1-04 Phantom
「どういうことですか、軍曹!」
ところ変わって、空中要塞指令室。
青年が声を荒げて、軍曹の前に立っていた。
「どうしたのかね、青年? それ程声を荒げて。別に何が悪い。私が言ったことについて、何か反論でも?」
「ええ、あります。ありますとも! その作戦……それは即ち、あの子を、戦乙女を見殺しにするということでしょう! 彼女たちは『人間』だ。どうして見殺しにされなくてはならないのか、お聞かせ願いたい!」
「人間?」
それを聞いて、軍曹は吹き出す。それにつられるように周りの軍人も愛想笑いをし出した。
その笑いのツボを理解できていないのは、唯一その青年のみだった。
「……何がおかしいのですか」
青年は怒りをあらわにさせながら、言った。
軍曹は咳払い一つして、話を続ける。
「いや、済まない。まさか君がそのような考えを抱いているものとは思いもしなかったのでね。面白かったよ、非常に面白い。まさか戦乙女を人間と考えている人間が居るとは!」
「何が面白いのですか!」
激昂する彼に、軍曹は一歩近づいて、そして彼の顎を自らの手で引き上げる。
「考えてみたまえ、戦乙女は翼が生えている。人間の容姿をしているとはいえ、あれは人間では無い。強いて言うなら、バケモノだよ。人間には手が負えない。普段はおとなしいかもしれないが、いざ戦場に駆り出せばあれだ。あの得体のしれないバケモノを倒すには、バケモノで対抗したほうがいい。そうだろう?」
「狂っている……!」
「そうかね? 至極真っ当な判断であると思っているよ。それに、この行動は別に我々が単独で実施している者では無い。きちんと彼女たちの許可を得ているものだよ」
「許可を得ている……だって?」
青年はそれを聞いて、自分の耳を疑った。その言葉が軍曹の戯言であると思ったからだ。
だが、違った。軍曹は一つ溜息を吐いてさらに話を続ける。
「この話を再びするのは、とても心苦しい話ではあるが、古い昔、我々の祖先と彼女たちの祖先は話し合ったのだよ。そして、人間を守るために我々が力になろう、そう言ったのはあちら側のことだ。そうして我々と彼女たち……戦乙女は協定を結んだ。使役関係とも違う、別の関係を、だ」
「そんな馬鹿な。……だとしたら、腐っている!」
青年はそう言って、軍曹を見つめる。
軍曹はそれを見て笑みを浮かべると、そのまま踵を返した。
「連れていけ。どうせ、戦力にもなりゃしない。そのまま牢屋に閉じ込めておくといい」
「了解しました」
青年の両脇に居た軍曹の部下が青年の両手を持ち上げるように下から抑えつけて、そのまま連行していった。
軍曹は笑みを浮かべたまま席に座る。
「まさか戦乙女にああいう気持ちを持つ人間が未だ居るとはね、思いもしなかったよ。そう思うだろう?」
軍曹の問いに誰も答えない。
軍曹の話は続く。
「まあ、そんなことはどうだっていい。戦乙女と我々の契約は未だ始まったばかりで、そしてこれからもずっと続くのだから。さあ、戦乙女たちよ……もっと我々に利益を与えてくれよ?」
◇◇◇
軍曹の言葉とは裏腹に、彼女たちは苦境に立たされていた。
無限に伸びると思われるその触手にも似た腕に彼女たちは苦戦していた。その腕を切り取っても爆撃で爆破しても復活する。永遠に、永久に、無限に再生するそれとの戦いに、彼女たちの精神は疲弊していた。
肉体が、では無い。
精神が磨り減ってしまうのだ。このままだと、普通に生活することすら危うくなってしまうだろう。
でも、彼女たちは戦うことを辞めない。
その先にあるものが――彼女たちにとって絶望であったとしても。
その先に見えるものに、僅かでも希望があるというのなら。
「うおおおおおおお!」
アルファ――ミルフィアシエが力を振り絞って触手に立ち向かう。
最後の力、僅か一発撃てるか危うい程度しか残っていないエネルギーを、その殲滅に使う。
きっとそれだけじゃ倒すことは出来ないだろう。それは彼女も解っていた。だが、だからといってやらないよりもやるしか方法は無かった。そういうことで、もしかしたら結果が変わるのではないか――そんな浅はかな期待を抱いていた。
だが。
現実は非情だ。
「軍曹、報告があります」
暫くして、軍曹の前に一人の兵士がやってきた。
「構わん、ここで言え」
許可を受け、兵士はその一言を告げる。
「……戦乙女ミルフィアシエ率いる一隊は、敵に打ち勝つことが出来ず全員の死亡を確認した、とのことです」
その言葉を聞いてただ目を細めるだけの軍曹。
一礼して下がっていく兵士。
「次の投入は、いかがなさいますか?」
「問題ないだろう。恐らく先程の話からすれば敵は戦いに満足してこちらへ攻撃してくることは無い。それに、あの肉壁は地上へ降りてくることは無いからな。先ずは安全な地上へ帰還しようではないか」
「しかし、女王陛下からは敵の殲滅と……」
「それは私が適当言って誤魔化しておくから安心しろ。先ずは地上へ帰還だ。こんな辛気臭い蒼穹になんて何日も居たくないものだよ。君もそう思うだろう?」
軍曹の言葉には誰も答えない。
軍曹もまた何も言わず立ち上がると出口へと歩いていく。
「私は少し眠る。地上に到着したら起こすように」
その言葉を捨て台詞のように吐き捨てて、部屋を出ていった。
イシュクリミアが友人であるミルフィアシエの死を知ることになるのはそれから数時間後、地上に到着してからのことだった。酷く悲しみ涙を流した。流すだけ涙を流した。涸れるまで涙を流した。
だが、涙を流しても彼女が戻ってこないことも――イシュクリミアは当然理解していた。
だから彼女は前を向くことにした。前を歩くことにした。
きっとミルフィアシエもそう望んでいるから。
そう思って。
だが、その道がとても険しくいばらの道であることは、今の彼女は知る由も無い。