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最終話 前編(視点:松伏麻里亜)

洋館から出た私達は、一度学校まで向かった。

見たところ、変わった様子はまだなかった。いつもの学校にしか見えない。まだどこも壊されていないという事だろうか。

そう考えていると、新見が口を開いた。

「それにしても、今日が休みで良かったなー。ほら、他の奴等いると色々ややこしくなるし」

新見の言う通りだ。幸い、今日は土曜日で当然学校は休み。ここには私達以外には誰もいない。……はず。

ふと、『坂杜様』が口を開いた。

「1つ確認しておきたい場所がある。まずはそこに向かうぞ」

『坂杜様』のその言葉に、その場にいた全員が頷いた。


向かったのは、学校の裏山だった。

そう言えば、ここの頂上に小さな祠があると噂に聞いた事がある。実際にここに来るのは初めてだから、本当の事は知らないが。

頂上に到着すると、先程までの『坂杜様』の表情が変わり、眉間にしわを寄せていた。

「……くっ。ここは間に合わなかったか」

その言葉に、私が首を傾げながら頂上の大きな木の方を見る。

「……!?」

ふと木の根元を見た私は、驚きを隠せなかった。

――祠らしきものが、『壊されている』。

同じく壊された祠を見たらしき新見が「うわっ」と口を開く。

「ひっでえ……。一体誰がこんなことを……」

「まあ、例の5人の『霊能者』の誰かやろなあ。それしか考えられへんやろ?」

校長先生がそう言うと、『坂杜様』が「うむ」と頷いた。

「この祠は、結界の力を保つ為に作られたものだ。それが壊されたという事は、当然結界の力が急激に弱まる。今杜坂東中に張られている結界は、かなり破られやすいものになっているだろう」

「ハァ!? それやばいやつじゃね!?」

『坂杜様』の言葉に、新見が驚きを隠せない様子でそう返した。

その言葉に「そう」と答えたのは『猫叉』だった。

「だから、結界が破られる前に犯人を見つけだして止めなきゃいけないのニャ。まあ、向こうから出てきてくれれば探す手間が省けて楽なんだけどニャー」

「それかー、相手が5人いるのならー、手分けして探しますー?」

荒牧先輩が首を傾げながらそう聞くと、『蛇神様』が「それも一つの手かもしれぬ」と肯定した。

「我、『猫叉』、『坂杜』はそれぞれ『式神』として動く。……だが、そうなると当然『霊能者』である3名側につかねばならぬ故、『霊能者』ではない松伏・荒牧・佐藤の3名が不利にはなるが」

『蛇神様』がそう言うと、佐藤先生が「そうだな」と口を開いた。

「俺が博と一緒に行動するとしても、相手は5人。麻里亜と小梅が1人ずつで動かないといけなくなるんだけど……」

佐藤先生がそう言うと、荒牧先輩が「心配いりませんよー」と返した。

「『霊能者』とはいえー、人間である事にはー、変わりないでしょうー?」

「……それもそうですね。その人達が連れているであろう『何か』をどうにかできれば、あとは人間側を捕らえるだけです」

荒牧先輩の言葉に続けて私がそう言うと、佐藤先生は不安そうな表情で「……そうか」と返した。

「良いか。くれぐれも無茶はするなよ。危ねえと思ったらすぐ逃げろ」

佐藤先生の言葉に、荒牧先輩も私も頷いた。



「……と、言ったはいいものの」

学校の校門前まで戻って来たところで、私は悩んだ。

本当に犯人と出くわしたところで、私に何が出来るのだろうか? どうやって倒すというのだろうか?

私には何の力もない。新見のように『霊能者』な訳でもなければ、荒牧先輩のように『霊』や『妖怪』と話せなくとも視えるという訳でもない。……『坂杜様』『蛇神様』『猫叉』は例外として。

仮にその敵である『霊能者』が操る『何か』が視えたとして、どうにか対処できるものだろうか?

(やはり、誰かと一緒に行動した方が良かったんじゃないか……?)

そんな事を考えていた、その時だった。


「ああ? んだよ一人しかいねえのかよ」


後ろから聞こえたその声に私が驚いて振り向くと、そこには何処かの学校の制服を着た男子が立っていた。見た目的に高校生くらいだろうか。

彼は頭をかきながら私の方をじっと見てチッと舌打ちした。

「しっかも『霊能者』じゃねえときた。あーあ、つまんねえなあ。ちょっと潰しゃあすぐ終わるじゃねえかよ」

「……先程から何の話をしている?」

彼の言葉に私がそう聞くと、彼は「ああー?」と首を傾げて返した。

「何って……、てめえ俺等の邪魔をしにきたんじゃねえのかよ? 裏山の壊れた祠、見てねえの?」

「壊れた祠? ……まさか、お前が」

『祠を壊した犯人か』と最後まで言い終わる前に、彼は「その『まさか』だよ」と返した。

「まー正確には俺じゃねえんだけどな、共犯者ってとこだ。……つーかてめえ今更気づくとか頭わりいんじゃねえ?」

彼はそう言って、ハアと溜息を吐いた。その後「まあいいや」と続けた。

「俺は鬼丸。『鬼丸源馬おにまるげんま』。わりいけど、俺等の邪魔するなら容赦しねえから」

そう言いながら、鬼丸はポケットから紙の御札のようなものを取り出し、その場に投げた。次の瞬間。

「……!?」

私の目の前に、巨大な『鬼』が現れた。霊感がない私でも視えるというのも驚きだが、何よりこんなやつにどうやって勝つというのだ。

鬼丸は「おーおー」と再び口を開いた。

「びびってんなあ。そうだよなあ。そいつに勝てるわけねえもんなあ、『霊能者』でもなければ霊感があるわけじゃねえてめえが。言ってみりゃ唯の『一般人』だもんなあ、てめえはよお? まあ俺優しいからさ、そいつの姿だけは視えるようにしてやったって訳だ。やっさしいよなあ、俺」

そう言いながら、鬼丸は不気味な笑みを浮かべている。

――勝てない。勝てるわけがない。私は本能で察していた。

自分より何十倍も大きい相手に、どうやって。

(……否)

私は、一度深呼吸をした。あんな強そうな相手でも、きっとどこかに弱点があるはずだ。その弱点をつけば、まだ勝機はある。

「……やれ」

鬼丸が、そう指示をする。次の瞬間、目の前の鬼が片手を大きく振り上げ、私に向かって勢いよく振り下ろした。

「!?」

私が咄嗟に避けると、ドーンという地響きとともに、鬼の大きな片手が勢いよく地面に衝突した。

鬼が手をどけると、そこには大きな手形がついていた。それくらい、奴の力は強いのだろう。

「アッハッハッハ! すげえだろ、そいつの力! 何とか上手く避けたみてえだけど、次は避けらんねえぞ?」

鬼丸が、笑いながらそう言った。

確かに、奴の力は強い。一度攻撃をくらったらひとたまりもないだろう。

――だが、どうやら頭が悪いのは鬼丸の方らしい。

「……そうだな。確かに攻撃をくらってしまえばひとたまりもないな」

私がそういうと、鬼丸は「そうだろそうだろー!」と何処か自慢げな表情を浮かべて言った。

その言葉に、私は不敵な笑みを浮かべて返した。

「だがな鬼丸。……見えたぞ、そいつの弱点」

その言葉に、先程まで明るい表情だった鬼丸の表情が一変し、眉間にしわを寄せて笑わなくなった。

「……おうおう、強がりで言ってんのかあ?」

「強がりではない。私は事実を言ったまでだ。先程お前は私の事を『頭が悪い』と言っていたな。だが、本当に『阿呆』なのは、お前の方だったらしいぞ」

鬼丸の言葉に、私はわざと『阿呆』を強調させるようにそう返した。鬼丸は眉間にしわを寄せたまま歪な笑みを浮かべて言った。

「……言ってくれんじゃねえか。じゃあ教えてくれよ、その弱点ってやつをよお!!」

再び、鬼が勢いよく手を振り上げる。……やはりそうだ。

私は鬼が手を振り下ろす前に勢いよく走り出した。鬼丸は、驚いたような表情を浮かべている。私が鬼の足元をグルグルと走っていると、徐々に鬼丸が苛立ったような表情に変わっていく。

「チッ……。ちょこまかちょこまかうぜえんだよ! ネズミかよ! もしくはゴキブリか!」

何とでも言え。こうして走っていれば、鬼は振り上げた手を振り下ろせずに困るはずだ。……そして。

暫くすると、鬼は振り上げた手を振り下ろす事をやめ、そっと降ろした。

(今だ!)

その隙を見て、私は鬼の足元に置かれていた紙の札を拾い上げる。

「しまっ……!」

鬼丸は慌てて私に走って近づこうとするが、もう遅い。

私は拾い上げた紙の札を持って鬼の足元から遠ざかると、思いっきりその札を破いた。

――ア゛アアアアアアア……

そんな叫びとともに、鬼の姿は徐々に薄くなり、そして消えた。


戦いが終わると、暫く沈黙が続いた。

「……何とか勝てたか」

私がそう呟くと、鬼丸は物凄い形相で私を睨みながら走り寄り、胸ぐらを掴んできた。

「何してくれてんだてめえ!! よくも俺の大事な式神を……!!」

「ああでもしないと勝てないと思ったからな」

「っ……てっめえ……!!」

鬼丸はそう怒鳴りながら片腕を振り上げ私を殴ろうとした。だが、その後一瞬だけ動きを止め、すぐに殴るのをやめて私を解放した。その後鬼丸は私から離れると、いきなり語り出した。

「……あの式神は、童子切先生から頂いた大事な式神だったんだ」

「童子切先生?」

「……あの祠をぶっ壊した実行犯だ。言ったろ、俺は共犯者ってとこだって。童子切先生は、すげえかっけえんだよ。……いや、かっこいいっていうか……綺麗、だな。戦い方も、仕草も、性格も外見も、全部が美しくて。共犯者は俺も含めて4人いんだけど、全員その童子切先生を尊敬してた。っていうかもう、崇拝に近い感じだな。……けど、俺等の誰も分からない事が1個だけあった」

「分からない事、とは?」

私がそう聞き返すと、鬼丸は私の方を振り向いて一言、言った。

「……『理由』だよ。この『杜坂東中学校』をぶっ壊そうとしている『理由』」

「『理由』って……お前達何も聞かされていないのか? 共犯者なのに?」

「ああ、全然。だから俺等は理由も分からないまま戦ってる。多分今頃、俺以外の奴等も誰かと出くわして、戦ってる頃だろうな」

鬼丸はそう言いながら、空を見上げた。

「……さっき、童子切先生の事を崇拝してるっつったな。……実のところ、俺たまに童子切先生の事が信じられなくなんだよ。肝心な事は何も教えてくんねえ。ただ俺等に指示をしてくるだけ。いつもこう、妖しげな笑みを浮かべてさ。それが、ちょっとだけ怖かったりする」

そこまで話すと、鬼丸は再びこちらを向いて、少し困ったような笑みを浮かべた。

「わりいな。てめえにこんな話するつもりなかったんだが」

鬼丸の話に、私は思った。もしかしたら鬼丸も、彼の言う『共犯者』と呼ばれるメンバーも、元々はちゃんとした1人の『人間』だったのだろう。それがきっと、彼の言う『童子切先生』という存在によって、狂わされているだけなのではないだろうか。……そして、少なくとも鬼丸源馬は、まだ。

私は彼に近づいて、言った。

「……その童子切の事を信じきれずにいるなら、お前はまだ間に合う」

「……え?」

鬼丸は、きょとんとした表情で私を見る。私は続けた。

「お前は、その童子切に自らの人生を狂わされてしまった。それだけだ。まだお前に人の心が残っているのなら、まだ間に合う。そいつから離れる事は容易いだろう。そうすれば、お前はすぐにでも更生できるはずだ」

その言葉に、鬼丸は私の顔を見ながら黙っていた。だが暫くして、鬼丸が再び口を開く。

「……俺、今高2なんだけどさ。家ん中でも、小学校でも、中学でも、ちょっと色々あって。それで、俺結構荒れちまったんだよ。高校入っても喧嘩ばっかしてさ。んで、退学寸前ってとこまで行ったところで童子切先生が助けてくれた。だから、俺は童子切先生の事を尊敬するようになったんだよ。……だから、まだ間に合う、更生出来るって言われても……不安で」

そう話す鬼丸の声は、少し震えていた。事情はよく分からないが、確かに鬼丸から聞いた状況下で童子切の事を尊敬しないわけがない。

だが、鬼丸は童子切から離れなければならない。そうしなければ、おそらく彼は救われないだろう。

私は、鬼丸の方をまっすぐ見て、言った。

「……お前に更生しようという意思があるなら、絶対出来る。大丈夫だ」

「お前……、優しいんだな。俺お前を殺そうとしたのに。……けど、ありがとな」

私の言葉に、鬼丸はそう返しながら微笑んだ。その目からは、少しだが涙が溢れていた。



【最終話 中編へ続く】

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