第3話 後日談(視点:新見朱音)
次の日の夜。私は、何時も麻美ちゃんとお話ししたり遊んだりしたあの病室に入った。
「……まあ、いるわけないよね」
そう呟いて、私は一つため息を吐いた。
……麻美ちゃんは、もういない。天国に逝ってしまったのだ。今度こそ、本当に。
それでも、目を閉じればまた麻美ちゃんの声が聞こえてくるような気がして、私はそっと目を閉じた。……当然ながら、聞こえてくるわけがない。
「……朱音ちゃん?」
ふと、後ろから声が聞こえてきた。その声に驚いて振り向くと、そこにいたのは山下先生だった。
「あ……、なんだ山下先生かあ」
「なんだって何よー。……もしかして麻美ちゃんだと思った? 残念だったわねー」
山下先生は少しからかうような口調でそう言った。が、その後病室に入って来ながら、真面目な表情で話し始めた。
「……あの子ね、貴方と同じ体質だったの。生まれた時から病気しがちだった。だけどたまたま、麻美ちゃんが4歳の時に重い病気にかかってしまったの。あたし、あの子の担当医だったからよく知ってるのよ。……手術は、難しかった。最初はもって1年だと思ってたんだけど、あの子、頑張ったわ。病気が診断されてから2年も生きたのだから。……だけど最期は、ダメだったわね」
山下先生は病室の窓に近づいて、窓の外を見つめる。
「……あの子、この病室から見える景色が好きだって言ってたわ。今は暗くて分かり辛いけど、この病室から丁度中庭が見えて、人々がベンチに座って話してたり、お散歩してたりしてるのを見るのが好きなんですって」
「……そうだったんだ」
「ええ。……あの子自身は、外に出る事ができなかったから」
そう言って、山下先生は切ない表情を浮かべた。
――山下先生の話を聞いていると、麻美ちゃんは本当に自由に日々を過ごせなかったんだなと思う。
私は病状が安定している時は外に出る事も、退院して家族と過ごす事も出来るんだけど、麻美ちゃんはきっと、そうじゃなかった。だから、麻美ちゃんは本当に、寂しかったんだろう。
「……朱音ちゃん」
ふと名前を呼ばれて、私は山下先生の方を見た。
山下先生は、何処か切ないような笑みを浮かべながら、一言、言った。
「……貴方は、長生きしてちょうだいね」
その表情に、その言葉に、何処か重みを感じる。
山下先生は、何を思って言ったんだろう。麻美ちゃんと私を、重ねてみてしまうんだろうか。
私は、山下先生からの言葉に、「はい」と返事するしかなかった。
その翌日。これはその日に山下先生に聞いた話だが、麻美ちゃんは山下先生にとって初めての担当患者だったらしい。
初めての担当患者が亡くなってしまうんだから、ショックは相当大きかっただろう。
「山下先生の所為じゃない」「仕方がなかった」と慰めの言葉を貰ったらしいが、私だったら多分……いや、絶対耐えられない。
そして、山下先生にとって、私が二人目の担当患者。
……それもあって、あんな事を、あんな表情で言ったのだろうか。
……だとしたら。
「……長生きしなきゃ、いけないねえ」
私はそう呟いて、病室の窓から外を見た。私の病室からも見える中庭には、今日も人々が何かを話したり、散歩したり、中庭の花壇を手入れしたりしている。
山下先生と佐藤先生らしき人が何かを話しているのも見えるが、あんまり気にしない事にした。
……現在、午後4時59分。
もうすぐ、お兄ちゃんが来る時間。
【第4話へ続く】