松伏麻里亜の事情 ~両親~
【作者より】
このお話は『杜坂東の事情』のサイドストーリー、小話的なものです。
読まなくても大体の話は分かりますが、読んでおくと物語がより楽しめる……かもしれません。
本文は以下から始まります。
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『花子さん』の件が解決したその日。
帰ってきた時には辺りもすっかり暗くなり、時刻は午後7時を過ぎていた。
私は送ってくれた佐藤先生と、近所に住んでいる新見に別れを告げると、通学バッグから家の鍵を取り出し、鍵を開けて家の中に入った。
「ただいま……と」
家の中に入ると、私は辺りを見渡して一つため息を吐いた。
……誰もいない。否、いるはずがないのだ。そういう、家庭なのだから。
私の父は警察官で、母はスナックを経営している。その為か、私が学校から帰ってくる時間帯には二人ともいない事が多いのだ。
母のスナック経営は、私が中学1年生になったと同時に始めた。「父が一緒に居る事が少ない分、自分は小学校卒業するまで思う存分一緒にいてあげたい」という母の気持ちかららしいが、本当の事は未だ定かではない。
元々、私が生まれる前はキャバ嬢だった母。父と出逢ったのは、母が勤めていたキャバクラで殺人事件が起こった時だったらしい。
事件が解決して1年後に結婚したというのだから、両親の行動力には驚かされる。
(……とはいえ)
私はリビングに入って、テーブルの上に置かれたコンビニ弁当を見た。
書き置きには『ごめんね。ご飯作れなかったからこれで我慢してね。 ママより』と書いてある。
私はまた一つため息を吐き、袋に入ったコンビニ弁当を取り出す。今日はカレーだった。ただカレーだけじゃ栄養不足になるからとでも思ったのだろうか、カレーと一緒に野菜スティックも買ってきてあった。
カレーを電子レンジで温めた後、中に入っていたプラスチックのスプーンでカレーを食べる。
……もう何日、母の手料理を食べていないだろうか。
父はたまに帰ってくるが、「自分は料理が出来ないから」と、滅多に作る事がない。
こんな生活で、大丈夫なのだろうか。
正直結構大食いな私は、コンビニ弁当のカレーに野菜スティックをつけてもまだ食べ足りない。両親は、知らないみたいだが。
……と。
ピンポーン。
「……?」
インターホンが鳴る音がした。私は玄関に行き、ドアを開けると。
「……新見?」
先程家に入って行ったはずの新見が、そこにいた。
新見は「よっ、さっきぶり」とおどけて言った。その手には何やらタッパーを持っている。
「お前んち誰もいないだろうなーと思ってさ。これ渡して来いって母さんに言われたんだ」
そう言いながら、新見は手に持っていたタッパーを差し出した。私が「ありがとう」と礼を述べながら受け取ると、新見はいつもの笑顔で「じゃ、また明日な!」と去って行った。
リビングに戻りタッパーを開けると、中身はシーザーサラダだった。しかもそこそこ量がある。
タッパーの蓋に貼ってあったメモ書きには、『ちゃんと野菜も食べなきゃダメよ 博のママより』と書いてあった。
「……心配性だな、あの家族は」
私はそう呟いて、思わずフッと笑った。
とはいえ、そろそろ自分で何でもできるようにならなければ。
そんな事を考えながら、私は新見が持ってきたシーザーサラダに手をつけた。
【松伏麻里亜の事情 ~両親~ 完】