荒牧小梅の事情 ~過去~
【作者より】
このお話は『杜坂東の事情』のサイドストーリー、小話的なものです。
読まなくても大体の話は分かりますが、読んでおくと物語がより楽しめる……かもしれません。
本文は以下から始まります。
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私は昔から、他人より言動が少し遅かった。
保育園でも、他の子と話そうとしても「小梅ちゃんおはなしするの遅いからおはなししたくなーい!」と避けられる為、一人でいる事が多かった。
家でもそうだった。お父さんやお母さんに話しかけようとしても「今忙しいから」と無視される。
だから私は、家でも外でも、話すという事をしなくなってしまった。
小学校の時もそうだった。話すのが遅いから、皆に嫌われるから、話さない。そんな日々が続いていた。
それではいけない。そう思ったのは中学1年生の頃。
――そう。両親の心中自殺に巻き込まれた、あの日からだった。
両親は、家の浴室で練炭自殺をしていた。
私はただ両親に呼ばれて浴室へ一緒についていっただけで、まさか心中自殺に巻き込まれるとは思わなかった。
幸い私は、昏睡状態になるギリギリの所でその場を離れ、生き残る事が出来たのだが、両親は――死亡。
その後の葬儀で、『誰が荒牧小梅を両親の代わりに育てるか』という話になった。
名乗りでる者は――誰一人いなかった。
当たり前だ。私が人より言動が遅いから。その所為でイライラする親戚も多くいただろう。
そんな中、親戚の一人が声を荒げて言った。
「そもそも、恭治と薫子さんが自殺したのは、あの娘の所為じゃないのか!?」
それが引きがねになったのか、親戚達も口々に「そうだ」「あいつの所為だ」「あんな出来の悪い子を産んだから」と、私の悪口を、私の目の前で言い始めた。
私は、だんだんその場にいられなくなって、「トイレに行ってきますー」とその場を離れた。
――『トイレに行ってくる』というのは、当然嘘だ。
私はそのまま、両親の葬儀から『逃げた』のだ。
本当はそんな事してはいけないと分かっていたんだけど、その時の私には辛い葬儀でしかなかった。だから、『逃げた』。
親戚達の声が、頭の中で繰り返される。
――お前の所為だ。
――お前の所為で恭治も薫子も死んだ。
そんな言葉を振り払うかのように、私はただ、走った。
後日、担任の先生にその事を相談すると、先生は「父がアパートの大家さんやってるから、そこに住まないか?」と勧められた。私は勿論承諾し、以降、そこに住み始めた。
だが、それでも人と話すのは怖かった。親戚達のような事を言われてしまうのが怖くて。それでも話さなければならないと思い、私は必要な事だけは話せるようになった。
だが、世間話や趣味の話などは、当時はまだできなかった。
――そんな私を変えてくれたのは、『新見博』君だった。
昼休みに、私が一人で中庭で過ごしていると、「先輩ー?」と博君が話しかけてきた。
「先輩一人っスか? 俺、隣座っていいッスか?」
私が「いいですよー?」と返事をすると、博君は明るい笑顔で「おっじゃましまーっす!」と私の隣に座った。そして。
「さっきの返事もそうだったんスけど、先輩って喋るの遅いッスね?」
そう言われた。恐らくはっきり言う子なんだろうけど、あまり気分が良くはなかった。
私は一つため息を吐いて、博君に返した。
「……すみませんー。私ー、いつもこうでー……」
すると、博君はキョトンとした顔で私の方を見て一言、言った。
「へ? なんで謝るんスか?」
「……はい?」
私の想像とは全く真逆の返事に、私もキョトンとしていると、博君はニッと笑って言った。
「俺は好きッスよ、先輩の話し方!」
「……え?」
「だって、一言一言が聞き取りやすいし、なんか落ち着きますもん!」
博君の言葉に、私は驚きすぎて何度も瞬きした。
そんな事言われたのは、多分初めてだ。今まで優しくしてくれた人にも、そんな事言われた事はなかった。
初めて言われた言葉。――ずっと、言われたかった、言葉。
「……って、え!? えっ、先輩、なんで泣いてるんスか!?」
いつの間にか私は泣いていたようで、博君はそう言いながら慌てた。
気づいた私が涙をぬぐっていると、博君は申し訳なさそうに言った。
「あの、すみません! 俺、何か傷つけるような事を……! あっもしかして気にしてたんスか!?」
私は、首を横に振った後、再び博君の方を見て言った。
「私ー、嬉しかったんですー。そんな事言われたのー、初めてでー。……一番、言われたかった、事でー」
博君は、またキョトンとした顔で私を見ていた。が、その後「なら、良かったッス」とあの明るい笑顔で言った。
その後から、私は色んな人と話すようになった。今まで話してくれなかった保育園から一緒だった子達も、私が諦めずに話しかけていったら、だんだん話してくれるようになった。
暫くして、博君が、彼の幼馴染らしい『松伏麻里亜』さんをつれてきて紹介してくれた。
以降、私は博君や麻里亜さんと3人で過ごす事が多くなった。私が書道部の話をした翌日には、麻里亜さんが入部してくれた。
――博君のおかげで、私には友達がいっぱいできた。
だから、私は今、凄く『幸せ』なのだ。
【荒牧小梅の事情 ~過去~ 完】




