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2-04 Human?

「とどのつまり、僕は安全国のブイアイピーってこと。解るかい? 言葉の意味を」

「……まあ、何となくは」


 VIP。

 国の最重要人物ということだ。

 流石の彼女もそれくらいは知っていた。


「まあ、僕は何も悪くない。悪いのは安全国の信頼を地に落とそうとしている悪い連中だ。そして、この世界のバランスを変えようとしている国家だ。そしてその手段に僕を用いた。親ならば子供を失う時の悲しみは、どんな天秤にもかけられないと思ったのだろうけれど、ほんとうにそれは残念なことだよ。なぜなら父は、僕のことを嫌っているからね」


 少年の言葉に、イシュクリミアは答えない。

 彼の言葉に、返す言葉が無かったからだ。

 少年は溜息を吐いて、右手を差し出す。


「もし、お金が欲しいのならば喜んで差し出そう。けれど、今は出せない。この国のどこかにある大使館……先ずはそこまでいかないと何も始まらないからね。そしてそこで救援を要請する。安全国とはいえ、必要最低限の戦力は持っている。きっと、この国の戦力には敵わないだろうけれど……何とかなるはずだ」

「ちょっと待って? その流れだと、私はもうあなたと契約をする流れになっているのだけれど?」

「そうだろう? 違うのか?」


 勘違いも甚だしかった。

 寧ろ突然襲撃者とともに押しかけてきておいて『護衛を頼む』だの、気付けばもう勝手に護衛扱いになっているだの、普通に考えれば非常識な少年だとイシュクリミアは認識していた。

 だからイシュクリミアは断るつもりでいた。

 当然ながら、彼女には仕事もあったし。そんなことをする余裕など無かったのである。

 そうして彼女は断ると一言告げようとした――その時だった。

 カン、カン、カン。

 何か金属製のものが転がる音がした。

 音源はシャワールーム。先程襲撃者が侵入した場所だった。

 すぐに何かに気付いた彼女は少年の手を引いた。


「目と耳を塞げ!!」


 刹那、彼女たちのいた空間に、閃光と超音波が満ち溢れていく。



 ◇◇◇



 光と音が収まったと同じタイミングで、シャワールームの窓から二人の人間が入ってきた。いずれも小柄の体型で、二人ともライフルを構えていた。


「ほんとうにここに居るのか?」


 超音波成分をフィルタで除外する専用のトランシーバーで会話する二人。


「ああ、先程突入したからな。だが、そいつは未だ戻ってきていない」

「やられたとでも言うのか、あいつが? あいつは部隊の中でも腕利きだったはずだろう」

「だからこそ気になっているのだろう。どうしてあいつが帰ってこないのか。もし倒されたのなら私たち二人がかりでも厳しいかもしれん。だが、我々の真の目的はそれではない。『標的(ターゲット)』の場所を本部に伝えること。ただそれだけだ――」

「ふうん。まさかご丁寧に先程お仲間が入ってきた場所から入ってくるとは。頭が良いのか悪いのか解らないね」


 声が聞こえた。

 最初、まさか? と思った二人だったがその考えはすぐに否定されることになる。

 窓側に立っていた味方の一人が突然外からの衝撃により倒れたのだ。それを音で感じたもう一人は急いで駆けつける。

 だが、遅かった。

 その駆けつける瞬間を狙って、もう一人の後頭部に強い衝撃が走る。それがキックであることを理解するまで、少々の時間を要した。

 視界が暗転していく。

 後頭部に衝撃を受けたその人間が、最後に暗闇と化していく視界がとらえたのは――一人の少女だった。


(我々は……あんな子供に倒されたのか……?)


 そしてその人間は、気を失った。



 ◇◇◇



 まさに、一瞬の出来事だった。

 入ってきた二人の兵士モドキを、武器を使わず己の身体のみで行動不能にする。それは単純なように見えてとても難しいことであった。そんなこと出来るはずがない――普通の人間ならばそうかもしれないが、特殊な訓練を積んだ彼女ならばそんなことは容易だった。寧ろ出来ないほうがおかしいと言えるだろう。それ程に彼女の戦闘能力は普通の人間と比べて桁外れに高い。


「すごい……」

「ま、伊達に軍人やっていないからね」

「軍人……だったのかい?」


 少年の言葉にイシュクリミアは首を傾げる。

 さも、何を今更という様子で。


「戦乙女は軍属だ。だから私も軍人と名乗っている。まあ、実際は違うのだがね。飼い慣らされている狗、というのが近いかな?」

「飼い慣らされている狗……それは酷いよ。だって君は、あなたは、人間だ。女性だ」


 少年の言葉にイシュクリミアは少し意外な感じに思えた。

 なぜなら今まで彼女は人間らしい評価をされたことが無かったからだ。

戦乙女は戦争を勝ち抜くための兵器であり、人間のような扱いはされない。あくまでも『兵器』である。彼女が住んでいるこの部屋も、どちらかといえば武器庫のような扱いが近い。人間でいうところの住まいであることには変わりないのだが、その場所は最下層の住民が住むという場所である。

 最下層の住民――というのは単純に階層が低いこともあるが、それよりも税金をまともに納めることの出来ない、即ち未納者がここに住んでいることが多い。住む、というよりも逃げて転がり込むと言った方が正しいかもしれない。そのため、軍による警察機能もこの階層においては殆ど機能していない。意味が無い、とでも言えばいいだろうか。

 最下層の住民同士で犯罪が発生することも珍しくなく、彼女も何回か強姦の被害に遭いかけた。毎回腕力でどうにかするのだが、その時に毎回言われる言葉がパターン化して決まっていた。



 ――戦乙女っていうのは、人間以下の扱いをしても誰も文句を言わねえんだろう?



 その言葉に失望した。自分に失望したのでは、当然無い。その発言をした人間に、である。

 かつて彼女の同僚ミルフィアシエは言った。人間を守るのが私たちの役目である、と。

 そんな人間がこのような性格ばかりであっては、守る価値も無いのではないだろうか?

 そう、気付けば思うようになっていた。


「私は、人間……?」

「そうだよ、君は人間だ。紛れも無い人間だよ。そして、それを否定することは誰にも出来ない。……戦乙女って名前だったのか。確かに女性ばかりで構成されている部隊というのは聞いたことがある。それがまさか戦乙女だったとは。ほんとうに、この国は腐っているんだな。内部も、外部も」


 少年の言葉を聞いて、直ぐにイシュクリミアは踵を返す。


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