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第1話 後日談(視点:松伏麻里亜)

あの日以来、この学校から『花子さん』の噂を聞かなくなった。

噂があっていた頃は一人でトイレにいけなかったらしい一部の女子生徒達も、徐々に一人でトイレに行くようになっていった。

『園田花子』の白骨死体は、校長先生が『園田花子』の親戚にあたる人に連絡をとり、引き取ってもらったらしい。『花子さん』も、おそらくあの『黒犬』も、それを強く望んでいただろう。

亡くなってから何十年も経っている為、両親も流石にもう亡くなっているとはいえ、だ。

「……けど、本当に報われたのかなあ、あの子」

新見が、窓の外を見ながらそう呟いた。

「……何故だ、新見?」

私がそう聞くと、新見は「だってさ」と何かを憐れんでいるような表情で返した。

「だって、『花子さん』だって元々は研究所で過ごしていた子だぞ? あの後佐藤先生から聞いたんだけど、あの研究所には『両親に見捨てられたりした、行き場のなかった子達が預けられていた』らしい。……それってつまり、『花子さん』だって……」

そう言いながら、新見は俯いた。

もし、佐藤先生の言う通りなら、あの『花子さん』も、両親に見捨てられたか、両親に何かあったかで、行き場をなくしてあの研究所に預けられていたという事になる。

両親が何かしらの事件に巻き込まれたとか、両親が事故で亡くなっていたとか、そういうものならまだ救いはある。

だがもし、彼女が『両親に見捨てられた可哀想な子』だとしたら?

(……否)

『可哀想な子』という表現が、正しいとは限らないか。

そんな事を考えていると、教室のドアが開く音がした。佐藤先生だ。

「おーう授業始めっぞ……って、なんだなんだ、なんかしんみりしちゃって」

佐藤先生はそう言いながら、私達の方に近づいてきた。

私は佐藤先生に先程の新見との会話について話すと、佐藤先生は「そうか」と真面目な顔で返し、その後、いつもの二カッと笑った顔で続けた。

「それなら、大丈夫だ」

「……はい?」

思わず新見も私もほぼ同時にそう返すと、佐藤先生はこう続けた。

「お前達が、『花子さん』に対するその気持ちを忘れなければ良い。それはつまり、『花子さん』の事を心から悲しんでくれる人がいるって事だ。『花子さん』にとっては、生前に出会った事のない人達。けどな、そんな人達が、自分の為に色々してくれた。自分の事を考えて、行動してくれた。それだけが、『花子さん』にとっての全てなんじゃねえか?」

佐藤先生の話を聞きながら、私は窓の外を見た。

外は、快晴。雲ひとつない、青空。窓は開いているがカーテンが揺れていない為、風も吹いていない。

……と。

「……?」

少しだけ優しい風が吹いた。新見も佐藤先生もその風に気づいたのか、窓の外を見ていた。

「……『花子さん』?」

新見が、私の隣の席でそう呟いた。その言葉に、佐藤先生がクスッと笑って「かもな」と返した。



『花子さん』が本当に報われたのかどうか。それは私には分からない。

私にあの子の姿は視えなかった。私にあの子の声は聞こえなかった。

ただ、あの時。一瞬の風が吹いた時。

――私は確かに、「ありがとう」という『園田花子』からの一言が、聞こえた気がしたのである。



季節は、もうすぐ夏。


【第2話へ続く】

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