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Break;on hiatus  作者:
マーティン公爵邸編
15/37

第十四話「内側」 − Heaven City side –



3月10日。ヘブンシティ。

第二教会、協議会用特別会議室。


ここには、年に三度、八人の青年が集まる。

その八人とは、第一教会から第八教会に属する''選ばれし子供たち''の代表のことである。


第一教会以外の教会にはそれぞれ一つずつ小さな孤児院が付いていて、そこで先天的に神の力を授けられた''選ばれし子供たち''は共に暮らし、修行をする。

中でも特に力の扱いが上手く、また超能力者の犯罪抑制に貢献している者が、それぞれの教会の長である司祭から代表に選ばれる仕組みだ。


臨時協議会。

本来なら年に三度しか集まらないこの場に、八人はヘブンシティ内の様々な問題の対応、処理のために臨時で年にだいたい十回以上は集まる。

今回もその内の一回だった。



美しい少女の像を背にして、真っ黒の制服を着た黒髪の男が一番奥の席に着席する。

既に他に六人の若い男女が、長いテーブルに三対三で向かい合わせに座っていた。そのテーブルは中央に四角い穴があいていて、穴の向こうには暗闇が広がっている。テーブルの上には紙やペンが一つもない代わりに、七つの青い画面がそれぞれの席の前に浮かんでいた。


協会本部、つまり第一教会に属することを意味する制服を着た黒髪の男は席につくと、まず目を瞑って両手を組んだ。それに他の六人も習って、同じく目を閉じ両手の指を交わらせる。

清純な、真夜中のような沈黙が流れた。

そして数分の時が経った後、誰からともなく祈りから覚め、互いに顔を見合わせる。


「【黒眼】が消えたと聞いたが、本当にいないな」


金髪の大柄な男が、最初の第一声を上げた。

唐突な話題だが、皆同じことを思っていたらしく、一斉に一つ空いている席に目を向けた。一番奥の黒髪の男と向かい合わせになる席だ。


「まさか、冗談だと思ってたわけ?グリコフ」

黒髪に澄んだ青の瞳を持つ女性が、荘厳な椅子の上でクスクスと愉しそうに笑う。その頰には、大海原を思わせるような青い宝石が埋め込まれており、顔が動くたびに太陽に照らされる水面のようにキラキラと輝いた。


「冗談だと思うだろ。何せあのパティちゃんだぜ?」

おどけた口調でそう言う男に、黒髪の女性も思わず吹き出す。

「ぶはっ、ここにいない人のことを変な名前で呼ぶのはやめたげてよぉ」

「いないからこそだ。いたら、多分銃殺される」

「あはは、それは言えてるねぇ」

盛り上がる二人に、冷めた声が投げられる。


「あんな異端児、消されて当然だ」


見ると、黒髪の女性の隣の席にいる白髪の青年が、心底反吐が出るといった顔をしていた。女性はププッと笑いながら、青年の肩を指でつつく。


「ああ、クリムンはシモンと仲良しだったもんねぇ」

「誰がクリムンだ!お前こそ変な名前で呼ぶのはやめろ!」

「ごめんちごめんち」

ぺろっと舌を出す女性を横目に、白髪の青年はまた吐き捨てるように文句を言った。

「アイツは会った時から気に食わなかった!あの目さえ無けりゃ、反乱因子として俺が始末してやったのに」

「クリムダイ、その辺にしておきなさい。彼は実力も信仰心も人一倍ありましたよ。あなたがそれを知らないだけ」

茶髪の女性にそう注意されると、クリムダイと呼ばれた青年は「チッ」と舌打ちだけして顔を背けた。

ずっと端の席で黙っていた黒髪の青年が、躊躇いがちに口を開く。


「アカウロさん、シモンは何故行方不明になったのですか?」


その言葉を受けて、全員がまた口を閉じ、視線を一番奥の席に座る男に向けた。黒髪黒目、一見して普通の日本人に見えるが、その額には、鮮やかな真紅の宝石が埋め込まれている。それは前髪に隠れていてもなお、周囲を萎縮させるような存在感を放っていた。


「それを議論するためにも、この臨時協議会を開いた。シモン・パティグスの失踪については、俺も詳しいことは知らない。ギマス、シモンと同期であり、教会も隣同士であるお前こそ、何か知っているのではないか?」


アカウロという男の鋭い目を、ギマスと呼ばれた青年は冷や汗を流しながらも見つめ返す。


「僕は何も知りません。何も知らなかった自分にショックなくらいですよ」


「ええー?ギマッチなら何か知ってそうだと思ったのに」

黒髪の女性はギマスの方を見ながら、意外そうな顔をした。それに乗じて、白髪の男もドンと机を蹴る。

「おいギマス。何か隠してんなら承知しねえぞ」

「揃いも揃って僕を疑うのはやめて下さい!」

困惑した表情でそう叫ぶギマスに、最初の金髪の男、グリコフが神妙な顔つきで頷いた。

「そうだぜ、何も知らなかったのは俺たちも同じだ。皆に罪はある。だがアカウロ、分からないという理由じゃ第八教会やら国民やらの疑惑は拭えないだろう。といっても、ネット上で根も葉もない噂を立てられるぐらいが関の山だが。何かシモンについて情報は無いのか?」


「……預言者ダーテフェルからの伝言ならある」


アカウロの口からその名前が出た途端、六人は一様に顔を強張らせたが、それが畏怖の念によるものなのか、あるいは単なる恐怖によるものなのか、あるいは嫌悪によるものなのかは人によって違った。

「ダーテフェル様は何と?」

茶髪の女性が先を促す。

アカウロは特に躊躇することもなく、淡々と告げた。

「シモンは反逆罪で処刑された、と」


「反逆罪?」

ギマスは怪訝な顔をする。

グリコフはうーんと頭をひねりながら、眉根を寄せた。

「つまりシモンは、最大の罪である、ヘブンセントバリアの外へ出ようとしたってことか?」

「あるいは、もう''出てしまった''かのどちらかだねぇ」

そう言ってケラケラと笑う黒髪の女性に、茶髪の女性は不思議そうに首をかしげた。

「いくら何でもそれはないでしょう。そもそもヘブンセントバリアの外へ出る方法があるなんて、面白半分に作られた噂です。ここにそんなものは存在しない。シモンもよく分かっていたはずです」

「分からないよぉ?嘘から出た真、という言葉もあるくらいだからね。古き良き第一教会の地下に眠る外への通路、なんて、有名な噂じゃない」


意味ありげに笑ってみせる黒髪の女性に、すぐさまクリムダイが反論する。

「バカ言え、第一教会にそんな巫山戯たもんはねえよ。万一ヤツがその胡散臭い噂を信じて第一に入ったとしても、あそこの警備は厳重だ。内部地図も第一教会内の幹部しか知らないし、何よりアカウロさんの管轄下だぞ。安易にうろちょろ出来るもんじゃねえ」

「どうかなぁ?昨日アカウロは儀式で第二教会(ここ)に来てたし、シーモンの目があれば、第一のちゃっちい監視カメラとセンサーの警備くらい、簡単にすり抜けられるんじゃにゃいの?」


真っ青な雫を持った黒髪の女性の言葉に、室内の温度が二、三度下がったように感じられるほど、五人は内心凍りついた。

アカウロの前でそんなことを口に出来るのは、実質の第二権力であるこの女性くらいだったからだ。


「口を慎め、ブリュダ!今のは本部への不敬と捉えられてもおかしくねえぞ!第二教会に配属されてるからって調子に乗ってんじゃねえのか!」

血気盛んに食ってかかるクリムダイに、黒髪の女性、ブリュダは余裕の表情で言葉を返す。

「あら、クリムンこそ、シモンっていう年下のライバルが消えて調子に乗ってなーい?ここが私のテリトリーだってこと、忘れないでね」

「お、それは俺たちへの牽制でもあるのか?」

クリムダイが何か言い返す前に、面白そうな顔をしてグリコフが話に割り込んできた。

「ご想像にお任せ☆」

そう言ってウインクするブリュダをよそに、茶髪の女性は目の前の画面を操作して皆の画面に何枚かの画像を転送した。


「そんな非現実的な想像よりも、昨日あった幾つかの事実を順に辿っていくべきよ。シモンの失踪についての手がかりにもなるかもしれない。良いですか、アカウロさん」

「いいだろう」とアカウロは頷く。

「まず、昨日の午後、たまたま街中に忍ばせていた私用の監視カメラにシモンが映っていました。恐らく、これが写真として残っている最後の彼です」

七人の画面に、黒のパーカーにブルーのジーンズというラフな格好で街を歩くシモンの姿が映し出された。

それにグリコフが「おいおい」とツッコむ。


「ちょっと待てフィリア。私用の監視カメラって何だ?」

「そのままの意味よ。昨日は百周年記念祭だったので、それに乗じて超能力による犯罪やテロが起きる可能性を考えての対処です」


フィリアと呼ばれた茶髪の女性は、平然とそう返す。

ブリュダは頬杖をして、シモンの画像を拡大した。


「まあ私用の監視カメラがプライバシー的に良いかダメかは置いといて、それが吉と出たわけだねぇ。シモンなら元から設置されている街の監視カメラの場所くらい覚えてそうだし」

「いやプライバシー的には確実にダメだろ」とクリムダイは小さく呟く。

しかしそれはフィリアには聞こえていないようで、彼女はブリュダの方を見て大きく頷いた。

「正にその通りね。公的な監視カメラにはシモンは一度も映ってなかったわ」


「それよりまず、昨日は皆一日中街の見回りだったはずです。シモンが写っているのも第八教会の管轄下の地区であり、この写真から得られる手がかりは特に無いように思われますが」とギマス。

「私もそう思ったのだけど、シモンの隣にいる男の子を見て」

「この茶髪の少年ですかい?」

ブリュダが拡大した画面を指差す。

「そう、多分シモンの一つか二つ年下ぐらいの子」

「コイツが何なんだよ」とクリムダイ。

「この子も、昨日原因不明の行方不明だって報告されている。さらに不可解なことに、この子の家族も全員、昨日のうちに行方不明になっているのよ」

「名前は?」

アカウロが画面を見つめながら、短く尋ねる。

「たしか、カシマナツといって、父親はカシマテルキという科学者です。家族構成は、母と姉を合わせて四人家族ですね」

「ふーん、何だか余計きな臭くなってきたなぁ」

ニヤニヤと笑うブリュダに、フィリアは微笑み返した。

「確かに、ブリュダの好きそうな案件ね」

「えー、何それ、私がまるで変人みたいに〜」

「間違いなく変人じゃねえか」

クリムダイがそう呟くと、ブリュダは彼の頭部に強めのチョップをお見舞いした。


「その四人家族については、表向きはどう処理されている?」


アカウロの問いに、フィリアは画面を操作し、四人家族の写真と、山奥にある廃墟と化した建物の写真を映し出した。

「シモンと同じ、預言者の指示によって反逆罪で処刑ということにしてあります。父親が科学者ですし、周りは不審には思いません。また、関係あるかは分かりませんが、その父親の研究所が同日原因不明の火事によって消滅しています」


グリコフは金髪の頭をポリポリとかいた。

「反逆罪、というのが正しければ、そのカシマナツってのとシモンは共犯っていう可能性が高いな。実際昨日会っていたみたいだし。父親が科学者どうこうというのも、多分それに絡んでるんだろう」

「カシマナツとシモンについて少し詳しく調べたところ、彼らは中学校からの同級生だったらしいです。学校外でもそれなりの交流があったとか」

フィリアがそう言うと、ブリュダは椅子の上で何やら興奮気味にバタバタと足を動かした。

「あー、そういえばシモンは一般の学校に通ってたねぇ。じゃあほぼ共犯は確定だけど、はてさてお二人さんで一体何をやらかしたんだか」


本来、普通の子供とは違う選ばれし子供たちには、アモル教会付属の学校が用意されていたが、なぜかシモンは本人の意思で一般の学校へ通っていた。


「つまり、シモンはカシマナツという人物と共に昨日何らかの行動を起こし、結果カシマナツの家族も巻き込んで行方知れずになった、ということですか?」

ギマスは顎を手で撫でながら考え込む。


「現段階で立てられる推測は、その程度でしょうかね。第八教会の者に尋問すれば、あるいは街中で聞き込みでもすれば、もう少し手がかりが掴めるかもしれませんが」

あまりの情報の無さに半ば諦め顔であるフィリアに、グリコフもため息を吐く。

「結局、今すぐには大して何も分からねえのか」


「ダーテフェル様が言うには、反逆罪で処刑なんだから、おおよそ昨日の百周年記念祭でテンション上がって二人でヘブンセントバリアの外に出ようとしたんだよ。それか、絶滅危惧種の科学者であるナツ父が、違法の研究をしていて、それにシモンも加担していたのが預言者にバレた、とか」


ブリュダが何故か自信満々に、つらつらと自分の予想を並べる。

「おお、そんなら後半のがしっくり来るな。確かにシモンは科学に興味があった」

前半のボケは完全にスルーして、グリコフはなるほどと手を打った。ブリュダは少し得意げな顔になって話を続ける。


「でも、何かおかしいんだよねぇ。それなら、あたしらのうちの誰かがシモンと戦うなりして捕まえなきゃならんわけなのに、誰もそれをやってないんだから。預言者が直々に手を下したって言うなら、それまでだけど」


「預言者相手とはいえ、シモンが、そう簡単にやられるとは思えませんが」

ギマスは未だ納得のいかない顔をしている。

そして向かいに座る、まだ一言も喋っていない女性の方を見た。

「バルシはどう思いますか」

長い灰色の髪を手で梳きながら、バルシと呼ばれた女性は小首をかしげる。

「……シモンはよく分からない子でした。私には推測不能です」


クリムダイは伸びをしながら、やや投げやりに言い放った。

「推測なんて、立てるだけ無意味なんじゃねえのか。預言者の言うことを鵜呑みにする訳じゃねえが、シモンが反逆罪で処刑、別にそれだけで十分だろ。そもそも''異端の第八教会''は、ずっとそんな感じじゃねえか」


「あなたはいつも言葉が過ぎますね、クリムダイ」

フィリアが呆れた表情でクリムダイを見る。

しかしクリムダイは平気な顔で続けた。

「こんな異名がついてるくらいなんだから、みんな薄々そう思ってんだろ。第八教会の代表過去三代は一年も経たないうちに毎回謎の行方不明。シモンもそのうちの一人になっただけだ」

「クリムンは厳しいねぇ」

「だからその呼び方はやめろ!」


すると、アカウロが突然テーブルをトンと指で軽く叩いた。微かな音だったが、それ一つで六人の青年たちは水を打ったように黙り込む。


「分かった。シモン・パティグスの話はこれで終わりだ。なお、この場以外での勝手な調査やシモンについての追及は禁止とする」


厳かな口調でそう告げるアカウロに、グリコフが片眉を上げた。

「それはどういうことだ?」

ブリュダも口を膨らませる。

「余計な詮索はするなってことぉ?」


「預言者からの勧めだ。俺からお前たちに無理強いはしないが、その先の身の安全は保証できない。各教会の者たちにも十分言い聞かせておくことだな」


「……俺たちに何か隠していることがあるだろ、アカウロ」

「お前たちのためだ。グリコフ、これ以上知りたいなら、お前も命をかける必要がある」


アカウロの言葉に、部屋の中はしんと静まり返る。

フィリアは優しく諭すようにグリコフに語りかけた。

「アカウロさんに従いなさい、グリコフ。預言者の言うことは絶対なのだから」

預言者の言うことは絶対。

アモル教会の信徒たちは皆、そう教えられている。

しばらく逡巡してから、グリコフはため息混じりに言った。

「……分かってるさ。シモンのことは忘れる、それでいいんだろ」


他の五人もアカウロに向かって首を縦に振り、シモンについての追及禁止を認めた。

アカウロは今度は人差し指で二度テーブルを叩く。すると全員の画面が閉じられ、会議室の扉の複雑なロックが解除された。


「……では、お前たちに新しい第八教会の代表を紹介する。入れ」


アカウロが固く閉じられた扉に向かってそう声をかけると、扉は重そうな音を立てながらゆっくりと横に開いた。

そこには、短い黒髪と真面目そうな目が特徴的な少年が立っていた。既に部屋の中にいる七人に比べて、身長は低く小柄で、どう見ても年下だということが分かる。


「前任のシモンに代わって、第八教会の代表を務めさせていただく、レハムと申します。以後、よろしくお願いします」


礼儀正しく挨拶をするレハムに、アカウロは「席に座れ」と命じた。


「レハム?」

意外な名前だったのか、クリムダイは訝しげな表情をする。ブリュダは大きな目を愉快そうに細め、囁くような声で言った。

「……''額に宿す者''ねぇ」

「へえ、コイツが」

グリコフは感心したように腕を組む。

フィリアはアカウロの顔をチラリと見やった。

「シモンとは真逆のタイプに見えますね。アカウロさんが選ばれたのですか」

「ジュノアの推薦だ。ジュエルも実力も問題ない範囲だから採用した」

アカウロが平坦な声でそう答えると、フィリアは興味深そうにレハムを観察する。


「おい、お前歳いくつなんだよ。シモンより下じゃねえか?」

「はい。今年17になります」

「ふーん」

クリムダイはあからさまに気に食わないといった表情で、レハムをじろじろと見た。しかしレハムの方は、そういう扱いには慣れているようで、一向に気にも止めていない。


「ねぇ、レハムっちはシーモンのこと、何か知らないの?」

「レハムっち?」

レハムは初対面で陽気に話しかけてきたブリュダに、目をパチクリさせた。

フィリアが厳しい顔で、ブリュダを咎める。


「ちょっとブリュダ、その話題は禁止されたばかりでしょう」

「まだ''この場''は続いているから大丈夫大丈夫〜。そうよね、アカウロ?」

ブリュダがお得意のウインクをしてみせると、アカウロは眉一つ動かさず、深く息を吐いた。


「お前の口を閉じることなど、神以外には不可能だろうよ」

「ね、レハムっち。昨日シモンが消えちゃったことについて、何か知ってることってある?」

身を乗り出すブリュダに、レハムは悲しげな表情で首を振った。

「……ありません。全く私たちにも思いがけないことでした。シモンさんは、私たちにとってただ尊敬に値する先輩、雲の上の存在でしたから。反逆罪で処刑されたとアカウロさんから聞きましたが、とても信じられません」

「そっかぁ、残念。第八の子たちですら分かんないなら、私たちには詮索の仕様もないね」


グリコフが呆れた顔でブリュダを見る。

「さっきから聞いてれば、お前、そんなにシモンのことが気になるのか?」

「もちろん。だいたい、二年前あの子の能力を見込んで、司祭サラに代表に推薦したのは、私なんだから」

「ほぉ、それは初耳だな」

アカウロの真っ暗な瞳が、ブリュダの青い眼をまるで射抜くように見つめる。

「別に隠してたわけじゃないけど、言う必要も感じなかったから。そしたら何と、本人にも言わず仕舞いだったってわけだよねぇ。あはは」

「いや笑い事じゃねえだろ」

クリムダイが唖然としながらそうツッコむ。


「とはいえ、これでシモンについて情報を集めるのが不可能だということはハッキリと分かったでしょう。ブリュダも、これ以上無駄なことを考えるのはやめてね」

「はーいはーい」

まるで母親に叱られた子供のように口を尖らせるブリュダに、フィリアは肩をすくめる。

そして少しの沈黙を置いてから、バルシがボソリと呟いた。


「でも、彼がいなくなって、私たちは内心安心しているのでしょう」

「彼って、シモンのことですか?」

ギマスがそう尋ねると、バルシは灰色がかった瞳を銀色に光らせた。そしてギマスには、その目が一瞬アカウロの方を見たような気がした。


「ええ。彼の目は、敵にも味方にも厄介でした。あの力には、我が協会も手を焼いていましたし、彼自身でさえ扱いきれていませんでしたから。意識を集中させれば、他人の脳内、未来すら垣間見ることが出来る。そんな力がそばから消えて、正直安堵している人も少なくないと思います」


バルシの言葉に、その場はしんと静まり返る。

少なくともここにいる者で、安堵しているように見える者はいない。

レハムは僅かに顔をしかめてから、遠慮がちに口を開いた。

「脳内や未来が見えるといえども、それには限度があります。シモンさんは、あくまで右眼の''視界に入った''範囲で数分後の未来を見通したり、''視界に入った''人の大まかな感情を視ることが出来るだけです。そもそも、そういう力は体力を大幅に削るのでシモンさんは滅多に使っていませんでした」


「まあ、そう簡単にそんなチート技使われたら困るもんねぇ」

どこか遠い目をするブリュダ。

クリムダイは何度か荒々しく床を蹴った。

「アイツのこと考えてたら、胸糞悪くなってきた。こうなるんなら、さっさとあの眼潰しとくんだったのに」

「それをね、恋って言うんだよ、クリムン」

ブリュダの台詞に、ぎゃははとグリコフが腹を抱えて笑う。

「てめぇブリュダ黙って聞いとけば!もう我慢出来ねえぞ!!」

「おぅ、やるかい?若造よ」


クリムダイの胸元に、制服ごしにも分かるほど白く眩い炎が燃え、部屋の中はドッと暑くなる。ブリュダもくすりと笑いながら、目の下で爛々と輝く青い宝石に細い指を添えた。

レハムは、まさかここで争うのかと目を見張った。


「二人ともそこまでにしときなさい!アカウロさんの前ですよ」


もはや恒例となっているのだろう。フィリアにそう注意されると、流石の二人もフンと顔を背けつつ宝石の疼きを落ち着かせた。そしてアカウロの方をチラリと伺う。

アカウロの表情に特に変化はなく、依然として彫刻のような無表情が前にいる七人を見据えていた。


「……臨時協議会はここまでだ。各々教会に戻り、シモンについての追及調査禁止、そして新たな第八教会代表がレハムに決まったことを兄弟たちに伝えろ。異論は一切認めない。では、解散」


解散という単語を聞き届けると、七人の青年たちは、一様にアカウロへお辞儀をして会議室から出て行く。

入ってくる時とはまた違った緊張感と共に。

未練がましく第二教会に残ったりはしない。

お互いに一言二言言葉を交わしたら、さっさと別れて自分の持ち場へ戻り、次の仕事をこなす。今までもずっとそうやってきた。


嘘をついている者も、嘘を突き通したまま、ボロが出ぬよう慎重に日常へ戻っていく。




ヘブンシティは昼夜問わず賑やかだ。

薄っぺらだが決して破れることのない膜の中で、人々は色んなことを見てないフリして、ワイワイ騒ぎながら生きていく。

まだ始まったばかりの夜は、これから更に深まっていくばかり。







ーーーーー




第一代第一教会代表 アカウロ

第一代第二教会代表 ブリュダ

第一代第三教会代表 フィリア

第二代第四教会代表 クリムダイ

第一代第五教会代表 グリコフ

第二代第六教会代表 バルシ

第三代第七教会代表 ギマス

第五代第八教会代表 レハム


アモル協会会長 アカウロ





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