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Break;on hiatus  作者:
マーティン公爵邸編
33/37

第三十一話「お手並み拝見」− Heaven City side –



白い雲が、夜明けの清らかな空気の中を漂っていく。


三月十日の臨時集会が終わり、数日が経った。


レハムが第八教会の新たな代表に選ばれてから、特にこれといって大きな出来事は起こっていない。

前任であるシモンが突然消え、多少の混乱はあったものの、皆すぐに新たな日常へ慣れていく。

街もようやく落ち着きを取り戻し、百周年の騒ぎに紛れて起こる、犯罪や事故の数も少なくなってきた。

多くの子供たちは、それに安堵し、気が緩んでいたが、気性が真面目なレハムにとっては、それも関係なく、いつも通りテキパキと仕事をこなす。


レハムは十分で軽い朝食を取り終えると、さっそく教会を出て、第八教会の管轄する地域へ向かった。

ヘブンシティは、大きく八つの地域に区分される。一つの地域につき一つの教会が配属され、それぞれが責任を持って管轄下の地域の治安を維持している。

なので、アモル協会の子供たちは、もっぱら街の見回りが主な仕事だった。

たとえ代表になっても、その基本的な仕事は変わらない。

今日も、午前中はずっと街を見回り、何か異変がないか確認をするのが任務だった。


まだ朝早く、人通りの少ない街を歩きながら、レハムは何度となく欠伸をする。

ここ最近、仕事続きでちゃんと眠れていない。

見回りが終わったら、今日はなるべく早めに就寝しなくては。

眩しい朝日に目をこすっていると、隣にいた少女が顔を覗き込んできた。


「先輩、目の下にクマが出来てますよ」

「……三日ほど、ろくに寝てないんだ」

「ああ〜。それで今日の四時半起きだなんて、先輩自分にシビア過ぎですよ。もうちょっと、シモンさんくらい気楽にならないと」


少女は無邪気に笑いながら、元気に道路を駆けていく。

レハムは険しい顔をして、彼女の後を追いかける。


「レア。前任の名前は、あまり口に出さない方がいい。どこで誰が聞いているとも知れない」

「別に、大丈夫ですよ。それより、さっさと見回りを終えてしまいましょう!その後、先輩はオネンネしないといけませんからね!」


少女の軽口に、レハムは僅かに呆れの混じった表情を浮かべた。

見回りは、ツーマンセルで行うのが基本であり、今回の相方は、このレアという少女なのだが、人一倍のお調子者なのが難点だった。


「てきとうに仕事をするのは、許さないぞ。こういう皆が油断している時にこそ、何かが起こるものだ」

「ええー?縁起でもないこと言わないでくださいよ。ほんと、心配性なんだから。そういうところで、他の先輩たちにナメられるんですよ!」

「…………」

レハムは黙ったまま、通りに植えられた木々の方へ目を向ける。


彼女の言うことは、間違ってはいなかった。

以前に自分が予想していた通り、年上の連中で、新しい代表である自分に、大人しく従わない者たちもいる。

それも、ジュノアのおかげで何とか回っているが、自分一人では仕事の割り振りを決めるのすら難しい。

皆が、シモンがいない日常に馴染んだからといって、まだ十六の自分が代表となった事実を認めてくれるわけではない。


「……先輩?」


何も答えないレハムに、レアは不思議そうに首をかしげた。

孤児院時代からの幼馴染である、この少女に悪意がないのは分かるが、年下の兄弟たちにすら、自分を代表と認めていない者もいると聞いている。

前任が、他に類を見ない天才であったのだから、無理もないが。

だからといって、どうしたら皆に自分を認めてもらえるのか、レハムには分からなかった。


「……どうすれば、認められるのだろうか」

「教会のみんなから、ですか?」

「そう」

「そんなの、決まってるじゃないですか!」

「決まってる?」


レアは大きな栗色の瞳を、さらに大きくさせて、自信満々に頷いた。


「はい。先輩の強さを、みんなに見せつけてやるんですよ!!日頃の訓練とかじゃなくて、実戦で!!」


たしかに、毎日自分たちでやっているような、宝石の力を操る訓練では、真の実力は試されない。

いざ外に出て、本物の敵を相手にした時、どれだけやれるかが問題だ。

実際、前任のシモンは実戦において最も強かった。


「……なるほど。でも都合よく、そんな機会が訪れるわけないだろう」


レハムが、そう言った瞬間だった。


少し離れた住宅地から、甲高い女性の悲鳴が聞こえてきた。声の質から見て、悪戯や冗談の類ではなく、只事ではない。

ーーまさか、そんなタイミングのいいことがあり得るのか?

レハムが顔を曇らせる一方で、レアは何を疑うこともなく、目を輝かせて言った。


「先輩!!大チャーンスですよ!!」

「嬉しそうにするな、行くぞ」


地面を強く蹴り、跳躍する。

宝石の力を持つ“選ばれし子供たち”は、一つ一つの身体能力が普通の人間の何倍も高いので、思い切りジャンプすれば一軒家の上に登れるくらいには跳べる。

上から、見慣れた街を見下ろすと、元から人影が少なかったため、すぐに悲鳴の出所を見つけた。

綺麗な高級住宅街の路地で、一人の若い女性が、地面に座り込んでいる。

そのすぐそばには、同じく若い男性が、仰向けに倒れていた。その服は血まみれで、一見して重症だと分かる。


「先輩、アイツですよ!」


レアが指をさした先には、一人の赤色のローブを着た男が立っていた。ローブ自体が赤色なので分かりにくいが、たしかに返り血のような跡が見える。しかも、その手には、凶器のような刃物が握られていた。

倒れている男性を傷つけた犯人は、このローブの男で間違いなさそうだ。


「レア、後ろに回れ」


挟み撃ちで、確実に仕留める。

レアは張り切って、右手を高く上げた。


「イエッサー!」


そして瞬時に、姿を消す。

レアは、兄弟たちの中でも特に足が速いので、すぐに裏に回り込めるだろう。

自分はそれまで、出来る限り相手の気を引きながら、レアとの連携にうまく持ち込まなくてはいけない。

こちらは二人で、相手は一人。そう分は悪くない。


レハムは、腰のホルスターから拳銃を抜き取り、家屋の屋根に着地して、そのまま下へ降りる。

茶髪の女性が、腰を抜かして震えているのを一瞥してから、とりあえず、倒れたまま動かない男の元へ駆け寄った。

見ると、その顔は青白く、何かに恐怖している表情でそのまま固まっている。目は見開かれているが、とても生きているようには見えない。

一応、素早く脈を取るが、出血多量で、やはりもはや息はない。

救命処置は、するだけ無駄だろう。

レハムはそう判断すると、女性の方にまた目をやった。

「はやく、ここから離れてください」

それだけ言うと、赤いローブの男へ向き直り、銃を構えたまま、ゆっくりと近づいていく。


ローブの男は、黙ったまま、こちらをじっと見据えていた。

フードの中は、ピエロのような仮面に覆われていて、顔を見ることは出来ない。

愉快犯か、それとも動機のある計画的な殺害か。

何にせよ、こんな天気の良い朝に、路地裏でもない普通の通りで、派手に人を刺し殺すものだろうか。

近頃は、通り魔事件などといった物騒なものも起こっていた。たしか、その犯人は未だに捕まっていなかったが、まさか……。


レハムは考えを巡らせながら、銃を握る手に力を込める。

しかし、相手が誰であろうと、元の計画通り、レアが背後を取るまで、時間を稼がなくてはならない。

レハムは一歩ずつ、男との距離を縮めながら、乾いた唇を開いた。


「目的は、何ですか」


レハムがそう問いかけるが、男は何も答えない。

赤いフードの下で、ただ不気味に、レハムの方を見つめている。

汗ばむ手を握りなおし、レハムはなおも問いかけた。


「あなたは、超能力者、ですか」


仮面の男は、やはり沈黙を貫いている。

超能力者かと聞いたのは、未だ逃走中の通り魔事件の犯人が、たしか超能力者だったからだ。

この状況から見て、目の前の相手が、通り魔事件の犯人と同一人物である可能性は少なからずあるし、こんな仮面などをつけて人を殺す輩が、だいたいただの一般人であるはずがない。

とはいえ、相手が何も答えない以上、超能力者だと決めつけるのはまだ早計だが。

質問は無視されているものの、向こうの意識は、完全にレハムの方へ向いている。

このまま、レアが敵の後ろにつければ、たとえ相手が超能力者であろうと、戦況はこっちのものだ。


「私は、第八教会の者です。今すぐに投降した方が、身のためですよ」


レハムはそう言いながら、ちらりと敵の背後に視線を向ける。

男のちょうど真後ろに位置する建物の影から、満面の笑みを浮かべるレアの姿が見えた。

準備は整ったか。

男は相変わらず無言のまま、レハムの方を向いて、ピクリとも動かない。

相手が何を考えているのかもよく分からないが、向こうに動く気がない以上、こちらから動くしかない。


レハムは、数秒の沈黙を置いた後、表情一つ変えず、拳銃を二発撃った。

どちらも、敵の両足に向けて、寸分の狂いもなく撃ち込んだ。

この銃声が合図となり、レアも暗い影から飛び出して、男の背中に向かって走り出す。

何の脈絡もなしに、いきなり撃ったからか、後ろの方から「ひいっ」と女性の悲鳴が聞こえてくる。


両足に銃弾を受けた男は、歩くことはおろか、立っていることすら出来ないだろう。

作り笑いを貼り付けた、ピエロの仮面が揺れる。

レハムは拳銃を下ろし、男がぐらりと膝をつくのを静かに見ていた。が、すぐに顔色を変えた。


「レア、止まれ!」

「え!?」


突然叫んだレハムの声に、レアは反射的に足を止める。

次の瞬間、レハムは背後に気配を感じ、咄嗟に振り返った。

視界に映ったのは、前にいたはずの、赤いローブ。

ピエロの仮面を被った男は、音もなく、レハムの後ろに回ると、右手から鋭いナイフを突き出した。


「ーーッ」


間一髪で攻撃から逃れ、そのまま流れるように、数歩後ろへ下がって距離を取る。

レハムは、再度銃を構え、赤いローブの男を睨みつけた。


先ほど、レアに止まるよう指示したのは、男の両足に向けて正確に撃ったにも関わらず、その足からは全く血が出ていなかったからだ。

つまり、男は目にも留まらぬ速さで、その弾を避けたということになる。

そして、あたかも銃弾を受けたかのように見せかけて、一瞬の隙をつき、レハムの背後へ回り込んだ。

どう考えても、その速度は人間業ではない。

やはり、相手は超能力者、それも瞬間移動の能力者に違いない。


「先輩!」


レアは急いで、レハムと男の方へ駆け寄ってくる。

レハムはレアの方へ手を伸ばして、それを制止した。


「大丈夫だ。レアは下がっておいて」

「でも……」

心配そうな面持ちのレアに、レハムは小さく首を振る。

「ダメだ。君の手には余る」


レアはまだ、何か言いたげだったが、結局レハムに従って、大人しく元いた建物の所まで後退していった。

恐らく、これが正しい判断だろう。

今、目の前にいる超能力者が、かなりの手練れであることは確かだ。

それに、瞬間移動の能力を持っているとなると、先の作戦である、二人で前後から挟み撃ち、なんて安易な罠は通じない。

それどころか、まだ経験の浅いレアは、レハムが守りながら戦わないと、逆に人質に取られてしまう可能性もある。

だから一旦、レアは退かせ、レハムと男の一対一に持ち込んだ。二人で戦うよりも、こちらの方が勝率は上がるし、もしもの場合でも、被害は最小限に抑えられる。

あとは、自分の宝石の力と、相手の超能力、どちらが強いか。

ここからが、勝負だ。


ローブの男は、レハムにナイフを向けたまま、またも静止している。

さっきのように銃を撃っても、瞬間移動で避けられるだけだ。やはり、向こうが能力を使ってくる以上、こちらも出し惜しみをしていられない。

レハムは慎重に、拳銃をホルスターにしまい、自らの額に指を当てた。


『先輩の強さを、みんなに見せつけてやるんですよ!!日頃の訓練とかじゃなくて、実戦で!!』


たった数分前の、レアの言葉が、頭をよぎる。


ーーみんなに見せつける、か。

といっても、この戦闘を、第八教会のメンバーが見ているわけでもないし、超能力者に勝ったところで、皆が自分を認めてくれるとも限らない。


でも、同時に、なぜか銀髪の青年の姿が、頭に思い浮かんだ。

彼なら、きっとこんな敵でも、すぐに片付けられるだろう。

自分も、それくらい、強くありたい。


レハムは、ぎっと奥歯を噛み締め、額の宝石に力を集中させた。

月のような淡い金色が、レハムの指の隙間から、キラキラと水のように溢れてくる。

宝石の光は、辺りを照らす朝日を吸収しながら、より一層強い輝きを放ち出した。


「主よ、我にあなたの力を貸し給え」


そう呟くと、レハムの周囲が眩い光に包まれ、そこから無数の黄金色の矢が現れる。






ーーーーー






「へぇ、あれがレハムっちの力かぁ。でもさすが、“額に宿す者”だねぇ。技が華やかだよ〜」


そう言って、愉しそうに下を見下ろす、一つの影があった。

やや童顔な顔には、雫の形をした青い宝石が埋め込まれており、それは他でもない第二教会の代表、ブリュダのトレードマークだった。

彼女は漆黒の髪を靡かせながら、眼下でこれから行われようとする戦いに、胸を躍らせていた。


「見ているだけか?お前も趣味が悪いな」


すぐそばから、ぶっきらぼうな声が聞こえてくる。

彼女の隣には、もう一つの影があった。


「ええ?ここにいる時点で、人のこと言えないでしょ。クリムン」


そこには、第四教会の代表、クリムダイの姿があった。

彼は厳しい目つきで、ブリュダの顔をじろりと見やる。


「俺はたまたま通りがかっただけだ。まさか、これ、お前がわざわざ仕組んだことじゃないよな?」


クリムダイの言葉に、ブリュダはケラケラと笑い声をあげる。


「まさか。そこまで悪趣味じゃないよぉ」

「じゃあ何で、第二教会の代表様が、こんな辺境まで一人でやって来てるんだ?」


ブリュダは、マンションの屋上から身を乗り出すと、レハムと対峙している男の方を指差した。


「あの赤ローブは、たぶん先日の通り魔事件の犯人。私はそれを、独自に追っていただけ。そしたら偶然、レハムっちと出くわしちゃったってわけ。運いいよね〜」

「アイツにとっては、とんだ災難だろうがな。でも、それなら尚更、このまま見てるだけでいいのか?あの超能力者は、お前の獲物だったってわけだろ」


超能力者による犯罪は、一般人による犯罪とはわけが違う。普通の人間の手ではもちろん処理しきれないし、それこそアモル協会のような特別な組織でないと対処できない。

そして、相手が強い超能力者であればあるほど、その難易度は上がる。

強い超能力者を倒せば、それは今後の戦歴に残る業績となるのだ。

アモル協会は、バリバリの実力主義の組織だ。

業績を上げ続ければ、子供たちの中でも特に秀でた存在だと認知され、代表や、会長の座すらも手に入れることが出来る。

既に第二教会の代表であるブリュダも、例外ではなく、業績を残しておくに越したことはない。


しかし、ブリュダは、テレビを見る子供のように、ただはしゃいだ目をして、レハムとローブの男を見つめていた。


「まあ、期待の新人(ルーキー)が、どこまでやれるか見てみたいしぃ。お手並み拝見、でしょ」


「お手並み拝見、ね……」


クリムダイはボソリと呟きながら、だんだんと騒がしくなってくる住宅街に目を落とした。

本当に、趣味が悪いと思うが、たしかに新しい第八教会の代表がどんなものか、見てみたいとは思う。

だから自分も、よりによって“こんな奴”の隣に長居してまで、これから始まる何かを待っているのだ。

忌々しい、銀髪と黒い眼が、脳裏をよぎる。


ーーシモンの後釜が、どれほどの奴なのか、この目で確かめてやる。


クリムダイは険しい顔つきのまま、高いマンションの上から、レハムと男の戦いに目を凝らした。





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