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託宣の御子  作者: 如月 宙(ソラ)
1/14

《 初 》 o。◈。o 深山の迷い子 o。◈。o

*文中の仮名は、ホツマツタエの古来の読みと作者オリジナル混じっていますのでご了承を。





(アガタ)の護りを任ぜられたばかりの若者達を連れ、アズマは拓けた下流域から川伝いに徐々に上流へと向かう。


田畑を潤し、豊かな生活を維持する為の生命線である山の清流と、他郷の境とも言える天然の防壁である尾根の定期的な視察の為に、深山の三地点を巡るのが今回の目的である。



郷の護りといえば聞こえが良いが、ようは外的要因の脅威や異常が無い事を、定期的に知らしめる必要があるというだけの事だ。


そのいっそ形骸的な勤めを兄である郷長から一任されているアズマは、晩春を迎えた森の中で、人為的な痕跡の見分け方や、郷の全貌を臨む三地点についての説明をよく通る声で語っていた。



「……では、これより北の大樹を目指す。神樹の前では心を乱す事の無いように。あの場所は拠点というよりも、他郷の者の目に触れぬよう、守るべき精霊の地だ」



護人(まもりびと)にのみ許された剣を腰に帯びながら登る山の獣道も、四人の健脚な若者達は息一つ乱してはいない。

少し間を置いてから、その中の一人であるヤツデが口を開いた。



護長(まもりおさ)が任に就いてからこれまで、何か(・・)あった事はあるのでしょうか?」


「喜ばしい事に、何も無いな。閉鎖的な郷というわけでは無いが、好戦的な者に狙われるような理由も、特に無いのだろう」



「…ですよね」と苦笑しながら肩を竦めたヤツデだったが、それまで皆一様に張り詰めていた空気が、その仕草をきっかけに幾らか和らいだ。


何も無いに越した事はないのだが、僅かな変化や異常の兆しに気付くには、常の状態を知識だけでなく、身体で覚えておく必要がある。

だからこそ禁足地としている場所へもこうして時期を選び、赴くのだ。



「確かに畏敬の地ではあるが、そう恐れる必要はない。清々しく心地が良いからといって、人の身である我等が長居して良い場所ではない、というだけだ」



それさえ弁えれば郷で暮らす者とはいえ、精霊達に拒まれてはいない。

雪解けを合図に動植物が長き冬の眠りから覚め、新芽が青々と伸びた頃合いであれば山は開いている(・・・・・・・)のだから。


その時期を守らず深く入山した者は、八割方還らぬ者となる。精霊や神霊の領域は曖昧なようで明確。

自然を介して共にこの地に在ろうとも、人知の及ばない現象の方が遥かに多いものだ。


畏れを知る事で境界や規律を尊び、守れるものがある。

何事も口頭で語るには簡単だが、各々が自ら本質を知るのとでは雲泥の差がある、と護長であるアズマは自負していた。




アズマは再び黙した四人の若者を先導しつつも、北の大樹に近づくに連れ、周囲の気配がいつもと違う事を秘かに肌で感じ取っていた。


その感覚を敢えて例えるならば、辛うじて視界に入るような少し離れた場所から、数人が此方の様子を伺っているような。

何かひそひそと、小声で陰口では無い噂をされているようなものだ。


不快というわけでは無いが、気にならない事もない。

昔からそういった方面の勘は鋭い方ではあったが、アズマにとっては些事(さじ)に等しいものだった。





゜+o。◈。o+゜+o。◈。o+゜





護長(まもりおさ)……」


「あぁ、私が行く。ここでそう竦んでいては、神樹へ近付くのは酷だろう。

ただし。何があろうと、この地では抜刀はするな」



皆、固唾を飲んで肯定の意を示す。無意識の内に剣の(つか)に触れていたクロマは、静かに手を離した。

「そう警戒するな」とまでは言わないが、想定外の雰囲気に呑まれたまま心身を固くさせていては、物事への対処も理解も遅れてしまう。


未知のものに対する恐怖や誤解から生まれる見識への(ひず)みは根深く、周りへも伝わりやすいものだ。



深山にある精霊の地において異質であったとしても、《己の心は危険とは感じない》その直感のみで、アズマは歩を進めた。

遠目からでも全貌が測れない程に天高く(そび)え立ち、威厳ある佇まいで空を覆い尽くさんばかりに枝葉を広げている楓の大樹ーー神樹へと。


大人数人分ほどの太さを持ち、節くれだった根の一部に抱かれるようにして体を丸め、動かない。

一見したところ人の子のような存在へ、数歩離れた場所から努めて静かに声をかけた。



「……安らかな眠りを妨げて申し訳ないが、少し話をさせてもらえるだろうか」



精霊の地、神樹の根元でこうも無防備に意識を手放して休める人の子ならば、自分のようにこの場所が心地良いのだろう。

《害意はない》と示す為にアズマは片膝をつき、静かに愛剣を傍らの草の上に置いた。



こちらの動きを読んでいたかのような頃合いで、伏せられていた長い睫毛がぴくり、と僅かに動いたようだった。


ゆっくり二度、夢の世界から現実へと焦点を合わせるかのように瞬きをしたその瞳は、冬の夜空の様に深く澄んでいた。

見た目は人の子そのものであるのに、聡明な光を宿したその瞳からは、年頃の少女らしい豊かな感情は見出せなかったが。



「この楓の大樹は神樹、この地は精霊の領域として、我等の郷では無闇に立ち入らないのだが、そなたも彼方(あちら)側の者ではなく、《人の子》だろう?」



やや間があった後に、その少女はこくり、と静かに頷いた。

瞳や表情を見る限り臆した様子もなく、黒々とした大きな瞳でアズマを見、その後方に控えた若者達にもちらり、と意識が向いたようだった。



「……ここで、誰かを待っているのか?」



答え易いよう、ゆっくりと問うてみたつもりだったが、少女は体を起こし、こちらに向き直ったものの、静かにかぶりを振った。



「そなたの育った(クニ)を、教えてもらえないか?」



山中に一人居たのでは、神隠しにあったのかとも思ったのだが。

少女は少し俯いて長い睫毛を伏せたままになり、暫く沈黙が続いた。

先程まで冬の夜空のように澄んでいた瞳に陰りを見たように思い、アズマは本人の口から語られる事は無いだろう、と踏んだ。



「間も無く夏を迎える節でも、流石にこの山中では朝晩は冷える。家族でも國でも何か思い出すまで、我等の郷で過ごすのはどうだろう?」



少女にとっては、父親ほどに年の離れた初対面の男と、数人の若者について山を降りるのは難儀な事だろう。

《無理強いするつもりはない》というこちらの真意さえ伝わればいいのだ。


いくら精霊の加護を受けたこの地が安全であろうと、水や食料が少女に必要になる事には変わりはない。

脆弱な人の娘が一人、山に居続けるのには危険が伴う。


ふと何かを決した様に、顔を上げたと同時に少女は立ち上がり、こちらへと歩んできた。

その瞬間、神樹の方からさぁっと流れるように風が吹く。

背で切り揃えられた髪を柔らかい風にそよがせながら少女は表情を(やわ)らげた。そのまま振り返り、軽い動きで片手を振る。


ーーこの地の精霊が視えているのだろうか?


驚き眼を見張る眼前の光景は、神樹に励まされるようにして神風(かみかぜ)に背を押され、それに応えるかのように別れを惜しんで手を振る少女のそれだ。


こちらにも吹き抜けていく風は何とも清々しいもので、少女の小さい手の動きを真似るかのように、神樹の大きな楓の葉が一枚一枚ひらひらと左右に振れ動いている。



思い返せばこの時に、自分は少女の正体よりも何よりも、この地の精霊に好かれているという、その事実に重きを置いたのだろう。

郷の者の中でも長く通う自分にも見せたことのない、神樹の(いき)な計らいに自然と顔が(ほころ)んだ。





゜+o。◈。o+゜+o。◈。o+゜





少女に関しては、「視察の際に山中で遭遇し、《保護した迷子》と郷長に報告をする」と皆に告げた。

一言も声を発しないにしても、強いショックを受けた故の一時的なものなのか、精霊の地に長く居た作用なのかは知る(よし)も無い。


重ねて《神樹と心通わせた少女》だという事も口外せず、伏せておくことにした。

下手に知られれば郷での暮らしでも、何処(いずこ)かに帰る時が来ても、ただ事では済まなくなるのが分かりきっていたからだ。



「……郷や親の事もありますが、この娘の名が分からないのは不便ですね」



それまで静かに成り行きを見守っていた甥のナガミがぽつりと呟き、少女と視線を合わせるかの様に腰を屈めた。



「叔父上。この子に、郷にいる間の仮名(かりな)を与えてくれませんか。“迷い子”では可哀想だ。

……私は、ナガミという。私達の郷では大抵、男子は樹木、女子は草花から名を貰っているんだ」


「仮名、か……」


「春から初夏にかけて咲く花なら、アヤメ、カスミ、オキナ、スミレ…」


「カラマ、お前随分詳しいのな。

顔に似合わず子供好きだったのか?なら、郷に着くまでこの子の面倒みてやれよ。体力無さそうだからなぁ、ちびっこ」



「…それにしても、裸足で山歩きはねぇわ」と続けながらヤツデは腕を組むと、顔を(しか)めた。

少し離れた場所で不思議な少女から連想する名を考えていたアズマは、躊躇いながらもようやく思い付いたらしい。



「ヒミコ、はどうだろう」


「「「…………。」」」」


「護長、それでは捻りも何も無さすぎですよ…」



三人は視線を明後日の方向へとぎこちなく逸らすに留め、沈黙を守ったが、内心ヤツデと同じ事を思っていた。

ヒ、は姫。ミコは御子。姫御子(ヒミコ)とはそのまま《大切な姫》を意味するからだ。



「この子に郷の名を付けるには抵抗があってな…ヒミコ、では駄目か?」



それまで交わされる会話を聞いているだけだった少女は、若者達の前で初めて反応を見せた。

ふるふると短く首を横に振り、《駄目ではない》と意志を示す。



「そうか、ではヒミコ。郷まで行くに、その足では山歩きで怪我をしてしまう。私達が代わる代わる背負うから、我慢してくれ」



ナガミが苦笑しながら話しかけると、ヒミコと呼ばれた少女はコクリと頷き、了承した様だった。



「俺が背負っている時に、だんだん重くなるのだけは勘弁してくれよ…?」


「山での要救助者を背負うよりも、この子の方が軽いだろうが」


「……ヤツデは最後にすればいい。」



カラマに(たしな)められ、クロマの提案に嬉々として乗ったヤツデは早々に後悔をする事となった。

山の裾野の辺りから道がなだらかになった事もあり、郷に着く前にヒミコはヤツデの背で寝入ってしまったのだった。





ヒミコの年齢は明記しません。(出来ません…)


アメノミナカヌシの時代は、一千万年(モハカリヨ)の寿命で、神代(カミヨ)の国民も時代を追うごとに短くなりつつも、マサカキ暦で八万年だそうです。


成人してからが長いの?育つの(外見年齢)がまず遅いのかが謎。

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