2-02 Shower
「これでよし、と」
洗濯機が無事動き出したのを確認した彼女はシャワールームへと向かう。
シャワールームは彼女の部屋に設計を無視して設置されている。なぜこのようなことになっているのかは、戦乙女に人権など無いと論ずる上層部と人並みの扱いをさせてやるのが戦乙女を使役させる人間としての義務だという軍部の間で軋轢が生じ、結果として軍部が勝利して予算を落とさせた、という経緯がある。だが、彼女はそんなことを知る由も無い。
シャワーの下にあるハンドルを捻る。少ししてシャワーが上のヘッドが出てくる。シャワーは彼女の曲線状の裸体を流れ落ちていく。
目を瞑り、顔全体にシャワーを浴びる。少ししてシャワーから顔を動かし、そのまま手で顔についた水滴を拭った。このころになれば温かいシャワーが身体を温めてくれるのか、彼女の身体が赤く火照り始める。
ハンドルの下にある小さい皿のようなスペースに置かれたスポンジを手に取り、それをシャワーで軽く濡らす。そしてポンプ式のボディソープを噴射し、そのまま泡立てる。
泡立てたそれを身体に当て、全体を洗い始める。先ずは右手、手を交代し左手、そして乳房、腹部、陰部、鼠蹊部、両脚、背中、臀部。万遍なく身体を泡で包み込む。
泡が程よく彼女の身体を包み込むのを確認して、シャワーで泡を洗い流していく。三十秒もしないうちに彼女の身体に付着していた泡は流れ落ちる。
シャワーのハンドルを今度は先程と逆に回し、流れていた水を止めた。
ちょうどその時だった。
シャワールームについていた換気用の小窓が破壊された。
正確に言えば、シャワールームの小窓が破壊され、それと同時に何者かが転がり込んできた。彼女は突然のことに対応できず、そのまま激突し床に倒れ込む。生憎、床にタオルケットを敷いてあったため、頭を強く打つことは無かった。
彼女はちょうど仰向けとなっていた。頭を強く打つことは無かったものの倒れ込んだため、痛みがあるのは当然だった。痛みを訴えながら彼女は起き上がる。
頭を少し上げたところで彼女は漸くそれに気付いた。
彼女の右の乳房が、何者かの細い腕によって鷲掴みにされていた。
最初、イシュクリミアには自分の身に何が起きているのか解らなかった。だからきょとんとした表情でそれを見つめていた。
「いたた……。まさかこんなところに窓があるなん……て?」
少年は起き上がろうとしたところで右の腕が掴んでいる柔らかい感触に気付いた。
「うわあっ!」
思わず手を退かし、自分の状態を把握する少年。少年は見知らぬ女性(しかも裸である)の両脚の隙間に膝をつき右手は乳房を掴んでいた。もし知らない人間がその光景を目撃したのなら、そういうシチュエーションで行為に及んでいるとしか見られないだろう。
「す、すいません! あ、あの……い、急いでいて」
しどろもどろになりながらも少年はそこから離れ、壁際に寄って、イシュクリミアに弁明する。
イシュクリミアはそんなことどうでもいいと思っているのか、そのままバスタオルで身体を拭き始め、洗濯機の上に置かれているブラジャーとパンツを装着した。
「……何をそんなに慌てる必要がある」
そこで漸くイシュクリミアは口を開いた。
少年は答えない。
彼女は溜息を吐いて話を続ける。
「別に乳房を捥がれようが揉まれようがどうだっていい。そんなことはどうだっていいのだから」
軽く吐き捨てるが、その言葉の真意はとても重たい。
だが、今の彼にはそんなこと知る由も無かった。
銃声が鳴り響く。
それを聞いてイシュクリミアは踵を返した。
「……何か、来る」
それを聞いて少年は不味いと思った。逃げなければならないと思った。
だが、それよりも。
イシュクリミアの背中に生えている小さな翼に目が行った。
それは玩具の翼にも見えた。なぜならば、本当にそれが飛行能力を持っているとすればあまりにも小さすぎるからである。
「仕方がないわね、ここももうお仕舞いかなあ」
そう言って彼女はブラジャーにパンツ姿のまま洗面所を後にした。
「ついてきて」
洗面所を出る間際、彼女は少年にそう言った。
少年は、彼女についていくしか選択肢が無いのだった。
リビングルームにて彼女がしたことは着替えることでは無かった。
それよりも早く、彼女はベッドの下に収納してある拳銃を取り出した。拳銃、というよりもレーザーガンの一種に近い。弾丸が無くなるとその効果を発揮しなくなる拳銃とは違って、充電さえしておけば無限に効果を発揮する。そのため、今は拳銃を使っている人間など殆どいないというわけだ。
「一先ずは、これで何とかするしかないわね……」
その言葉と同時に、乱暴な足音が洗面所の方から聞こえてきた。
「あなた、戦闘経験は?」
「皆目無い」
「でしょうね」
そんな短いやり取りを交わしながらも彼女はレーザーガンを構え、出入口に向かう。
彼女の隙をついてレーザーガンを撃とうとするも、それよりも早くレーザーガンを撃ち放ち行動不能にしていく。殺すのではなく、腕や脚を撃つのである。
よく見ればレーザーガンをこちらに撃とうとしていたのは、どれも迷彩柄の服を着た人間だった。軍人かもしれないと思ったが、しかしその可能性はすぐに否定した。軍人ならばこのような手口は使わないしそもそも一般人を追い掛け回すようなことはしない。仮に追い掛け回すとしたら一人で襲わずに複数人で襲い掛かるはずだ――そう思ったからである。
「どうやら一人しかいなかったようね。ま、別にいいけど」
そう言って彼女は再びリビングルームへと向かう。着替えを取りに行くためだ。
「あ、待ってくれ!」
しかしそれを少年が止めた。
「……どうした?」
踵を返し、イシュクリミアは訊ねる。
「頼む。僕を……僕を守ってはくれないか?」
「なぜ、私があなたを? 助けなくてはいけない義理でも無いのに。寧ろシャワールームの窓を壊したお金を弁償してほしい程よ」
イシュクリミアはそう言うと、タンスの前に脱ぎ捨ててあった白いブラウスを着た。