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第4話 中編(視点:荒牧小梅)

「んー……なんでしょうー……」

学校から帰ってきて早々、私はそう呟いた。

その呟きが聞こえたのか、お父さんが首を傾げる。

「小梅? どうかしたんですか?」

「ああ、いえー。ちょっと考え事というかー、……何やらー、嫌な予感がしてー」

「嫌な予感、ですか?」

お父さんのその問いに、私は「はいー」と返事をした。

何か、良くない事が起こる気がする。否、既に起こっているような気もする。

例えば、私の身近にいる誰かが突然いなくなってしまうような、そんな気がするのだ。

……ただの気の所為だと良いのだけど。

そんな事を考えていると、私のスマートフォンが鳴り始めた。画面を見ると、校長先生からの着信だった。

……何か悪い事でもしてしまったのだろうか。不安に思いながら、私は電話に出た。

「もしもしー? どうかしましたかー?」

『あっ荒牧はん!? 下校中、新見はんと松伏はん、佐藤先生にあわへんかった!?』

珍しく慌てたような口調で、校長先生はそう聞いてきた。

博君と、麻里亜さんと、佐藤先生?

私は記憶を辿って確認すると、校長先生からの問いに返した。

「……いえー、会いませんでしたがー?」

呑気にいつもの口調で返したが、その後聞こえてきた言葉に、私は目を見開いた。

『さっき新見はんのおとうはんから連絡があったんやけど、新見はん……まだ帰ってきてへんらしくて……!』

「え……?」

――博君が、家に帰っていない?

自分の心臓の音が、耳に伝わってくる。私の嫌な予感は、当たってしまったのだ。

そしてそれは恐らく、帰り道がほぼ同じな麻里亜さんも家にまだ帰っていない事を意味していた。

……じゃあ佐藤先生は? 何故名前があがった?

『荒牧はん、悪いんやけど今から出て来れへん!? 学校の校門前でええから!』

「はいー、わかりましたー」

校長先生の言葉に、私はそう返した。

とりあえず、詳しい話はあとで聞こう。今は一刻も早く行動した方が良い。

「どうかしたんですか?」

お父さんが、不安げな表情を浮かべてそう聞いてきた。

私は、お父さんに心配をかけないように「ちょっとー、友達に呼ばれたのでー、学校まで行ってきますー」と返し、そのまま家を出た。



校門前まで行くと、既に校長先生が待っていた。その両隣には転校生の雅竜君と操さんもおり、こちらを見た雅竜君が「来たか」と口を開いた。

「博君が帰っていないってー、どういう事ですかー?」

私はすぐに駆け寄って、校長先生の方を見て聞いた。校長先生は不安げな表情で答えた。

「実は、新見はんと松伏はんが通っとる通学路で不審者の目撃情報があったんよ。それで、一応佐藤先生に一緒に帰ってもろうとったんやけど……」

「その下校途中で何かあったらしくて、3人とも行方不明ってわけ」

校長先生の発言の途中で、操さんがそう言った。

――3人とも、行方不明。

その言葉が衝撃すぎて、私は言葉を失った。

もしも、もしもその3人を見つけた時には既に――『死んでいたら』。そんな不安が頭をよぎる。

そんな時、操さんが「ていうか」と口を開いた。

「もう誰が3人を襲ったかは検討ついてるんだよ」

「……え?」

――犯人の検討は、ついている?

その言葉に私が困惑していると、続けて操さんが雅竜君の方を見て言った。

「ねえ。もう小梅にも話していいんじゃない? 『数十年前に起きた事』。それから、『私達の正体』」

――『数十年前』? 『正体』?

ますます意味が分からない。どういう事? 数十年前に何が起きた? 雅竜君も操さんも――『人間ではない』と言う事?

私が混乱したままでいると、雅竜君が一つため息を吐いてから口を開いた。

「……そうだな。今回の件に関してはその方が都合が良い。それに、お主も何も知らぬままではいたくないであろう?」

雅竜君のその言葉に、私はハッとした。

そうだ。今回は博君と麻里亜さん、佐藤先生の命に関わる事。だとしたら、何も知らないままでいたくない。3人とも、私にとっては失いたくない大切な人なのだから。

「……私、知りたいですー。その所為で、3人は囚われてしまったのでしょうー?」

私が決心したようにそう答えると、雅竜君が「うむ」と頷いた。

「だが、我等の正体に関しては、直接お主に見てもらった方が良いだろう」

「怖がったりしないでね? 意外と傷つくからさ」

「……どの口がいうか」

操さんの言葉に雅竜君がそうツッコむと、操さんは「へへっ」とお茶目な笑みを浮かべながら笑った。

「……荒牧小梅よ。数十年前の事を知りたいのであれば、これより見せる我等の姿から――目を背けるな」

雅竜君がそう言った後、私はゆっくり頷いた。

その後雅竜君と操さんが目を閉じた、その瞬間だった。

「……!?」

いきなり目の前で煙が起こり、私は思わず顔を背けた。

煙が全て消えた後、先程まで雅竜君と操さんが立っていたところを再び見る、と。

「……えっ!?」

――そこに2人の姿はなく、代わりに、頭が3つある大蛇と、尻尾が2つに分かれている1匹の猫がいた。

その威圧感から目を逸らせずにいると、大蛇の真ん中の頭が口を開いた。

「……これが、我等の本来の姿だ。我は、此処では『蛇神様』と呼ばれている」

「蛇神……様?」

私が聞き返すと、今度は猫が「そっ」と返事をした。

「で、私は『猫叉』にゃ。まあ、人間の姿の時に苗字でそのまま使ってるから違和感はないでしょ?」

「違和感の問題でもないと思うわあ」

『猫叉』の言葉に校長先生がそうツッコむと、『猫叉』は一つ咳払いをした。

「さて。数十年前に何が起こったかは歩きながら話そうかにゃ。早く行かないと手遅れになってしまうからにゃー」

そう言いながら、『猫叉』は『蛇神様』の背に乗った。自分で歩く気はないらしい。

『蛇神様』はそんな『猫叉』の様子を見ながら一つため息を吐くと、「……行くぞ」と言い動き出した。

そんな『蛇神様』を追うように、校長先生も私も歩き始めた。


――道中、『蛇神様』が数十年前の事を話し始めた。

「数十年前、我は佐藤光輝等の『敵』として現れた。目を覚ました我を鎮めるには『贄』が必要だったのだ。まあ、我にとっては唯の『食事』でしかないのだが。本来ならこやつが連れてきた佐藤光輝を『贄』とするはずだったのだが、案の定あやつの仲間が助けに来てな。その中にいたのが――『松伏紀和子』と『新見尾登弥』という人物だ。……この2人の苗字は、お主も聞き覚えがあるだろう」

「『松伏』……『新見』……。……もしかして」

私がそう言うと、校長先生が「せや」と返事をした。

「『蛇神様』には『贄』が必要やった。せやから佐藤先生の代わりに松伏紀和子はんと新見尾登弥先生が『贄』になってしもうたんよ」

「で、その2人の『生まれ変わり』として、『新見博』と『松伏麻里亜』がこの世にいるってわけだにゃ」

校長先生の言葉に『猫叉』がそう付け加えた。

そこまで事情が掴めれば、何故今あの3人が捕らえられているのか大体予想はつく。

大方、松伏紀和子さんと新見尾登弥先生の2人に思い入れのあった人物が、2人を蘇らせるために、博君と麻里亜さんを捕らえて――命を奪おうとしている。そんな所だろう。

そんな私の考えを読み取ったのか、『蛇神様』が続けた。

「……その様子だと、今何が起こっておるのか見当がついておるようだな。其れをしようとしておるのは、元々杜坂東中学校に通っておった――『丑満時真梨恵』という者だ」

「『丑満時真梨恵』……って、あのシンガーソングライターのー!?」

私が驚いたようにそう聞き返すと、校長先生が「せや」と返事をした。

まさか、そんな有名な人が、博君や麻里亜さんの命を奪おうとしているなんて。

確かに、今日の朝『シンガーソングライター Marie 電撃引退』なんてニュースを見た気がしなくもないけれど。

「うちも驚いたわ。まさかうちの学校の生徒が犯罪を犯そうとしてはるなんて思わへんやろ? せやけど、事実やから止めんといかん。捕らわれとる3人の為にも、丑満時はんの為にもや」

そう言いながら、校長先生は両の拳を握った。校長先生の決心は固いようだ。

そう思っていると、『蛇神様』がある建物の前で動きを止めた。

「……どうやら此処のようだ。気配がする」

『蛇神様』のその言葉に、私も校長先生も、『蛇神様』が見ている方と同じ方向を見る。

――立派な洋館だった。だがよく見ると若干廃墟と化している。

本当に、ここにあの4人がいるのだろうか。

そう思いながら私が一歩足を踏み入れようとした、その時だった。

「……!?」

いきなり奥の方から強い風が吹いてきて、私は追い返されるように少し後ろに吹き飛ばされた。

「荒牧はん!?」

すぐに校長先生が駆け寄ってくる。私は「大丈夫ですー」と返事をした。

よく見ると、奥の方に何やら揺らめく影が見える。やがてその正体が分かると、その場にいた全員が驚いた表情を見せた。

「何故……! 何故お主が……!」

『蛇神様』が、何度もそう叫ぶ。


――見覚えのある灰色の毛並みをした、見覚えのある九尾の狐。

その姿はまさに、『坂杜様』だった。


「これより先は通さぬ。我があるじの邪魔をする者は何人たりとも許しはせぬ」

本来私達の味方であるはずの『坂杜様』が、そう言って戦闘態勢に入っている。

恐らく『坂杜様』の言う『主』というのは、丑満時さんの事だ。……だけど何故?

目の前の出来事に混乱していると、校長先生が「なるほどなあ」と口を開いた。

「そういえば、丑満時はんも『霊能者の家系』やったの忘れとったわあ。なるほど、その才能が開花してはったんやねえ。何せ、あの『坂杜様』を従えられるようになったんやから」

そう言いながら、校長先生が『坂杜様』に近づき、着物の下から何かを取り出す準備をした。

「……荒牧はん、『蛇神様』、『猫叉』。ここはうちに任せてくれへん?」

校長先生のその言葉に、私達は更に驚いた。

すぐに『蛇神様』が「お主正気か!?」と返す。

「相手は『坂杜』だぞ!? お主の力でどうこう出来るほど……!」

「おやまあー、心外やわあ『蛇神様』。うちがそこまで弱い思うてはります?」

そう返しながら、校長先生は着物の下から『お札』のようなものを何枚かとりだし、続けた。


「ええからここはうちに任しとき。――『霊能者 霊界堂彩音』をなめんどいてや?」


【第4話 後編へ続く】

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