第1話 前編(視点:松伏麻里亜)
「けど実際、どうすれば良いんだろうな?」
新見からの問いに、私は「知らん」と返した。……否、返すしかなかった。
先日、『坂杜様』に「『除霊』と『妖怪退治』を手伝って欲しい」と頼まれた。新見は真っ先に引き受け、新見の事を放って置けなかった私も引き受けたわけだが、実際の所、どうすれば良いのか全く分からない。新見は『霊』や『妖怪』が視えるし話せるだけマシだ。だが私はそう言った類のものを今まで全く見た事がないのだ。……否、『坂杜様』は例外として、だが。
「というか、『霊』や『妖怪』と話せるなら交渉して去ってもらう事は出来ないのか?」
「どうだろうなー? 相手がすんなり去ってくれるような奴だったら良いけど、ほら、『悪霊』とかってさ、話し合いで解決できねえじゃん? それに、『妖怪』はホントに分からねえ」
「……人間の事を憎んでいる『妖怪』なら、簡単に去ってはくれない」
「そういう事」
私の言葉にそう返した新見は、再び「うーん」と首を傾げて唸った。
新見に合わせて私も首を傾げていると、廊下の方から声が聞こえてきた。
「あらー。相当悩んどるようやなー?」
「あ、校長先生!」
声の方を振り向くと、そこにいたのは校長先生だった。
校長先生は私達に軽く手を振って、その後私達に近づきながら言った。
「そない深く考えんでもええよ。行きあたりばったりでも、案外何とかなるもんやで?」
「ですが校長先生、新見はまだしも、私は霊感は皆無に等しいのですが……」
私がそう返すと、校長先生は「フフフ」と微笑んで言った。
「そういう人ほど、ある日突然『ユーレイさん』が視えてまうもんやで」
「……そういうものでしょうか」
「そういうもんやで。……ああ、せや。そんなお二人さんに、早速仕事をしてもらわなあきまへん」
そういうと、校長先生はいつもの穏やかな笑顔のまま、話し始めた。
「二人は、『トイレの花子さん』は聞いた事あるやろ?」
「『トイレの花子さん』って……女子トイレに出てくるっていう、あの?」
「せや。この学校には『トイレの花子さん』が出てきたーいう噂はなかった。……はずやった」
「『はずやった』って事は……つまり」
私がそう言うと、校長先生は一度大きく深呼吸をして一言、言った。
「……『出た』んやて。この学校にも、『花子さん』が」
「待って待って校長先生! それって女子トイレの話だろ!? じゃあ俺無理じゃねえの!?」
「皆帰った後なら平気で入れるやろ? うちが許可したー言えば、みーんな納得してくれるで」
校長先生はそう言って微笑んだ。校長先生、たまにさらっととんでもない事を言うんだな。
「……私と荒牧先輩で女子トイレに入ります。この学校にトイレは一か所だけですし、そこから『花子さん』をおびき出せばいいだけの話でしょう」
「おお! 松伏お前冴えてるじゃん!」
新見のその言葉に、私は溜息を吐くしかなかった。
だが、校長先生は首を傾げながら「それはええけどー」と口を開いた。
「どないやっておびき出すん? 松伏はんは霊感あらへんし、荒牧はんは『視える』だけで、『話せへん』のやで?」
「……あっ」
しまった。そこまで考えていなかった。暫く悩んでいると、急に声が聞こえてきた。
「ならば、私もともに入れば良いだろう」
その声に驚いて振り向くと、そこには銀色の髪に黒い着物を来た人物が立っていた。
一瞬ぽかんとしていたが、校長先生が「あらー」と口を開いた。
「『坂杜様』、ちゃーんと人間に『化けれた』んやねえ?」
「…………『坂杜様』!?」
一瞬の沈黙の後、私と新見が驚いたようにそう叫ぶと、『坂杜様』は「煩いぞ」と冷静に言った。
「ああ、だがそうか。貴様等にはまだ見せた事がなかったな。霊界堂も耳や尾の無い状態は初めてか。……だが昔より多少『ばーじょんあっぷ』はしておるのだぞ」
そう言って『坂杜様』は後ろを向いた。髪を一つ結びにしている。……それは分かるのだが、正直、何処が『バージョンアップ』したのか分からない。
そう思っていると、そんな私の考えを察したのか、「まあ松伏や新見には分からないか」と笑った。
「さて、話を戻すが、私は一応『性別不詳』であるからな。男子といれも女子といれも両方入れるようにはなっている。その私が、松伏や荒牧と共に女子といれに入り、『花子さん』をおびき出す。それで良いだろう?」
『坂杜様』がそう言うと、校長先生は「その手があったなあー」と感心して言った。
だがその後、新見が「というか」と首を傾げながら言った。
「そもそも校長先生が一緒に入ればいいだけの話じゃないッスか?」
「そうしたいのは山々なんやけどなー、校長先生は色々忙しいんよ」
新見からの問いに、校長先生は何時もの穏やかな笑顔でそう答えた。まあ、無理もないだろう。
私は荒牧先輩にも『トイレの花子さん』の件を連絡しながら、その後もその場にいたメンバーの話を聞いていた。
――その日の放課後。
トイレの入り口で私と新見が待っていると、『坂杜様』と荒牧先輩が現れた。『坂杜様』は姿を怪しまれない為か、人間の姿でやってきた。
「遅れてすみませんー」
荒牧先輩がそう謝ると、新見が「大丈夫ッスよ!」と返した。
「先輩体育の授業だったんスよね。着替えとかあったんでしょ?」
「そうなんですよー。私ー、いつも着替えるのが遅くてー」
荒牧先輩は、少し困ったような表情でそう言った。
荒牧先輩は、いつも行動がゆったりしている。それは校内の誰でも知っている事だ。その為か、校内では誰もそれを責める者がいない。
ふと気が付くと、いつの間にか『坂杜様』が女子トイレの入り口の前に立っていた。……荒牧先輩と違って、遅れてきた事に謝りもしないらしい。まあ、そこが『坂杜様』らしさ、なのだろう。
「先程霊界堂に詳しい話を聞いてきた。『花子さん』とやらは、どうやら入り口から見て右側、3つ目の個室に現れるらしい」
「あっ、もしかして『坂杜様』、それで少し遅くなったとか?」
新見がそう聞くと、『坂杜様』は「そんな事はどうでも良いであろう」と冷静な顔で言った。確かにそうなのだが。
「荒牧、松伏、行くぞ」
「はいー」
『坂杜様』が動き出した後、荒牧先輩が『坂杜様』の後ろをついていった。
私は一つため息を吐いてから、新見にここで待っているよう指示し、荒牧先輩の後ろをついていった。
放課後、しかも電気のついていない女子トイレは、どこか恐怖を感じさせる。
そんな中、『花子さん』が出るという個室の前で立ち止まると、『坂杜様』が「ふむ」と口を開いた。
「確かに、嫌な気配がするな……。荒牧も感じるか?」
「はいー。入り口に立った時から何故か寒気を感じたのですがー、ここに来ると特に感じますー」
「……そうか」
『坂杜様』はそういうと、個室のドアノブに手をかけ、ドアを開けた。
私から見ると、ただのトイレにしか見えない。だが、荒牧先輩や『坂杜様』の表情を見ると、やはりそこに何かが『居る』と言う事なのだろう。
私は荒牧先輩に声をかけた。
「あの、荒牧先輩。何か、いるんですか?」
すると、荒牧先輩は私の方を向いて、言った。
「……女の子です。しかも、幼い女の子」
「幼い……女の子?」
私がそう聞き返すと、荒牧先輩はゆっくり頷いた。
その間も、『坂杜様』は、そこにいるであろう女の子と何かを話しているようだった。
私と荒牧先輩が黙ってじっと見ていると、『坂杜様』が私達の方を向いて言った。
「行くぞ。『花子さん』、新見と話をしてくれるそうだ」
そう言って『坂杜様』が動き出すと、少し離れて荒牧先輩が歩き出した。私は、その後ろをついていった。
トイレから出ると、新見がこちらを向いた。新見は『坂杜様』の後ろに居るであろう女の子が視えたのか、口を開いた。
「その子が、『花子さん』?」
「ああ。悪いが後は頼む」
『坂杜様』は、そういうとその場を離れた。
その後、新見はその場にしゃがむと、何やら話し始めた。どうやらこの学校に居る理由や、女の子自身の事を質問しているのだろう。何と答えているのか、私には分からないが。
「……荒牧先輩。今新見と話をしている女の子って、どんな子なんですか?」
なんとなく暇で、私は荒牧先輩にそう質問した。
荒牧先輩は真面目な表情で、しかしいつものあのゆったりした話し方で答えた。
「俗にいう『おかっぱ頭』の女の子ですー。……というよりはー、世間で有名なあの『花子さん』のイメージそのまんま、と言った方が良いでしょうかー」
荒牧先輩の言う『花子さん』のイメージといえば、赤い吊りスカートに、黒髪のおかっぱ頭、小学生くらいの女の子、といったところか。
「そんな子がどうしてこの学校に? ここ中学校ですよね?」
「それはー私にも分かりませんー。ただー、昔この学校の近くにー、何かの研究施設があったと聞いた事がありますー。そこではー、小学生くらいの小さい子達がー、何かの研究の犠牲になっていたとー」
研究の犠牲。もしかして『花子さん』も、その研究に関係していたのだろうか? ……もしくは、犠牲になって。
そんな事を考えていると、新見が立ち上がって言った。
「……荒牧先輩、松伏。ちょっとついてきてくれません?」
「どこにいくんですかー?」
新見の言葉に荒牧先輩がそう聞くと、新見は真面目な表情で答えた。
「……返してあげるんです。『花子さん』の――『体』」
新見の後をついていくと、新見はある場所で立ち止まった。
そこにあったのは、お墓だった。見るとそのお墓には『杜坂東研究所で犠牲となった子等 此処に眠る』と文字が彫られていた。やはり、『花子さん』は過去の研究で犠牲となってしまった子どもの一人だったらしい。
新見は、たくさん書かれた名前を、何かを探すようにじっくり見た。その後、「あっ」と指差して言った。
「あった。あったぞ、お前の名前」
その言葉に私も荒牧先輩も近づいてよく見ると、そこには『園田 花子』という名前があった。恐らくそれが、『花子さん』の本名なのだろう。
ということは、このお墓の下に、『花子さん』の体が埋まっているという事になる。
暫くして、荒牧先輩がお墓の後ろに何か気配を感じたのか、じっと見て、そして何処か恐怖を感じたように険しい表情になった。
「荒牧先輩? どうかしたんですか?」
私がそう聞くと、荒牧先輩はいつものゆったりした口調からはあり得ない声を出した。
「博君! 花子さん!! 逃げて!!!!」
その声に新見は荒牧先輩と同じ方を見ると、急に『花子さん』の手を掴んだ仕草をし、その後私の手も掴んで走り出した。
後ろから荒牧先輩も走ってついてきているようだ。
「新見、一体何があった!?」
私が新見にそう聞くと、新見は走りながら言った。
「逃げねえと……! 逃げねえと、『花子さん』が……化け物に飲み込まれる……!!」
【第1話 後編へ続く】