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2-05 Dreamer

「それより。さっきの話だが」

「あ。引き受けてくれるということだね?」

「いや、断る」


 それでもイシュクリミアは否定する。

 少年はさらに話を続ける。


「ええ、何故ですか。お願いします。もしかしてお金の問題ですか?」

「いや、そうじゃない。そうじゃないのよねえ……」


 頭を掻くイシュクリミア。

 躊躇っているのは、理由がある。

 だが、それを初めて出会った少年にぺらぺらと喋る程、彼女の口も軽くない。

 だから、ただ俯くことしか、今の彼女には出来なかった。


「でも……僕はお願いしたいんです。もう、時間が無いから」

「時間が無い。なら、さっさと行けばいい。帰りたいのだろう、安全国へ」

「違う。確かに安全国に行きたいのは間違っていないが……それ以上にやらなくてはいけないことがある。僕が狙われているのはそちらの方が主な原因だ」


 少年はある一枚の紙を取り出した。

 古い紙だった。紙の切れ端にも見えるそれは、少年の手にしっかりと握られていた。


「あなたは、空を支配する敵の正体を知りたくないですか」


 衝撃の発言だった。

 そんなことを突然言われたイシュクリミアは、直ぐに反応することが出来なかった。

 彼の話は続く。


「この国は何か秘密を隠しています。それをあなたは知りたくありませんか?」

「この国が隠している……秘密? この国は何か隠している、ということ?」


 こくり、と少年は頷く。


「この国の秘密を解き明かすため……僕は安全国からやってきました。ですが、それも呆気なく見つかって……気付けば捕まってしまっていた。そして何とか目を盗んでここまで逃げてきたのですが……」

「しかし追いつかれてしまった、と」


 こくり、と少年は頷く。

 イシュクリミアは考える。まだ彼女は少年の証言を半信半疑に考えていたからである。この少年のことをほんとうに信じていいのか? 彼女の中ではそんな考えが渦巻いていた。


「信じられないのは当然かもしれない」


 少年はそんなイシュクリミアの気持ちを汲んだのか、そう言った。


「けれど、信じてほしい。自分勝手かもしれない。エゴイズムかもしれない。けれど、この世界を救うためには仕方のないことだ。この世界を、あの敵でいっぱいにはしたくない。僕たちが暮してきた世界――『地上』を守り抜くために」


 その時だった。

 彼女は何かの気配に気づいた。


「……逃げるわよ。静かに、それでいてスピーディーに」

「どうして?」


 にこりと微笑み、少年は言った。

 落ち着いている様子の少年を苛立ちながら手を引くイシュクリミア。

 そして、彼女は言った。


「目的がどうだか知らないけれど、私もここで死にたくないの。だから、一緒についていくわよ。先ずはこの家から脱出する。さもなくば――」


 そして。

 その言葉を言い切る前に、彼女の家が内側から爆破された。



 ◇◇◇



 少しして、爆発によって焼けた家の中を実況見分という名目で軍人が二人入っていた。もちろん土足で上がっている。ガラスや瓦礫など様々なものが床に落ちているため、靴を脱いでしまえば足を怪我してしまうからだ。


「本当に死んでしまったのかねえ? こんなボロボロになっちまえば、人の身体なんて残っていないんじゃないか?」

「果たしてどうかな。唇に脂がつく。これは人間が焼けたときの特徴だ。……アイジス軍と戦った時、嫌と言う程に経験したからね」


 アイジスはこの国の北東に位置する帝国の名前である。この土地が肥沃なためか、アイジス帝国はこの国の土地を少しでも奪おうと戦争を起こすのである。空がこのようになってしまった現状、そうせざるを得ないのは各国仕方がない状況だと認識している。

 アイジスとの戦争はまだ激化しており、終息を見せる気配はない。各国そんなことをしている状況では無く、共通の敵は空に居ることを認識しているにも関わらず、だ。


「うへえ。アイジス戦での経験ですか。あそこはあまり人が行きたがらないって聞きますけど、そんなつらいんですか?」

「戦争は誰もしたがらないさ。上は命令をして胡坐をかくだけ。実際に攻撃するのは僕たちのような歩兵だ。歩兵は替えが効く限り、命を無駄にする戦法をしていかざるを得ない。特にあの場所では、僕たち歩兵は人間扱いされなかった」

「そいつは酷い話ですねえ。……おっ、もしかしてあの黒いのは?」


 男が何かを見つけ、小走りでそちらに近付く。

 そこにあったのは、人間の死体だった。黒焦げになってしまっているが、唯一白い髪が生えているのを見て、それがイシュクリミアであることを確認する。

 男たちは十字架を空で切り、イシュクリミアの脈を測る。

 脈は弱かったが、それでも脈打っていた。


「どうやら生きているな。戦乙女、だったか。こんな黒焦げでも生きているとは。普通なら皮膚呼吸が出来なくなって死んでいるはずだぞ」

「そいつはどうだっていいだろ。もう一人は?」

「こいつが守っているよ。安心しろ。多少傷を負って気を失っているが、生きている。脈も確認している。それにしても……ほんとうに戦乙女の生命力は凄まじい。敵に回ったらとんでもないな」

「それは俺たち歩兵が考える話では無くて、上が決める話だ。何の問題も無い……といえば嘘になるが、いずれにせよ上に任せればいいんだよ、こういう面倒な案件は」


 そう言ってタブレット型の端末を取り出す男。

 この二人を搬送するために車を呼んだためである。

 この後の二人に――何が待ち構えているのか、今は誰も解らない。



 ◇◇◇



 夢を見ていた。

 ふわふわとイシュクリミアの身体は浮いていた。


「ここは……?」


 考えても、何かわかる訳では無い。

 空白、或いは無、または零、若しくは。


創始(はじまり)


 ぽつり、とイシュクリミアは呟く。


「創始は終焉(おわり)であり終焉は創始である」


 声が聞こえた。

 イシュクリミアは声のする方へ歩き出す。上なのか下なのか、左なのか右なのか解らない場所を歩いていく。

 そしてついに、彼女はその場所を見つけた。

 そこは小さなガーデンだった。草木が生え、花々に囲まれた白を基調とした四阿だった。


「ここは……?」

「ここは現実であり虚構。虚構であり現実。あなたも経験したことのある、一筋の希望」


 声を聞いて、彼女は振り返る。

 そこにあったのは、水晶――クリスタルだった。透き通るような青、それを一言で示すなら、そう示すのが妥当だろう。クリスタルは彼女の目の前に、ただ鎮座するだけではなく、浮いていた。浮上していたのだ。


「驚くのも無理はない。何故なら、この空間は私の作り出した泡沫。いつ消え去ってもおかしくない空間だよ」


 クリスタルは彼女に言った。言う、というのは口を開けて言ったわけではなく、直接彼女の頭に語り掛けた――ということになる。テレパシー、というやつだ。


「あなたは一体……?」

「私は、この世界の『神』とでも言えばいいか」


 その言葉にイシュクリミアは失笑した。神? そんなものがほんとうに居たのか、という思いよりも神という崇高な存在がこんな無機質な物体であるということが理解できなかった。彼女の理解の限界を超えていた、と言えばいいだろうか。恐らくはそちらの方が正しいかもしれない。

 クリスタルの話は続く。


「そんなことはどうでもいい。そんなことはどうだっていいんだ。君について、この世界について話をしなくてはならない」

「この世界について?」

「『幽霊が泣く』」

「……え?」

「この世界に伝わる事象だよ。幽霊が啜り泣く時、世界は何か大きな異変を起こしている時であると――。それは私が流布したわけではない。この世界の動物たちが勝手にそう言いつけただけだ。まったく、困った話だよ。神である私の気持ちにもなってほしい」


 そんなことを言われても。

 それが彼女の正直な感想だった。


「そんなことを言われても……と思っただろう。確かに、確かにそうだよ。でも、受け入れてもらわねばならない。それが君がこの世界で生きていくための条件であり、義務だ」

「そんなことを言われても……」

「確かに。それを言われても仕方ないことかもしれない。けれど、認識してもらわなければならない」


 そして、ゆっくりとクリスタルは輝きを放ち始める。

 それはとても暖かく、それでいて明るい光だった。


「これが今の世界を示している。だが……この光を閉ざそうとしている勢力も居る。悲しいことに、な」

「私に何かしろ、と?」


 イシュクリミアは言った。

 クリスタルは輝くのをやめると、少しずつ小さくなっていく。

 同時に、空間が歪んでいく。


「これは……」

「どうやら今の私ではもう限界のようだね。それでは――またどこかで」

「待て! あなたは、あなたは――」


 そして、彼女の視界が完全に――闇に染まった。


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