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第2話 後編(視点:荒牧小梅)

突然の親戚の訪問に動揺しながら、私は瀧太郎叔父さんを部屋の中に招き入れた。

盲目である瀧太郎叔父さんを支えながらテーブルの所まで連れて行くと、瀧太郎叔父さんは「ありがとうございます」と言ってから椅子に座った。

私は瀧太郎叔父さんの前の椅子に座ると、「それで」と口を開いた。

「急にー、訪ねてきた理由をー、お聞かせくださいなー」

瀧太郎叔父さんは「はい」と答えて、話し始めた。

「……実は、来月6日に結婚する事が決まりまして」

「あらー、それはそれはー、おめでとうございますー。……ああ、もしかしてー、招待状をわざわざ届けにー?」

「それも、あるのですが」

私からの問いに、瀧太郎叔父さんはそう返しながら、結婚式の招待状を差し出した。

私がそれを受け取ると、瀧太郎叔父さんは続けてこう話し始めた。

「……彼女とは、僕が通院している病院で知り合ったんです。彼女は子宮頚癌でその病院に入院していて、相当苦しんでいるようでした。恐らく支えてくれる人が少なかったんでしょう。何というか、いつも独りでいるような気がしたんです。だから、こんな状態の僕でも何かしてあげたいと思って、色々話したり、お互いに励まし合ったりしてたんです。……ところがある日、彼女から告げられたんです。『子宮を全部取り除かなきゃいけなくなった。子どもが産めない。どうしよう』と」

瀧太郎叔父さんから聞いた話は、とてつもなく壮絶だった。

ただの惚気話が始まるかと思っていたんだけど、あまりに深刻過ぎる話に、私は言葉を発せずにいた。

瀧太郎叔父さんは続けた。

「……だから、言ったんです。『子どもが産めない、ただそれだけで貴方の事を嫌う男なんて最低なだけです。だったら、僕が、貴方の傍にいます』と。それがきっかけで、結婚する事になったんですが、彼女、やっぱり子どもが欲しかったようで。それでつい……、小梅さんの話をしてしまったんです」

「……私の?」

瀧太郎叔父さんの話にそう聞き返すと、瀧太郎叔父さんは「はい」と返事をした。

「本当はあの時――『恭治兄さんと薫子義姉さんの葬式の日』に、自分が名乗り出れば良かった。けど、怖かったんです。あの時、誰も手をあげなかった。誰も名乗り出なかった。ここで僕が名乗り出れば、きっと嫌われてしまうかもしれない。何か、色々言われてしまうかもしれないと。……とんだ臆病者ですね、僕は」

「瀧太郎叔父さん……」

「だから」

そう言って瀧太郎叔父さんは、テーブルの上に置いていた私の右手に触れ、優しく握って続けた。

「今更許してほしいとは思いません。許されるとは思っていませんから。だけどもし、小梅さんに両親が欲しいという気持ちが少しでもあるのなら……僕達が、貴方の両親になっても構いませんか?」

「……両親、に?」

私がそう聞き返すと、瀧太郎叔父さんは「はい」と力強く返事をした。

私は、すぐに返答するのをためらった。

確かに、両親が欲しいという気持ちがないとは言えない。だけど、一度私を見捨てた目の前のこの人を、許していいの? 受け入れてしまうの? そんな気持ちが渦巻く。

あの時、この人は怖かっただけ。だから手をあげなかった。……だけどその所為で、私は。

色んな感情がごちゃ混ぜになって気が狂いそうになった、その時だった。

――クイッ。

ふと、私の服の裾を軽く引っ張る感触がした。

その感触がした方を見ると、そこにいたのは――『座敷童子』だった。

見ると、『座敷童子』は何かを持っているようだった。よく見ると、それはいつも私が日記帳として使っているノートだった。

『座敷童子』は、わざわざ私が使う事のないであろう最後のフリースペースのページに文字を書いていた。

その文字に、私はハッとした。


『いつまで、ひきずるの?』


ああ、そうか。いつまでも、引きずっているわけにはいかないんだ。

過去は過去。大事なのは、今どうするべきか。……今、どうしたいか、なんだ。

「……小梅さん?」

瀧太郎叔父さんから呼ばれて、私は顔をあげた。自分の頬を触ると、いつの間にか私は泣いていたようだった。

そう気づくと、私は一気に涙が溢れ、止まらなくなった。

瀧太郎叔父さんは焦ることなく、じっと黙っている。

しばらくして、私は涙をふき、再び顔をあげてから、瀧太郎叔父さんの問いに答えた。

「……私、本当は、ずっと望んでいたのかもしれませんー。お父さんと、お母さんが、欲しいとー」

まだ、私の声は震えていた。瀧太郎叔父さんは、フッと笑って再度聞いた。

「……僕達の子に、なってくれますか?」

今度はすぐに答えられる。

私は瀧太郎『お父さん』の方を向き、「はい」と返事をした。



その後、「色々と準備があるから」と、お父さんは帰って行った。

私はお父さんを見送りひとつ深呼吸をした後、『座敷童子』にお礼を言おうと、自分の部屋の方を振り向いた――が。

「……あらー?」

いつの間にか、『座敷童子』はいなくなっていた。その代わり、先ほど『座敷童子』が手にしていた私の日記帳と一緒に、小さな毬のようなものがテーブルの上に置かれていた。

私が近づいて日記帳を手にすると、先ほどと同じページに『ありがとう』と付け足されていた。

私はフフッと笑って、小さな毬を手に取り、眺めた。

きっと、あの子はちゃんとお礼がしたかったのだろう。私がしたことはほんの些細な事なのに、凄く大きなお礼をしてもらった。

「……今度はー、私がお礼をする番でしょうかー」

そう呟いて、私はまたフフッと笑った。

次に出逢ったら、どんなお礼をしようか。今からそれを考えると、何処か幸せな気分になった。


【第2話 後日談へ続く】

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