最終話 中編①(視点:丑満時真梨恵)
「……で、なんで一緒に行動してるんだろうね私達」
隣に立っている霊界堂先生の姿を見ながら、私は一つ溜息を吐いた。
そんな私の様子を見ながら、霊界堂先生は「せやなあ、何でやろなあ」とクスクス笑っている。
佐藤君達と別れた私は、とりあえず一旦裏山から降り校舎の周りを一周してみようと考えた。『猫叉』は私の式神として行動する事になり、私の肩に乗っている。と、そこまではいいんだけど、まさか霊界堂先生と考えが被るとは思っておらず、結局霊界堂先生も、その式神として行動する事になった『蛇神様』もついてくる形になった。
「本当は私達もバラバラに行動した方が良いっちゃ良いんだけどニャー?」
『猫叉』はそう言いながら、首を傾げた。その言葉に「仕方あるまい」と返したのは『蛇神様』だった。
「たまたま丑満時と霊界堂の考えが被ったのだ。それに、2人で行動する事で利点もある。……確かに、欠点もあるが」
『蛇神様』の言葉に、今度は霊界堂先生が「せやなあ」と返事をした。
「確かにええ所はあると思うんやけど……1つ気がかりなんは、相手はんの事や。もし1人で襲い掛かってきはったら、相手はんが不利になるんとちゃう?」
「そうだよー。2対1なんてそんな勝負したくないよ私ー」
霊界堂先生の言葉に続けて、同意するように私がそういうと。
「その心配はいらないですよー! だってこっちも2人だし!」
私達の背後から、そんな元気な声が聞こえてきた。その声に驚いて振り向く。
――そこには2人の男性が立っていた。2人ともお揃いのブレザーを着ている。何処かの制服だろうか?
1人は少しだけ着崩しており、ネクタイがない。もう1人はブレザーをきっちり着ており、眼鏡をかけていて真面目な印象を受ける。
私が思わず戦闘態勢に入ると、眼鏡をかけている方の男性が「おや」と口を開いた。
「挨拶も無しで戦闘態勢に入るとは……。少し礼儀がなってないんじゃないですか?」
「……あんたら何者どす? ……学校の裏山にある祠を壊した犯人とちゃうん?」
霊界堂先生がそう聞くと、今度は制服を着崩している方の男性が人懐っこそうな笑顔で言った。
「そうなんですけどー、僕ら別に見てただけですし! 実行したのはまた別の人! ……あっ、そういや自己紹介まだでしたね! 僕、『大典太鎌』です! こっちは僕の先輩です!」
『大典太鎌』と名乗る男性がそう自己紹介すると、『先輩』だと紹介された男性が溜息を吐いて再び口を開いた。
「貴方敵に対してもそういう感じなんですね……。まあいいでしょう。……『数珠丸李達』です。俺等はある方に頼まれて、貴方方を始末するよう言われました」
「始末だと……?」
『蛇神様』がそう聞き返すと、大典太君が「そうですよー!」と返事をした。
「なんで、皆さんにはここで『消えて』貰う事になるんですけど……良いですよね!」
「何言ってるの! 良くないに決まってるでしょそんなの!」
大典太君の言葉に私がそう返すと、今度は数珠丸さんの方が一つ溜息を吐いてから口を開いた。
「……なら、仕方ありませんね。……大典太」
「りょーかいでーす!」
大典太君がそう返事をすると、2人はそれぞれ御札のようなものを投げると、2人同時に指を鳴らした。
――すると、いきなり私達の周りだけ強い風が吹いた。
「!?」
その風に思わず顔をしかめ、腕で身を守る。風が収まると、私達は周囲を見渡した。
そして、私は霊界堂先生の方を見て、目を見開いた。
「え、ねえ、霊界堂先生? ……左頬の傷、いつついたの?」
霊界堂先生は「え?」と返して左頬に触れ、自らの手を見た。その手には血がついており、左頬の傷からはまだ血が少し垂れ落ちようとしている。
霊界堂先生は少し考えた後、「成程」と再び口を開いた。
「丑満時はん。……彼ら、ちーとやっかいやで?」
「え? どういう事?」
霊界堂先生の言葉に私がそう返すと、霊界堂先生は大典太君達の方を指差した。同じ方向を私が向くと、そこには2匹のイタチのような動物がこちらを見て威嚇している。
霊界堂先生は、大典太君達の方を見ながら聞いた。
「……それ、『鎌鼬』やろ? 1匹足らへんけど」
『鎌鼬』。聞いた事はある。確かつむじ風に乗って現われて人を切りつける妖怪だ。だけど、もしそれに切られたのなら傷口から血は出ないはずだけど。
霊界堂先生の質問に、大典太君が「ご名答ー!」と答えた。
「まあ、本当はもう1匹、傷口に薬をつける子がいるんですけど、今回その必要ないですから! だって始末しにきたんだし」
「ええ。なのでその子には少しの間『お留守番』してもらってます」
「『お留守番』? ……『閉じ込めている』の間違いではないのか?」
『蛇神様』がそう聞くと、数珠丸君は少し間をおいて「……そうとも言いますね」と返した。
そんな会話の間も、2匹しかいない『鎌鼬』はこちらを威嚇したまま動かない。私達も大典太君達の方をじっと見たまま動かずにいると、『蛇神様』がいきなり「フン」と鼻で笑った。
「……何が可笑しいんです?」
数珠丸君がそう聞くと、『蛇神様』はゆっくり前へ進みながら言った。
「……我々に挑もうとするお主等の勇気だけは評価してやろう。……だが、この我を何だと思うておるのだ」
まるで何処かの悪役のようなセリフだ。そんな事を考えながら彼らの方を見る。……と。
「……えっ!?」
私は思わず驚きの声をあげた。
――先程まで私達を威嚇していたあの『鎌鼬』が、どう見ても怯んでいるのだ。
『蛇神様』が少しずつ彼らに近づくにつれ、『鎌鼬』は2匹とも少しずつ後ずさっていく。私も霊界堂先生も驚きを隠せずにいた。だがそれは向こうも同じなようで、大典太君が動揺しながら『鎌鼬』に言った。
「な、何怯んでるんだよ!? あんな蛇如きに……!」
「『あんな蛇如き』ねえ?」
いつの間にか『蛇神様』の頭の上に乗っていた『猫叉』が、そう返す。
「君達知らないのかニャ? この蛇は唯の蛇じゃないのニャ。この蛇はこの学校を守って来た、いわば『守り神』。むしろそんな『鎌鼬』2匹如きで勝てると思う方がおかしいのニャ。ただの『妖怪』が、『神』に勝てるわけないのにニャア」
『猫叉』の言葉に、私はハッとした。
そうだ。はじめからこの戦いに意味なんてない。『蛇神様』が強大な妖力を持っている事は身をもって知っている。そうでなければ、数十年前のあんな事件なんて起こるはずがないのだ。そう、そんな『蛇神様』に、『鎌鼬』が勝てるはずがない。体の大きさ的にも、妖力的にも。
『蛇神様』が、ニヤリと笑ったように見えた。
「相手が悪かったな、小僧共」
『蛇神様』がそう口を開いた、その直後だった。
「黙れ!!!!」
これまで穏やかな口調で話していた数珠丸君がいきなり声をあげた。その後。
「……!?」
『鎌鼬』の内の1匹が、『蛇神様』にいきなり襲い掛かって来た。それも、私達には見えない速さで。
よく見ると、『蛇神様』の体に無数の傷がつけられていくのが分かった。その度に、『蛇神様』が苦しそうな声をあげる。
「『蛇神様』!!」
私はそう叫ぶが、『蛇神様』には届いていないらしい。続けて口を開いたのは、意外にも数珠丸君の隣にいた大典太君だった。
「じゅ、数珠丸先輩! それ以上やるとまた……!」
「うるさい! こいつら全員始末しないと童子切先生に見捨てられてしまう! 今度こそ、本当に……!」
数珠丸君の言葉の中に、引っかかる一文があった。
『童子切先生に見捨てられる』? 一体どういう事だろう? 童子切先生って、誰なんだろうか?
そんな事を考えている間も、『蛇神様』は痛めつけられている。数珠丸君は続けた。
「つべこべ言わずにさっさとやられればいいんですよ! 『神』? それが何ですか! 俺にとっての『神』は童子切先生ただ一人!! 貴方の力なんか童子切先生の足元にもおよば……っ!!」
その直後だった。いきなり数珠丸君が自らの口を手でおさえ、咳き込み始めた。それと同時に『鎌鼬』による攻撃も止まる。私達は暫く数珠丸君達の様子を見ていたが、その後目を見開いた。
――数珠丸君は、『吐血』していた。
数珠丸君がそのままその場にしゃがみこむと、大典太君が同じくしゃがんで彼の背中をさすった。
「これは……どういう事だ?」
『蛇神様』がそう聞くと、少し間があいて大典太君が話し始めた。
「……数珠丸先輩、重い病気でずっと入院していたんです。最初は両親がお見舞いに来てたらしいんですけど、その両親もいつの間にか亡くなっていたらしくて。それで、ずっと病院で一人だったみたいです。友達もいなくて。で、たまたま僕が足の骨を折って入院した時、たまたま先輩と同じ病室になったんです。その時に色々話していく内に、仲良くなって。僕、退院した後も先輩のお見舞いには毎日行っていたんです。その内数珠丸先輩の容体も安定して退院したんです。でも先輩、帰る家がないって僕に相談してきたんです」
「……それで、そやつの言っていた童子切という者の所へ招待した、と」
「はい。僕は元々、両親に見捨てられて童子切先生のやってる施設に入ってたので、そこに先輩も連れて行ったんです。それまで、先輩何度か入退院を繰り返してたらしいんですけど、施設に入ってからは、再入院することが全くなくなったんです」
「成程、だからその……童子切? ってやつの事を『神』だと思っているわけだニャ?」
「……だと、思います」
大典太君は、少し戸惑いながらそう答えた。その様子を『蛇神様』は見逃さなかったらしく、首を傾げながら聞いた。
「……そのわりに、お主は少し浮かない表情をしておるな?」
その質問に、大典太君は答えなかった。恐らく、答えにくいのだろう。
暫くして、落ち着いたのか数珠丸君が口から手を離し顔をあげた。
「大丈夫ですか?」
大典太君がそう聞きながら自らが持っていたタオルを差し出すと、数珠丸君は「ありがとうございます」と返してから口や手についた血を拭き取った。その後、今度は数珠丸君が話し始めた。
「……童子切先生は、俺にとって『神様』のような方です。だからこそ、見捨てられたくなかった。だから俺は、童子切先生が望むことは全部完璧にこなしてきました。……そんな時、今と似たような戦いが数週間前に起こったんです。当然、俺も戦いました。結果、俺は途中で同じように吐血して任務は失敗。……その時、童子切先生が言ったんです。『次また同じような事が起きたら、俺は容赦なくお前を突き放す』と。……その瞬間、『次やったら見捨てられる』と勘付きました。……この方に見捨てられたら、俺はまた一人になる。折角できた友達がいなくなってしまう。……それが、嫌だったんです、俺は。……大典太は、多分そのやり取りを聞いてたんだと思います。……そうでしょう?」
数珠丸君が大典太君の方を見てそう聞くと、大典太君はゆっくり頷いた。
「その時に、思ったんです。『童子切先生は、本当は悪い人なんじゃないか』って。でも、僕自身も先生に助けられた一人なんで、疑いたくなかったんです。だから、自分の中で無理矢理言い聞かせてました。先生は悪い人じゃない、先生は味方だ、って」
「その結果が、これだ」
大典太君の言葉に、『蛇神様』がそう返した。
「大典太鎌。数珠丸李達。お主等は此れで本当に良いのか? 本当に、お主等は『幸福』なのか? それで、自ら命を落とす事になっても?」
その質問に、2人は答えなかった。――いや、『答えられなかった』の方が正しいか。
しばらく2人の方をじっと見ていると、今まで黙っていた霊界堂先生が2人に近づいて口を開いた。
「大典太はんも、数珠丸はんも、ほんまは『戦いとうなかった』んやない? 人を始末する言うんは、つまり『殺す』んと同じ。……それをほんまは、分かってたんとちゃう?」
その質問にも、2人は答えなかった。だが、暫くして大典太君が再び口を開いた。
「……分かってました。けど、身寄りのなかった僕を今まで育ててくれた人だから、裏切りたくなかったんです」
「せやなあ、その気持ちは痛いほどわかる。せやけど、大切な相手やからこそ、正しい道へ導いてやらなあかん。それが、今あんたらが出来る最大の『恩返し』やない?」
霊界堂先生のその言葉に、2人ともハッとしたように顔をあげた。その様子に、霊界堂先生は微笑み、続けた。
「……ほら、もう分かったやろ? あんたらが、これからせなあかんことが」
その言葉に2人は暫く黙っていたが、暫くして2人とも立ち上がり、その後数珠丸君が口を開いた。
「……俺の予想が正しければ、童子切先生はまだあの裏山にいます。貴方方のお仲間の誰かが裏山に残っていると予想しているんでしょう。……そして」
そこまで話した後、数珠丸君は言うのをためらうような仕草を見せた。ただ、その先の言葉は私でも分かる。裏山には、確か佐藤君と新見君、それに『坂杜様』を待たせてある。私達が助かったところで、向こうが助からなければ何の意味もない。
「……一緒に止めに行こう、その『童子切先生』って人を」
私がそう言うと、2人は何かを決心したかのように頷いた。
【最終話 中編②へ続く】
【作者より】
申し訳ございません。中編が思ったより長くなってしまったので2つに分けさせていただきます。
次は中編②、視点は荒牧小梅となります。




