第3話 前編(視点:新見博)
土曜日。今日は学校はお休みで、部活もない日だ。
俺は週に一度訪れる杜坂東病院に向かった。本当は親も来るはずだったのだが、仕事が忙しいとの事で来れないそうだ。無理もない。二人でカフェを経営しているのだから。
母親から「代わりに」と持たされた母の手作りクッキーを持って、俺は受付を済ませてある病室へと向かう。
病院に訪れるといっても、俺自身が体調を崩したとか、何処か怪我をしたとか、そういうものではない。
俺は目的の病室に到着すると、病室のドアをノックしてからドアを開けた。
そこには、一人の少女がベッドの中で上半身だけ起こしていた。
――俺の双子の妹、『新見朱音』だ。
朱音は俺の顔を見ると「あっお兄ちゃん!」と嬉しそうな顔で言った。
「よっ、今日は元気そうだな朱音」
「うん! 今日は体の調子がすっごく良いんだー。……あれ、今日はお兄ちゃん一人?」
「ごめんなあ、俺一人で。父さんも母さんも忙しいらしいんだ」
「そっかー……。残念だけど仕方ないね。だってカフェの経営って大変そうだもん。あたしだったら絶対やりたくないよ!」
そんな朱音の言葉に、俺は「確かにな」と笑いながら返事をした。
「あっそうだ。その代わりにホラ。母さんの手作りクッキー持ってきたぞ」
そう言って、持たされたクッキーを渡すと、朱音は「わーい!」と喜んだ。
――朱音は、小さい頃から体が弱く、体調を崩しやすかった。
その為、この病院への入退院を繰り返しているのだ。また、退院した後でも週に一度は病院に来なくてはならない。薬も毎日飲まなければならないから大変だ。
一通り話しを終え、朱音の主治医とも話しがしたいと思って探していると「博くーん!」と後ろから声が聞こえた。
その声に振り向くと、丁度探していた朱音の主治医、『山下楓真』先生がこちらに手を振りながら向かってきていた。
山下先生は、ちょっとオネエだが手術の腕前は確かだと噂の先生だ。だからこそ、朱音の主治医をしてもらっているんだが。
山下先生は俺の近くまで来ると、「丁度良かったわー!」と笑顔で言った。
「今ちょっと良いかしら? 実は話があって……」
「もしかして、朱音の身体の事っスか?」
「ううん、そうじゃないの。……あの、ここじゃ話しづらいから何処か外に行かない? 丁度あたしもお昼休みだし、ランチ奢るわよー」
まるで台詞の後にハートマークでもつきそうな勢いで、山下先生はそう言った。
俺は「ハ、ハア……」という返事しかできなかった。
少し戸惑いつつ山下先生についていった先は、病院のすぐ目の前にあるオシャレなレストランだった。
「ここのレストラン最近行きつけなのよー」と言いながら、山下先生は手際よく受付をすませて指定された席に歩いていく。俺はその後ろをついていき、山下先生が座った席の前に、山下先生と向かい合う形で座った。
「何が良い? 好きなの頼んでいいのよー! 何ならお子様ランチでも……」
「俺そこまで子どもじゃないッスよ」
「あら、あたしから見れば充分まだまだ子どもよ?」
「……からかうなら帰りますよ」
あまりにからかわれすぎて俺がそういうと、山下先生はクスッと笑って「ごめんごめん」と平謝りした。
だがその後訪れたウェイターさんに、いつの間にか決めていたらしいメニューを頼んでいた。
「で、何にするの?」と山下先生に聞かれ、俺は思わず目についた品を頼んだ。
暫く話していると、頼んだメニューが運ばれてきた。
結局俺はロースかつ定食。山下先生は明太子スパゲティを頼んだらしい。
ウェイターが「ごゆっくりどうぞ」と言ってその場を去ると、山下先生は「……さて」と急に真面目な顔をして言った。
「ねえ、博君。貴方、『除霊出来る』んだったわよね?」
「え? まあ……、元々霊能者の家系に生まれたんで、出来ますけど……」
俺がそう答えると、山下先生は「あのね」と真面目な顔で言った。
「……『除霊』してほしい子がいるの」
「『除霊』してほしい子?」
俺がそう聞くと、山下先生は「ええ」と返事をしてから話し始めた。
「あのね。朱音ちゃんがいる病室のすぐ隣に、誰も使っていないはずの病室があるの。そこはちょっと前まで、重い病気にかかっていた6歳くらいの女の子が入院してたんだけど、その子、数週間前に亡くなったのよ」
「……ってことは、その『除霊』してほしい子って、その子?」
俺がそう聞くと、山下先生は「ええ」と返事をした。
「だって、あたし見たのよ。この目ではっきり、その子の姿を――『昨日』」
「『昨日』?」
「そうよ。昨日あたし夜勤だったから病院の見回りしてたんだけど、朱音ちゃんが、その誰も使っていないはずの病室で誰かと話してたの。誰と話してるのかなーって、気になって覗いたら……」
「その『女の子』がいた、と」
俺がそう言うと、山下先生は「ええ」と頷いた。
その子は病院にずっといるのか? だとしたら、何か未練でもあるのだろうか。
色々と、その子に聞かなきゃいけないことがありそうだ。
「……分かりました。なんとかしてみます」
「本当!? 助かるわー。よろしく頼むわね」
俺が承諾の返事をすると、山下先生は嬉しそうにそう言ってウインクした。
2日後の月曜日。俺が松伏と荒牧先輩にその事を話すと、二人も気になるようで一緒についてきた。――それと。
「……誰から聞いてきたんだよ、『坂杜様』」
学校外の事だからと何も話しをしなかったはずの『坂杜様』も、そこにいた。
『坂杜様』はいつものあの怪しげな表情で答えた。
「荒牧から話を聞いてな。少し気になる事もあったからついてきたのだ」
「あっそ。つか、学校以外のとこにも来れたんだな」
俺がそういうと、『坂杜様』は少しムッとした顔で「私を誰だと思っている」と返した。
その後、その場にいた全員で病院の中に入ると、既に山下先生がそこに待っていた。
山下先生は手を振りながら口を開いた。
「いらっしゃいー。待ってたわよ……って、あら! 久しぶりねー『坂杜様』!」
「久しいな。やはり貴様の事だったか山下」
「あら、その様子だとあたしが医者になるって思ってなかったわね、フフッ」
楽し気に話す二人の様子を見て、俺は山下先生に「あの」と声をかけた。
「山下先生、『坂杜様』の知り合いッスか?」
「あらやだ、話してなかったかしら。あたし卒業生なのよ、杜坂東中の」
「卒業生!?」
俺と松伏と荒牧先輩が驚いたようにそう言うと、山下先生は「そうよー」と笑いながら言った。
「え、ということはもしかして、同じ杜坂東中の卒業生だったっていう佐藤先生とも面識が……?」
松伏がそう聞くと、今度は山下先生が「あら!?」と驚いたように言った。
「佐藤先輩ったら先生になってるの!? あらー知らなかったわ。今度会いに行かなきゃいけないわね」
そんな事を話していると、後ろから「ああっ!?」と聞き覚えのある声が聞こえてきた。
声が聞こえた方を振り向くと、先ほどまで噂となっていた佐藤先生と、一緒にいたらしい校長先生が通りかかった。
山下先生は「あらー噂をすれば!」と二人に駆け寄りながら言った。
「久しぶりねー佐藤先輩! それから霊界堂先生も!」
「久しぶりやなあー。お医者さんになっとったんやなあ山下はん」
「お前が医者になるとかすげー意外だったわ!」
「あら、それを言うならあたしだって、佐藤先輩が先生になってるなんて思わなかったわよ」
その後、3人は暫く色々話していた。その間に入ったのは『坂杜様』だった。
「……思い出話に花を咲かせてる所悪いが、そろそろ行くぞ」
「あっ、ごめんなさーい、そうだったわね」
そう言って、山下先生は病院の中に入り「こっちよ」と手招きした。
俺達は、そんな山下先生の後ろをついていった。
「そういえばー」
目的の場所に行く途中、荒牧先輩が口を開いた。
「佐藤先生とー、校長先生はー、どうして一緒にー?」
荒牧先輩からの質問に、佐藤先生は「あー……」と困ったように返した。
そういえば、校長先生と佐藤先生は校内でもやけに仲が良く、よく一緒にいる所を見かける。
一時期付き合っているなんて噂も流れていたが、佐藤先生が校長先生の教え子と全校生徒が知ってからは、そんなに深く考える事もないだろうと、いつの間にか噂は消えていた。……が。
「……えっ、まさか、付き合ってるって噂は本当、なんですか?」
俺がそう聞くと、二人とも暫く黙り込んだ後、校長先生が「バレてしもうたなあ」と少し照れ笑いで言った。
「他ん生徒には絶対内緒やで?」
「やだ、二人とも付き合ってるのー? ちょっとー早く言いなさいよー!」
「言えるわけねえだろ! 元とはいえ担任と教え子だぞ!?」
「あら、今の時代じゃそんなの定番中の定番よ? 色んな意見はあるだろうけど、あたしは別に良いと思うの。血が繋がってるわけじゃあるまいし」
そう言って、山下先生は微笑んだ。
確かに、教師とその教え子が結婚するとか、付き合ってるとか、そういう噂はたまに聞く。
俺も(別にいいだろそんなの)と思うのだが、どこか、他人事じゃないような気がして。
……というか、別に自分が教師と付き合っていたとかそういうわけじゃないはずなのに、身に覚えがある、気がして。
なんてことを考えていると、山下先生が立ち止まって言った。
「……着いたわ」
山下先生が見てる方を向くと、例の病室の入り口の前だった。だが、入り口は既に開いていて、中から話し声が聞こえてくる。
声は二つ聞こえる。その一つは、俺も聞き慣れた声だった。
「……朱音?」
【第3話 後編へ続く】




