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最終話 中編②(視点:荒牧小梅)

皆と別れた後、私はなんとなく学校の裏門まで来た。

祠を壊した犯人を捜し出す、とは言ってもその手掛かりは何もない。どこに行けば良いのかも分からない。そんな気持ちのままフラフラと歩き、辿りついた場所がここだったというだけの話なんだけど。

(……ただ)

私は裏門の方をじっと見た。

もし本当にこの学校を壊すつもりなら、正門か裏門から結界を突破しようと思うかもしれない。

「……ここで待つのも、手かもしれませんねー」

私はそう呟いて、近くの塀にもたれかかった。

夜中の静かな周囲を眺めながら、他の皆は犯人を見つけられたのかなとか、無事でいられるのかなとか、そんな事を考えていた。

もし、他の皆が犯人を見つけられなかったら。犯人を見つけられたところで――もしも、死んでしまっていたら。

フッとよくない事を考えてしまい、振り払うように首を横に思いっきり振る。……その直後だった。


「おじょーうさんっ!」


聞き覚えのない声が聞こえ、私はハッとして声の聞こえた方を向く。

そこにいたのは、人形を抱えた金髪の少年だった。どこかの学校の制服だろうか。ブレザーのようなものを着ている。

少年はニコニコ笑みを浮かべながら、私に聞いてきた。

「ねえねえ、学校の前で何してるの? 今日は学校おやすみのはずだよー?」

「……それは、貴方にも言える事なのではー?」

私がそう聞き返すと、少年は「アハハ!」と笑って言った。

「僕はこの学校の生徒じゃないから! そんな事より僕の質問に答えてよー。学校の前で何してるの? 忘れ物したの? それとも……『壊れた祠』の事?」

「……!?」

少年の言葉に、私は驚きを隠せなかった。

『壊れた祠』。私の予想が正しければ、おそらくあの裏山の祠の事で間違いない。……けど、どうして裏山の祠が壊された事を、あの子が知っているのだろう?

疑問に思いながら少年の方をじっと見ていると、少年は私の考えている事を察したかのように笑って続けた。

「図星みたいだね? しかも、どうして僕が祠の事を知っているのか疑問に思ってる顔してる。じゃあ教えてあげなくっちゃ!」

そう言いながら、少年は私の方に少し近づいてきた。

「僕は『三日月みかづきメリル』。こっちのお人形さんは、僕のお友達の『メリーさん』だよ! 僕達ね、あの裏山の祠を壊した『犯人』なんだー」

「貴方が……!?」

驚いたように、私はそう返す。彼があの裏山の祠を壊すような子に見えなかったからだ。

だが、彼は「そうだよー」と返した。

「まあー正確には『共犯者』なんだけどね。実は僕達、ある人に頼まれたんだ。『僕達の計画を邪魔する人達を排除しろ』って。だから、可哀想だけど君にはここで『死んでもらう』から!」

一見純粋そうな彼から発された単語に、私はただただ驚く事しかできなかった。正直、怖い。

私が一歩後ずさろうとすると、彼が「んー」と首を傾げる。

「……でもでもー、ただ殺すだけじゃつまんないなあ」

そういって、彼は暫く考え込んだ。今が逃げるチャンスかもしれない。そう思い私が後ろを向いて逃げようとした時、いきなり「そうだ!」と明るい声で再び口を開いた。

「ねえねえ! どうせならゲームしようよ。鬼ごっこ! 知ってるでしょ?」

「鬼ごっこ……?」

私がそう聞き返すと、彼は「うん!」と無邪気な笑顔で頷いた。

鬼ごっこ。確かにルールは知っている。小学生の頃のレクリエーション大会か何かでやった記憶もある。……ただ、足が遅かった私は、いつも最初に捕まっていた。

それなのに、果たして逃げ切れるのだろうか?

彼は続けてこう言った。

「察してるとは思うけど、逃げるのは君の方ねー。でも、追いかけるのは僕じゃなくて、『メリーさん』の方!」

「……えっ?」

私は、思わず彼が抱きかかえていた人形の方を見た。

追いかけるのは、人形? まさか、そんな事が。

暫く頭の中が混乱していたが、ふと、ある『都市伝説』の事を思い出した。

「……まさか、その、『メリーさん』って」

私がそう口を開くと、彼はニヤリと笑った。

「……その、まさかだよ」

そう言って、彼はあいている方の手の指をパチンと鳴らした。

その音が合図だったのか、これまで彼に抱えられてじっとしていた人形が動き出し、宙に浮いた状態で静止した。

「!?」

その様子に、私は思わず一歩後ずさった。

まさか、あの『メリーさん』が、私の目の前にいるなんて。しかも、その少し後ろで笑みを浮かべている彼は、おそらくその『メリーさん』を『従わせている』。一体どうやって従わせているのだろうか。

彼はクスクスと笑って言った。

「驚いてるみたいだねー? それとも怖がってるのかな? まあ、どっちでもいっか! さて、ルールは簡単だよ。僕のお友達の『メリーさん』から3分間逃げ切れたら君の勝ち。もし君が勝ったら、君の事は見逃してあげるよ。大丈夫! 童子切先生にはうまく言っておくよ。……ただし、もし3分以内に逃げ切れなければ、君は『メリーさん』に『殺される』事になる。ねっ、簡単でしょ?」

彼が話している間も、『メリーさん』は宙に浮いたまま静止している。時折クスクスと女性の笑い声が聞こえるような気がする。それは彼女の笑い声なのだろうか?

彼は続けた。

「本当は10秒数えてから『鬼ごっこ』を始めるんだけど、僕はすっごく優しい良い子だから、特別に『30秒』待ってあげるよ! 『鬼ごっこ』の間は何処へ逃げても良い。なんなら何処かに隠れたっていいよ!」

そう言いながら、彼はブレザーのポケットからタイマーのようなものを2つ取り出した。

「このタイマー、片方は『30秒』に、もう片方は『3分』に設定してあるんだー。ほら、時間はきっちりしないとね! 僕って良い子でしょ?」

――私を殺そうとしている時点で、良い子ではないと思う。

そう言おうとしたが、言ってしまえば逆に彼の怒りを買ってしまうと思い、やめた。今は彼との……否、『メリーさん』との『鬼ごっこ』を耐え抜くしかない。そうすれば、私は生き残る事が出来る。そうだ、彼は「『鬼ごっこ』の間は何処かに隠れたっていい」と言った。最初の『30秒』の間に、何処かに隠れる事が出来れば、逃げ切れるかもしれない。……一か八かの賭けに出るしかない。

「よーし、じゃあそろそろ始めるよ!」

そう言って、彼は『30秒』に設定してあるらしき方のタイマーのスタートボタンに親指で触れた。私は彼と『メリーさん』に背を向け、逃げの構えを見せる。

「いくよ? よーい……スタート!」

彼がそう言った瞬間、私はその場から走り去った。



――その後の事は、正直よく覚えていない。ただ、ひたすら走った事は覚えている。

気が付いたら私は、学校の近くにある総合体育館の体育倉庫の中にいた。とりあえず周囲を見回す。

一瞬、目についた一番大きな跳び箱の中に隠れようかとも思ったが、『メリーさん』に見つかってしまった場合、おそらく確実に私はゲームオーバーだ。

「他に……、他に策は……」

そう呟きながら、体育倉庫の中を探索する。その時。

――私の、スマートフォンの着信音が鳴った。

「……!」

私は動揺しつつ、スマートフォンの画面を見る。見覚えのない番号。

私は、恐る恐る電話に出た。


『わたし、メリーさん。今、杜坂総合体育館の入り口にいるの』


「……!?」

その言葉に、私は思わず体育倉庫のドアの方を見る。

まさか、そんな馬鹿な事が。だって、まだ1分も経っていないはず。

私は色々考え、ハッとした。

そうだ。ここは――学校の、近く。1分以内で来ようと思えば、来れるのだ。

『そこに、いるのね?』

それだけ言い残して切れた電話の声が、頭の中にまで響いてくる。

まずい。まずいまずいまずい。このままでは、私は。

「……いや」

私はもう、何をしても無駄だ。ただでさえ行動が遅い私が、逃げ切れるわけがなかったんだ。まして、あの『メリーさん』に。

そう悟って、私は諦めたように体育倉庫を出た。せめて他に隠れられる所をと周囲を見回してみたが、程なくして、無情にも再び電話が鳴る。見覚えのない番号だ。

私は諦めたようにそっと電話に出た。


『わたし、メリーさん。今、あ な た の 後 ろ に い る の』


その電話を自ら切り、振り向く。

そこには、確かに『メリーさん』の姿があった。しかも、大きな黒い鎌を抱えて。

その後ろから、彼の姿が見えた。彼は首を傾げて「あれー?」と口を開いた。

「もう『鬼ごっこ』終わりなのー? もうちょっと続くと思ったんだけどなー。つまんないのー」

そう不満を漏らしていた彼だが、その後「まあいっか」とあの無邪気な笑顔に戻った。

「ルールはルールだもんね。残念だけど君の負けって事で。……もういいよ、『メリーさん』」

最後の一言が合図だったのだろうか。『メリーさん』は私に向かって鎌を振り上げた。

――ごめんね、博君、麻里亜さん。私は、駄目だったみたい。

私は、諦めたようにそっと目を閉じた。――が。

――ガキン!

自分の身が切れたような音とは違う、金属音のような何かが聞こえた。

私が恐る恐る目を開けると、目の前には、見覚えのない女性が2人立っていた。片方は金属バットのようなものを持っている。

私が戸惑っていると、金属バットを持った短髪の女性が「やれやれ」と口を開いた。

「ようやく私達の出番が来たようだね。……ねえ、『由乃』?」

すると、『由乃』と呼ばれたもう片方の女性が、私の方を振り向いた。

「……怪我、ない?」

「えっ、あ、ええ、なんとか……」

未だ何が起こっているのかわからないまま私がそう返すと、彼女は「……そう」とだけ返し、再び彼の方を向いた。私も彼の方を向くと、彼もまた何が起こっているのか分かっていないらしく、困惑していた。

「……お姉さん達、一体何?」

彼がそう聞くと、金属バットを持った女性の方が答えた。

「私は『遠藤菜月えんどうなつき』。通りすがりのバーテンダー、兼、探偵助手さ。で、こっちは通りすがりの探偵さん」

『遠藤菜月』と名乗る女性の紹介の後、今度はもう片方の女性が答えた。

「……『柳崎由乃りゅうざきゆの』。……通りすがりの、というのは誤り。……頼まれて、来た」

「『頼まれた』……?」

私がそう聞くと、『柳崎由乃』と名乗る女性が、総合体育館の入り口を指差した。私が入り口の方を見ると、徐々に足音が聞こえてくるのが分かった。そして、最初はぼんやりとしか見えていなかった姿が徐々に鮮明になっていく。

「……!!」

その姿を見た瞬間、私はハッとした。

――その正体は山下先生と、山下先生に背負われてきた『お父さん』だった。

山下先生は私の姿にすぐ気づいたらしく、そのまま走って近づいてきて、その場にお父さんを降ろした。

「小梅ちゃん無事!? 怪我は!? 大丈夫なの!?」

「ええ、無事、ですー……」

山下先生からの問いに私がそう返すと、山下先生は「良かった……」とホッとした様子で言った。

だが、私はハッとして『メリーさん』の方を向く。彼が再び口を開いた。

「お姉さん達、そこのお嬢さんの仲間なの?」

「まあ、そんなところさ」

彼からの質問に菜月さんがそう返すと、彼は「へえー」と返した。

「じゃあ、先にお姉さん達からやっちゃおっか。どうせ、あのお嬢さんに近づかせる心算はないんでしょ?」

「ほう、察しが良いじゃないか。その通りだよ。ねえ由乃?」

菜月さんがそう由乃さんに話しかけると、由乃さんは一つ頷いた。

「……菜月。囮」

続けて由乃さんがそう言うと、菜月さんは少し呆れた声で「了解」と返した。

続けて、彼が口を開く。

「何したってどうせ無駄だよ。……行って、『メリーさん』」

その言葉を合図に、『メリーさん』は勢いよく菜月さんに襲い掛かった。

ガキン、と再び金属音が鳴る。先程の金属音は、菜月さんの金属バットと『メリーさん』の大鎌が激しくぶつかった音だったらしい。

……すごい。私は素直にそう思った。あの『メリーさん』を相手に、互角に戦っている。何か特別な訓練でも受けているのだろうか?

ふと、由乃さんの方を見る。由乃さんは何やら持っていたバッグの中を漁っている。彼女は何をしようとしているのだろう?

そんな事を考えている間に、由乃さんはバッグの中から何かを取り出した。よく見ると、それは弓矢だった。由乃さんは弓に矢をセットし、尚も戦闘を続けている菜月さんに何やら合図を送った。その合図を確認したのか、菜月さんは由乃さんを隠すように、由乃さんの前に立った。

当然、『メリーさん』はそちらの方に襲い掛かる。

……が、暫くして、彼が何かに気づいたのか、慌てて叫んだ。

「駄目!! 止まって『メリーさん』!!!!」

だが、その時には既に遅かった。菜月さんはギリギリまで『メリーさん』を引きつけた後、その場にしゃがんだ。その後ろには、弓矢を構えた由乃さんが立っていた。

「……終わり」

由乃さんはそう呟き、矢から手を離す。

その矢は勢いよく『メリーさん』の方に飛んでいく。そして。

――バリィーン!!

勢いよく、『メリーさん』が『壊れる』音がした。破片になってしまった『メリーさん』を見ながら、『メリーさん』の主であった彼が言葉を失っている。

暫くして、彼は膝から崩れ落ちた。

「そんな……、僕の、僕の『メリーさん』が……、たった一人の、『お友達』が……」

その様子をみた山下先生が、呆れたように「あのねえ」と口を開きながら、彼に近づいた。

「そんな大切な『お友達』を、どうして『人を殺す為の道具』として扱おうとしたのよ。あんたがそんな事しなければ、こんな事にはならなかったの。違う?」

山下先生の言葉に、彼は暫く黙り込んだ後、「……違わない」と返した。

「……でも! 仕方なかったんだよ! そうしないと、童子切先生に怒られちゃうから! 童子切先生に見捨てられちゃうから! あの人は! ……そういう、人だから」

「……その『童子切先生』って、君とはどういう関係なんだい?」

菜月さんがそう聞くと、彼はまた暫く黙りこんで、口を開いた。

「……童子切先生はね。身寄りのない子ども達の面倒を見ている人なの。僕も、その童子切先生に育てられた一人。本当はとっても優しい人なんだと思う。……けどね、最近の童子切先生、おかしいんだ」

「おかしい?」

由乃さんがそう聞くと、彼は「うん」と返事をした。

「なんだか、怖い雰囲気になったというか、怪しい事に手を出し始めた、っていうか。詳しい事はよくわかんないんだけど、なんだか、そのうち見捨てられそうな気がしちゃって。そんな中、今回の祠の件でしょ? だから僕、頑張って童子切先生の役に立とうって。……今考えたら、間違ってるんだよね、やっぱり」

彼のその言葉に、私はハッとした。

そうだ。この子はきっと、本当は良い子なんだ。ただ、全部童子切先生の為にやった事。ただ、それだけなんだ。

酷く落ち込んでいる様子の彼を見て、私は、なんて声をかければいいのか思いつかなかった。

暫くして、私はハッとした。そうだ、そういえば。

私はお父さんの方を見る。お父さんは、さっきからずっと黙ったままだ。

「……あの、怒ってます、よね?」

私がそう聞くと、お父さんは一つため息を吐いて、漸く口を開いた。

「……ええ、怒ってます。物凄く。心配したんですよ?」

「はい……。ごめんなさい、お父さん……」

私がそう返すと、お父さんは「とはいえ」と再び口を開いた。

「ここに来るまでに佐藤先輩や丑満時先輩ともやりとりしていたので、事情は大方把握しました。あわせて、先程の彼の話が本当だとしたら、おそらくもう時間がありません。一度、祠のある裏山に戻りましょう。もしかしたら、そこにその『童子切先生』もいるかもしれません。……お説教は、全部終わったその後です」

「車ならいつでも出すわよ! ……あっ、勿論あんたにも一緒に来て貰うわ。色々まだ足りない情報もあるし」

山下先生がそう言うと、彼は一つ頷いた。


――おそらく、いよいよ最終決戦になる。お父さんがやりとりをしていたくらいだから、少なくとも佐藤先生や真梨恵さんは、まだ無事だ。

私は、決意を新たにしながら、山下先生の車に乗り込んだ。



【最終話 後編へ続く】

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