1-03 decoy
蒼穹へと飛び立った彼女たちは、その背中に背負っているレーダーを用いて、敵の捜索を開始した。
彼女たちが飛び立った空中要塞『ゴルゴダ』が小さくなっていくのを、アーベルクは時折身体を震わせながら見つめていた。
「どうした、アーベルク。余所見していると敵の攻撃に気付けないぞ」
ミルフィアシエは宥めるが、彼女は知っていた。アーベルクが初めての戦闘を迎える戦乙女であるということを。
「アーベルク、じゃないでしょう。アルファ?」
アルファと呼ばれたミルフィアシエは頷く。
「……そうだったな、ブラボー。私としたことが、本名で呼んでしまうとは」
戦乙女は、戦場に入った瞬間お互いをコードネームで呼び合う。命名規則というか、それに近いものがあり、リーダーは必ず『アルファ』と呼ばれる。
そこからブラボー、チャーリー、デルタ、エコー、フォクスロットと続いていく。最後はズールーで終わりそこで二十六人。しかしながら戦乙女をそこまで入れて構成する部隊は現状存在していないので、あくまでも『予備』としてルール付けされているだけに過ぎない。
「チャーリー、失礼したわね」
アーベルクを改めてその順列で呼ぶミルフィアシエ。
アーベルクは頷き、ミルフィアシエに答える。
「反応が、近い」
そう言ったのはアールクテイト――コードネームで言えば、デルタと呼ばれる戦乙女だった。
その言葉を聞いて、ミルフィアシエ以下の三名に緊張が走る。当然だ、彼女たちは今から敵と戦うことになるのだから。
「デルタ、ほんとう?」
確認をするミルフィアシエに頷きで答えるアールクテイト。
そもそもこんなところで嘘を吐くはずが無かった。だが確認することは当然のこと。彼女たちにとって脅威を確認しておくことは一番大事なことなのだ。
そして――ミルフィアシエたちはその姿を視認する。
そこに浮かんでいたのは、彼女たちの身長よりも何倍も大きい、肉の壁だった。
なぜ肉と解るかと言えば、その色が小麦色に焼けた肌と同じだったからだ。
最初はゆっくりと浮いているように見えたそれだったが、彼女たちが近づくにつれてその姿が徐々に明らかになっていく。
その壁は正確に言えば壁では無かった。ルービックキューブのような、四角く線が入っている立方体めいた形をしていた。色は小麦色でところどころ凹凸が見える。
はっきり言って、あまり長い間見ていたいものではない。
だが、これを一般市民の元に近付けないように戦い、殲滅させるのが彼女たちの仕事だ。
「目標、発見! 攻撃を開始する!」
ミルフィアシエの一言によって、彼女たちは一斉に右手を差し出す。
右手につけられた、銀の指輪が光を放つ。正確に言えば、銀の指輪にワンポイントついた赤い宝石から、であるが。
そして。
「放てぇ!」
刹那、その指輪からレーザーのような赤い閃光が肉壁に向かって放たれた。
そのレーザー一本一本は僅かな線だった。そのような光線が肉壁にダメージを与えるわけが無かった。
その光線だけを見れば、そう思うことだろう。
しかし、このレーザーは違う。
レーザーは肉壁に衝突すると、肉壁で大きな爆発を起こした。行き場を失ったエネルギーが暴発したためである。肉壁と空気の間には僅かに膜が張られており、基本的に攻撃を与えてもその膜が防いでしまい、肉壁本体への攻撃を阻害されてしまう。
だが、このレーザーなら、膜を通って肉壁へ到達しそこで乱反射する。行き場を失ったレーザーはエネルギーの塊でありそのまま暴発し、爆発する。
「よし、これで肉壁との間にある膜は消失したはず……! 総員、撃て!」
二度目。今度は腰付近に装着された連装砲から弾丸を撃ち放つ。防御障壁の役割を持つ膜さえなくなれば肉壁には簡単にダメージが通る。あとはじわりじわりとダメージを削っていけば何の問題も無い。
――そのはずだった。
ぎょろり、と。
肉壁の中から、目が覗いてきた。
人間と同じように瞳孔があり、白目があり、睫毛まである。人間と同じような目を持つそれは、じろりとミルフィアシエたちを見つめていた。
「……アルファ、あれは何ですか……」
アーベルク、チャーリーが唇を震わせ、ミルフィアシエに訊ねる。
彼女は戦乙女としての初めての戦闘だった。だから知らないのだ。戦乙女が戦う敵の、真の姿を。
「チャーリー。あれは、我々の敵。そして、人類の敵。いつからやってきたのか解らないけれど、空を奪い、我々から自由を奪った存在。名前は……いいや、これは今は言わないでおきましょう。今言えることは、これだけ」
ミルフィアシエは、再び右手を肉壁に向かって差し出す。
「――あれを倒さない限り、我々に未来は無い」
そして、ミルフィアシエの右手からレーザーが再び放たれる。
そのレーザーは真っ直ぐ肉壁の中にあった目に向かって突き刺さる。
数瞬遅れて、それは痛みを感じ始める。
同時に耳を劈く絶叫が蒼穹に響き渡る。
しかしながら、戦乙女たちは出動時にヘッドホン型の通信機を装着しており、それにより最小限の音しか聞こえないように逓減されている。
とはいえ、その音は近くに居るからこそ凶悪に聞こえる。
「……まるで赤子ね」
ミルフィアシエは呟くと、ポケットに入っていた手榴弾を取り出す。
安全装置を外し、それを敵目掛けて擲つ。
「目を瞑って!」
ミルフィアシエの言葉は咄嗟のものだったが、直ぐに三人は従った。
同時に、眩い光が辺りを包んだ。
再び、敵の絶叫。
そのまま彼女たちはさらに近付いていく。敵との距離を短くさせるため、先ずは目をふさぐ。それが彼女の作戦だった。
それは充分過ぎるほど、完璧な作戦だった。
ただしそれは――敵の目が一つに限られた話であるが。
「!」
刹那、ミルフィアシエの身体が何かによって薙ぎ倒された。
普通ならばそのまま落下してしまうはずだったが、どうにかシフォガナがそれを抑え込む。
「大丈夫、アルファ?」
「ああ……ありがとう、ブラボー。それにしてもこれは……」
「どうやら私たちは、あれを見縊っていたようだね。そして、さっきの攻撃で……私たちは完全に逆鱗に触れた」
気付けば肉壁からは触手にも似た腕が何本も、うねうねとその存在感を示していた。
あれは何だ、どうしてああなった、と声を挙げたくなるのも当然だ。何故なら、今までそのような敵の姿は報告されてこなかったからだ。
「何だ……あんなタイプは報告に上がっていなかったはずだ!! あれはいったい!」
「考えられるのは、ただ一つよ。アルファ」
言ったのはシフォガナだった。
「どういうことだ、ブラボー? これに原因があると?」
「原因ということではないけれど。……私たちは、実験台にされたってことよ。この、新しいタイプの敵に。見たことのないし報告も無い。もし彼らが『勝ちたい』と本気で思っているのなら、私たちに情報を伝えているはず。となると考えられるのはただ一つ……」
「あいつらが……わざと情報を教えなかった?」
「ええ。そしてその理由は対策を考えるため……でしょうね」