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2-01 Dream


 現実を直視したくないから、私は空想を見つめる。

 空想を見つめる時、空想も私を見つめている。幻想とは違い、現実じみていることもたまには散見されるが、それでも非現実的要素の方が多い。それが空想であり、虚構であり、現実とは違うポイントである。

 視線に満ちた空間を私は歩いている。なぜか私はワンピース姿だった。どうしてその姿だったのかは解らない。幼い私の姿が反映されていたのかもしれない。ワンピースなんて好きじゃないのに。

 暗闇だったのにも関わらず、その空間は視線に満ち溢れていた。どうしてかは解らない。空想なんて大体そういうものだ。現実とは考えられない世界と空間が広がっている。

 視線に満ちた空間は長い空間だった。だが、唐突にその空間の終わりが訪れた。


「イシュクリミア、一緒に食事をしましょう?」


 懐かしい顔だった。彼女の友人であったミルフィアシエだった。

 いつも空想を見つめると、必ず彼女が現れる。それは私の記憶にとって彼女に関する記憶が一番データ容量の多いものなのかもしれない。

 彼女がそう言うと空間は切り替わり、白い長テーブルの両端で私とミルフィアシエは食事を取る。周りは暗闇、やはり視線に満ち溢れている。ミルフィアシエは時々私に語り掛けて会話の切掛けを作り出し、私はそれに答えるが、しかしあまり会話は長く続かない。

 仲が悪いというわけではない。もともとそういう風に会話が続かないというだけ。口下手、ということでもないのだが。

 食事が半分も進むと、もう周りの視線は気にならなくなっていた。最初は説明しようがない気持ち悪さに襲われていたが、今は寧ろ視線に対する酩酊感すら抱いている。


「ねえ、イシュクリミア」


 唐突に彼女は告げた。

 私は首を傾げて、彼女の言葉の続きを待った。


「――寂しいよ」


 その言葉を聞いて、再び世界は暗転する。

 そこに広がっていたのは、瓦礫、血、人の呻き声、火、煙……何か建造物が広がっていた場所に巨大な何かが落下したような、そんな状況が広がっていた。瓦礫の下には人が埋もれていて、片手だけ外にはみ出している人も見受けられる。


「あ、あの……大丈夫ですか!」


 私は声を出して、瓦礫に埋もれる人を助け出そうとする。しかし小さい子供の姿となってしまっている私の力では引き出すのは不可能だ。

 当然、私は誰か助けてもらえる人が居ないかを捜索する。

 だが、そう簡単に見つからない。というよりも、誰もそこには居なかった。死人と、もうすぐ死にそうな人と、瓦礫しか、その場所には無かった。


「ねえ」


 その声を聞いて、私は振り返る――。

 そこに立っていたのはミルフィアシエだった。ミルフィアシエは傷だらけで腹部からは血も噴き出している。この状態で立っていられるのが奇跡――そう言ってもいいくらいだ。


「ミル……フィアシエ?」


 私は震えた唇で、何とか言葉を紡ぐ。

 ミルフィアシエは私にゆっくりと近づく。


「寂しい……寒い……痛い……助けて……」


 単語を、ぽつりぽつりと、呟く。

 私はあまりにも怖くなって目を瞑ってしゃがみ込む。そうすればきっと居なくなる――そう思っていたから。

 怖い。怖い。怖い。助けて。助けて。助けて。

 三回、唱えた。

 けれど、居なくなった気配はない。だから私は目を開けずにそのままの姿勢をキープした。竦みあがって立ち上がることが出来なかったのかもしれないのだけれど。

 ミルフィアシエが私の肩を叩く。だけど私は反応しない。反応したくなかった。彼女を見捨てたわけでは無い。彼女に何の感情も抱いていないわけでは無い。

 ただ、怖かった。

 それだけのことだった。

 ああ、これが空想だというのなら、これが夢だというのなら、さっさと醒めてくれ。

 私は信じてもいない神に、そう願った。



 ◇◇◇



 そして、その願いは案外あっさり受け入れられた。

 雑然とした部屋だった。ベッドの下に広がる床には所狭しに物が置かれている。毛布やティッシュペーパー、昨日食べたであろう食事のゴミなど……とても女性の暮らす部屋とは思えない空間。それが、イシュクリミアの今の住まいであった。

 また、あの夢を見た。

 イシュクリミアはそんなことを思いながら、ゆっくりとベッドから起き上がる。

 窓は板張りしているので陽射しが入ることは稀だ。それは彼女自身、身体を守るためにそうしていると言える。理由は単純明快、彼女を殺しに来る人間からの一撃を阻止するためだ。もちろん、このような板切れで対処できるとは思っていないが、無いよりはましだという判断からこのようになっているのである。

 寝間着となっているジャージを脱いで素肌を曝け出す。薄ピンクのブラジャーとパンツが彼女の乳房と臀部、それと陰部を隠している。彼女の肌はきめ細かく、絹のように美しい肌をしていた。彼女の肌だけを見せただけならば、きっと彼女は美人と揶揄されて持て囃されることだろう。

 もちろん、彼女は美人だ。だが、それで持て囃されないのは――彼女が戦乙女だからだ。

 ブラジャーのホックを外し、ブラジャーをその場に脱ぎ捨てる。同時に彼女の両の乳房がブラジャーで抑えつけられていた重力を一気に解き放ち、ぶるん、と揺れる。

 脱ぎ捨てたブラジャーはフローリングの床にそのまま投げ捨てられていたが、思い出したかのように拾い出すと、そのまま廊下へと歩き出した。廊下を進み右にある扉を開け、中に入る。

 中に広がっているのは洗面所だった。横にあるのは洗濯機である。ドラム式となっているそれは一度ボタンを押せば自動的に洗剤を投入してくれる優れものである。国の支援により使うことが出来ているのだが、彼女はどうもこれが苦手だった。機械の類が苦手だった、といえばいいだろうか。とにかく、ボタンを押せばいいだけだと教えられてもいまだに覚えられない。だから、彼女の手には毎回説明書が必須だった。

 パンツも脱ぎ捨て完全に裸体となった彼女はそのままパンツを洗濯機の中に投入し、説明書を見ながらボタンを押す。朝方に裸の女性が説明書片手に洗濯機を操作しているのは何ともシュールな光景だが、そんなこと彼女にとってはどうでもいいことだった。


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