の鞘に収めた短刀のいで立ち。
「どうせ、これから今日も山に狩りか森へ鍛錬に行くつもりだよね?どちらにしろ、郷の外でウツギの遠目と早耳を使われたら困るんだ」
「ますます分かんねぇ。俺が、郷の外に行くと困るのはイブキか?ヒミコか?」
「もちろん、困るのは姉上だよ。でも頼まれた理由が理由だから、ウツギが郷に居てくれないと僕も困る、ね」
「だから、腕試しと時間稼ぎに木刀持ってきたんだ」とイブキはいつもの和やかな調子で飄々と続けた。
「……とりあえず、イブキに付き合えってことか。まあ、良いけどよ。試す前から俺の腕は知ってるだろ?木刀使うってんなら、体格の差も響くぞ」
「……知ってるよ。木刀の試合、手合わせっていうより、どちらかが首か背を取るまで《何でもあり》ならどうかな?」
「ふうん?条件出すからにはそれなりに策でもありそうだな。いいぜ、面白そうだからのってやる」
二人は人目につきにくい郷の外れ、遮るものの無い草原へと場所を変え、木刀を静かに構えた。
互いに距離をとって向かい合ったイブキとウツギの視線が交錯する。
イブキから普段の柔らかい印象が抜け、アズマ譲りの聡明さを宿す瞳が、きりっと引き締まった表情を際立たせていた。
それにひきかえ、対するウツギの方はふ、と片方の口の端に笑みを浮かべて、余裕の表情を見せる。
「久々に見るな、お前の真剣な表情」
「勝負を挑むからには、ね。郷の護人になる気はなくても、守りたい人ならいるから」
「……へえ、言うな」
脛の半ばほど伸びた草で覆われた拓けた場所で、両者共無言で弧を描くように、じりじりと間合いを詰めていたが、先に動いたのはウツギだった。
ーーハッ、先手必勝っ!!
まずは正面下段から大きく左から右へと薙ぎ払う動きで、力と勢いに任せイブキの木刀を封じ。
すかさず背から胴にかけて出来た隙を、狙う。
低い体勢を保ちつつ、肩で風を切るように駆けた刹那。
間合いを詰めようと、大きく踏み込んだ足にザクッと…まではいかなくとも、刺さるような嫌な痛みが走った。
「っ‼︎‼︎〜〜いっ、てぇっっ⁉︎」
「……中々仕掛けてこないからさ、僕も足場選ぶの大変だったんだよ?」
思わぬ場所で。
予想外の足の痛みに、反射的に視線を下げたほんの一瞬のことだった。
ひた、と左頬のすぐ側、肩にイブキが手にした木刀が乗っている。
ーー最初からこいつは、俺の首狙いだったらしい。
「……っ!何で、こんなとこにっっ!」
「栗のイガが大量に落ちてるんだよ!?」とウツギは言いかけたが、そもそもこの場所に連れてきたのはイブキだったことをはた、と思い出す。
更に、自分は《何でもあり》の条件を呑んだのだった。
「見慣れた場所、知ってる場所でも足元には気をつけようね?ウツギの足が栗のイガより丈夫かどうかは、賭けだったけど」
「……いや、痛い。普通に。思いっきり踏んじまって痛いから」
悪戯成功、と言わんばかりにイブキは普段通りの柔らかな笑みを浮かべた。
「イガ、たくさん撒いてみました。ウツギに滑ってもらいたくて、ぬかるみも所々作ってあるよ?僕は場所覚えてるから避けるけど、ウツギが何かに掛かってくれるのを期待して、待ってたんだ」
「……何かって」
「《策がありそうだ》って分かっていながら、普通に正面から突っ込んでくるウツギは、相応に強いからね。こっちは小細工でも、頭を使うしかないから」
「………いや、お前。そんな事言ってっけど、木刀の扱いに慣れてるだろ」
イブキの表情はにこにこと緩みながらも、その眼差しには依然、挑戦的な光を宿したままだ。
「………何で?」
「俺と同じ長さの木刀でも、その重さに振り回されてない。首狙いで振り下ろしておきながら、何処にも打ち付けずに勢い殺したのも、わざとだろ」
「熱くなってて気付かれないかと思ってたけど……ウツギだから仕方ない、か」
「怪我したくないし、させたくないから」と言いながら、ウツギの肩から木刀を下げたイブキはけろりとしている。
イブキの言う《怪我》とは、木刀による打ち身や捻挫の事のようで、栗のイガが刺さる事や、ぬかるみに足を取られる事は別段構わないらしい。
「ああ、そうそう。今ウツギが使ってるその木刀、いつもは父上が相手してくれる時に、使ってるものだよ」
「……!!おまっ、なんつーもんを!!」
急に瞳を輝かせたウツギは、足の痛みも忘れたのか、繁々と手元の木刀を観察し始めた。
護人を目指すだけあって、アズマの強さを知っているウツギには、飾り気のない木刀でも護長が長年鍛錬に使ってきた愛刀に思えたのだろう。
「……ただの、木刀だから。この後はどうしようかな。ただひたすら木刀握れなくなるまで打ち合う?また、お互い首と背を狙って勝負する?」
イブキからの提案が余程意外だったのか、ウツギは少しだけ眼を見張る。
「お前……いつもそんな事してるのか?」
「父上と?いや、ひたすら剣撃を受け流されてるよ。
最初は《遅い》ってわざと紙一重のところで躱されてばかりだったけど。そもそも護長に《太刀筋を読まれない早さで木刀を振れ》だなんて、無理な話だよね…」
゜+o。◈。o+゜+o。◈。o+゜
……カンッ !カンッ!カカッ、カァーンッ‼︎
辺りに響くその音は。
相手の僅かな隙を狙い、それを阻み。
迫り合い、どちらともなく払って距離を置く際に、空を切る木刀が打ち合うもののそれだ。
互いの手を読み、攻防の勢いは緩まる気配が無い。
二人の腕試しは、素早い動きに合間って子気味良い音を奏で続けていた。
「イブキ!お前っ……踏み込みが、浅過ぎる……っだから、一振りが軽いん、だっっ!」
「そういう…ウツギはっ、ワンパターンっていうか!…っ振りが、力任せで大きいから!相手によっては、剣撃の勢いそのまま、利用されるよ…っと!」
「……っうわ!⁉︎」
「あ〜あ。ほら、足元が疎かになってたみたいだね?」
急に体勢を崩したウツギの眼前に、容赦なくイブキは木刀の切っ先を突きつけた。
「はい、僕の勝ち……だいぶ、息乱したなぁ〜。ウツギの一振り重いから、あんまり正面から何度も受けたく無かったし」
「……よく言う。どうせ、小細工無しでも負ける気なんかハナから無かったんだろ?」
「うん、そうだね。姉上が滝行に行くなら、僕は僕で、ウツギと鍛錬でもしとこうかと思って」
「滝行?そんな事してんのか、あいつ………あれか、精神統一の一貫ってやつか!」
「ウツギ、《俺も行く》とか姉上に言うつもりじゃないよね?滝行っていうか、状況的に女性の水浴びだからね?」
「………。」
「ついでに言っておくけど、見張りも要らないし、ウツギが狩りとか鍛錬中、偶然にその場を見かけたんだとしても、姉上にしてみれば、全部《覗き》みたいなものだから」
「………そ、そう、か」
「だから、郷の外れで鍛錬に集中してて」
「……そう、だな」
「…なんか、がっかりしてない?」
「!……気のせいだっ‼︎イブキっ、次は小細工無しで腕試しだからなっっ‼︎」
「………はぁ。次も一日、足止めしとかないとダメ、か」
ぬかるみで滑らせた土色の足を、そのままで家に帰ろうとしているし、何より《父上の》と伝えたはずの木刀を、ウツギは手にしたままだ。
「はいはい。捨て台詞吐きながら、木刀持ち逃げしない」
久々に時間を忘れるほど、真剣な勝負や剣舞のように身軽な手合わせが出来たとは思うのだが。
ヒミコやアズマが絡むと、ウツギが面倒だという事に気付いたイブキは、密かに嘆息した。
「……うん、確かに姉上にとっても、僕にとってもウツギは《友達》ではない、なぁ」
では何か、と問われればきっと自分は《遊び相手》と答えるだろう。
ウツギにも太刀筋や攻防の型に癖があるように、経験の差があり過ぎる父との鍛錬とは別に、自分の型を試し、考える良い機会ではあるのだ。
それでも釈然としないまま、イブキは先を行く自分より背の高い少年を狙って、小指の先ほどのキンミズヒキの果実をいくつか投げた。
密生した細かい棘が、狙い通りにウツギの背に当たる。
郷の子供達の間では《ひっつき虫》、《バカ》と呼ばれる草の実が数個くっついたままのウツギの背を見て、イブキの気は少しだけ晴れたのだった。
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普通に、スニーカーとか貫通しちゃいます…栗のイガ。ひっつき虫、バカと呼ばれる草の実は、地味に取るのが大変。チクチクするし、払ったくらいじゃ落ちませんw
イブキもウツギも周りに実力をひけらかすタイプでは無く、目指すものの手段というか、自分のベースとして日々鍛錬しています。