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花胎

作者: サザメ


わたしの指にかかる罪の甘やかなこと

それはまだ青い蕾を暴いたときの

ほんのかすかな蜜のかおり

頑ななガクの内に綻ぶ兆しも見えない花弁

伸びた爪の先で引っかけた

頑固な未熟を一枚一枚剥いでいく

はらはらと落ちて宙に遊ばれるところは

しかし熟れた美しさと裏表なのね

まだ自身の色すら知らない初に

爪をかけるわたしの罪

さらされる核心に手を触れる甘美の味を

けれどやめることなど出来ないの




親指しゃぶるかわいいこ

まぶたの裏の安らぎにあなたはどんな夢を灯すのかしら

母は裸の乳房に豊かな腕にあなたを抱いて

健やかな呼吸にともしながら体を揺すって子守唄をうたいましょう

あらゆるものがあなたを好みますように

あらゆるものがあなたを守りますように

昼をまもる太陽と夜をまもる星月が

あなたに光を注ぎますように

大地をかける風と大地めぐる水が

あなたを豊かに潤しますように

母の祈りを撚って紡いだこの糸が

あなたへ向かうあらゆる善きことをすべて掬って

絹布のおくるみに刺繍を刺します

あなたへ向かうあらゆる悪いことが祈りによって祓われますように

親指しゃぶるかわいいこ

まぶたの裏の安らぎにあなたはどんな夢を灯すのかしら

うまれたての淡い毛をくすぐる金色の光

ふくふくのあまいほっぺのにおい

母は裸の乳房と豊かな腕にあなたを抱いて

健やかないとおしさに任せてこの日の夢に漂いましょう

あらゆるものがあなたを好みますように

あらゆるものがあなたを守りますように




極楽トンボの翅のいろ

新月の夜に覗いた万華鏡

ガラス瓶の底に残ったアルコール

世界のどんなに幽かなものより捉えがたい

わたしの鼻の先にあるこいつに

バサバサ頭を振り乱しても

どうして転げることもなく

ときおりかわいいイタズラをするもんだから

邪険に手で払うことも難しい

さすがに鼻の穴を塞いできたときは

怒って手のひらで叩いてやったが

こいつはうまく逃れたらしく

わたしが痛いばかりで

まぶたのうえで滲んだ涙の玉を掬って笑っていやがった

小憎らしいこいつめを

格好だけ嫌がってバサバサ頭を振り乱す

満月の隣の星の光

葉の裏で休む蝶の翅の朝露

カラスの三本目の足

世界のどんな幽かなものより捉えがたい

わたしの鼻の先にあるかわいいいたずらっ子



愛されてあるべし


数えて12のかわいい娘

姿見のまえでくるりと回って膨らむスカートの裾も得意気に

紅も引かない無垢がはにかむ

なにものにも傷つけられない無敵

あたたかな日和が孕む花のかおりや

雨粒の隙間を縫って駆ける涼やかな風や

寒々と凍る日々にあっても失われない獣の気配や

邪悪やはたまた善良さえもこの無垢を損なえないというのに

ああ只今にも

この娘の無敵が終わりを迎えようとして

鏡面を曇らす無垢の霞が晴れ行こうとしている

たとえば頬の淡いそばかす

たとえば額の小さなニキビ

よく目を凝らせば見えてしまうその終焉を

どうか自覚しないでほしい

数えて12のかわいい娘

あなたはまるでようやく膨らんだ花の蕾

なにものにも傷つけられない無敵の青い花弁が

緩やかにほどけはじめていま

あなたの核心が蜜を抱く

こわがることも知らないこの可憐な娘よ

どうかその花の胎に爪をかける悪戯な罪を許すなよ

数えて12のかわいい娘


いま、ほら、晴れた鏡をみるな。



ーー憐れむべし。


ーーまたは、愛するべし。


ーー花胎の娘の無垢の綻びを。

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