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2-03 Safety_country

「お金なら、幾らでも支払う。僕が、無事に屋敷に辿り着くまでの間……それだけでいい。それだけでいいんだ」

「屋敷? それって即ちとてもお金持ちってことか?」


 踵を返し質問するイシュクリミアに頷く少年。

 とはいえ、事情も分からぬままそれを一つ返事で了承する彼女でも無かった。


「まあ、勿論。そういうことになる。これでも知っている人からすれば有名な人間だ。今は残念ながら君にそれを告げることは出来ないけれど」

「ならば話はここまでね」


 ジーンズを履いて、イシュクリミアは言った。


「さっさとここから出ていって。私だって仕事があるのよ」

「仕事?」


 少年は首を傾げる。

 この世界――少なくともこの国家は女性が外に出て働くことは無い。大体生まれてから家で花嫁修業をし続けるのがこの国家の女性たる姿であると認識されている。そのため、女性が仕事をするのは、ある種族だけ――そう言われている。

 少年が疑問に思ったのも、それが理由だった。

 だから少年が言う前に、イシュクリミアは話を続ける。


「私は、戦乙女なのよ」

「戦乙女? いったい何だというんだい、それは?」


 それを聞いて彼女は確信した。彼は『安全国』の人間か、もしくは相当な世間知らずかである、と。

 安全国。その名前だけ聞けば平和な街並みを想像するだろうが、実際その通りである。大科学者クランツ・ロドリーニが開発した国全体を覆う障壁によって蒼穹からの敵の侵入を防いでいる。しかしながら、その障壁の大きさはこの国でいうところの街一つ分しかなく、その安全国もとても小さい。人にとっては、その安全国を『救済の都』と呼ぶ人間も居る程である。神に見守られた土地であると、そう言われている。

 安全国に行きたいと願う人間は多い。この国でも、この国を出国して安全国へと引っ越すことを希望している国民はとても多い。だが、国はそれを殆ど却下している。

 理由は幾つもある。経済学者が語るには、主に三つの理由が考えられると挙げている。

 一つは国の権威失墜を防ぐため。幾ら安全国に住めば安全が保障されるからといって、それをそのまま許してしまえば国が国民を守ることが出来ないということを認めているのと同じである。だから、そのまま出国することを許さない――そう言われている。

 二つ目は税収の減少を防ぐため。国家の役割を果たすため、税収を確保するのは大事なことだ。そのため、国民が他国に流出することは防がなくてはならない。仮に多少国民一人から入る税収を削減してでも国民の流出を防がなくてはいけないのである。それが国家の責務であり義務だからだ。

 そして三つめは――安全国自体がその入国管理をとても厳しく実施しているということだ。実際に、出国は簡単に出来ても入国が非常に難しい。なぜなら安全国は完全に『安全である』ということを内外に表明しておりそれがまるで喧嘩の合図のように他国が何度も戦争を開始したためだ。結局、その戦争も失敗に終わり安全国の壁に傷一つ付かなかったのだが……他国が負った傷は大きい。


「安全国が他国から浴びている批判は大きい。もっと安全国の技術を提供しろとか、安全国と提携を結べとか、そんな自分中心な言葉ばかり投げかけられた。もちろん、安全国はそれを拒否した。当然だろう? だってその命令は安全国が損をするだけだから」

「安全国について、あなたは知っているということ?」


 イシュクリミアは核心を突いた質問をする。

 彼女は彼の話を聞いてきて、少しずつ彼に興味が湧いてきたということなのだろう。


「知っているも何も、僕は安全国の住民だ。それも、高い地位を持っている人間を父に持つ。まあ、僕は父があまり好きではないけれど」

「どうして、と聞くのは野暮ね」

「そうだね。出来れば聞いてほしくないか穴。僕としては、あまり探られたくない過去なものでね。そして、相手はそこを突いた。正直、まさかこんな場所にやってくるとは思わなかった」

「安全国から出た感想は?」


 イシュクリミアは少しだけユーモアを交えて言ったつもりだった。


「最低だね。ほんとうに安全の基準が安全国とは違う。最悪だよ。まあ、住みにくくはないかな」

「何それ。素直に褒めればいいのに」

「僕は別に素直に褒めたくないとかそういうことを言っているわけじゃないよ? ただ、安全国と比べれば安全のハードルは下がるというだけで……」


 それは当たり前だ。安全国より安全な国などこの世界には存在しない。

 もし存在するのであれば、安全国の定義である『世界一安全な国』に矛盾してしまう。


「ところで……どうしてあなたはここに居るわけ? まさか、誘拐とか?」

「だったら未だ生易しいのだけれどね。違うよ、誘拐じゃない。あえて言うなら『拉致』だ」

「拉致? ……まあ、無理やりここに連れてこられた、っていうことは間違いじゃないのだろうけれど。あなた、いったい何をしてここまで? 並大抵の犯罪者じゃないと追放はされないんじゃない? なにせあそこは『安全』を病的に追及する国家だから、犯罪者の芽は非常に早いうちから摘むって聞いたことがあるし」

「……一応言っておくけれど、僕は犯罪者では無いよ。寧ろ、僕を拉致した彼らの方が、きっと犯罪者になる。そしてそれを見て見ぬふりしたこの国も。いや、おそらくはそれを狙っていたのかもしれない。このような事態に発展することで、この国に何らかの利益が与えられる……。まさか、そんなことを考えているとでもいうのか?」

「ちょっと。勝手に話を進めないでくれる?」


 イシュクリミアの言葉を聞いて、彼は我に返る。イシュクリミアに頭を下げて、話を続ける。


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