1-02 Bird-Girls
「そ。おまじない。あなたは消えてなくなってほしくないから。私は別にいいけれど」
「そんなこと」
言わないでほしい。イシュクリミアはミルフィアシエに言った。
それを聞いて、ミルフィアシエは彼女の身体をそっと抱き締めた。
ミルフィアシエは話を続ける。
「あなたは、そのまま生き続けるの。私たち、戦乙女たちの望みだから」
「どうして……?」
「今は、あなたは知る由も無い。知らなくていいこと。だけれどこれだけは言える。……このままだと私たち戦乙女は戦争に駆り出され、凡て死ぬ。だけれど、一人でも、一人でいいから生き残ってほしい。私たちの戦争の記憶を遺すために」
「だから、私を? どうして?」
「だからそれについては――」
「ここに居たのか、ミルフィアシエ」
ノックもせずに再び誰かが入ってきた。黒い軍服に身を包んだ女性で、腰には長い剣が装備されている。
イシュクリミアとミルフィアシエはその人物の名前を知らない。ただ役職名で『軍曹』と呼ばれている。
「軍曹、どうなさいましたか」
首を垂れて訊ねるミルフィアシエ。
対して軍曹は鼻を鳴らす。
「お前たち『戦乙女』を呼びつける時など一つに決まっているだろう、戦争の時間だよ」
軍曹はそれだけを言って、踵を返す。
「ミルフィアシエは五分後第一指令室に、イシュクリミアは通常の訓練を実施しろ、以上」
そうして軍曹はイシュクリミアの部屋を後にした。
ミルフィアシエは悲しそうな表情をして、イシュクリミアの目を見つめる。
「どうやら、思ったよりも早く時間が来てしまったみたい」
「大丈夫。ミルフィなら、きっとまた帰ってこられるよ。だってあなたは強いから」
「そうね。……そうだといいのだけれど」
ミルフィアシエはイシュクリミアと口づけを交わし、部屋を後にした。
別に彼女たちの間にとって口づけなど当たり前のことだ。だから、習慣のようにも見えて、当然のようにも思えた。ほかの戦乙女たちもそれを知っていたからだ。
だが、今日の口づけは――、どこかほのかに悲しさを感じた。
それが何かの起因で無ければいいのだが、イシュクリミアはふとそんなことを思うのだった。
◇◇◇
少女の身体に似つかわしくない兵装であった。腰には連装砲を小型化したものが左右にひとつずつ、背中にはリュックを背負っているように見えるが、実際には兵装を稼働させるためのエンジンとその燃料タンクが入っていた。ほかにも兵装は装備されているが、しかしあまり装備させてしまうと空で充分に動くことが出来ない。だから必要最低限の装備しか実装されないのである。
その代り。
「ミルフィアシエ、アールクテイト、シフォガナ、アーベルク。四名、兵装の装着に成功いたしました」
指令室。
軍曹が部下から聞いたその言葉は、彼女たちの出動準備が整ったことを意味していた。
「結構。それでは、出動命令を下せ」
そう言って軍曹はソファにも似た専用の椅子に腰掛ける。リクライニング機能がついており、少しだけ背凭れを後ろにずらす。
椅子に置かれたリモコン、そのスイッチの一つを押すと、軍曹の目の前にある壁がゆっくりと競り上がる。壁だったものはシャッターであり、それはある場所をガラスを通して見ることが出来るものとなっていた。
そこに居たのは、ミルフィアシエを筆頭とする四人の戦乙女だった。彼女たちは既に準備を済ませており、あとはその命令を待つのみとなっている。
『出撃せよ』
頭上から聞いたその一言を、彼女たちは頷いて答える。
所は変わり、指令室にてそれを見上げる形で眺める一人の青年が居た。
「どうした、青年。物珍しいか?」
「……軍曹。ええ、そうですね。まだ見たことが無かったもので」
「そうか」
軍曹は葉巻を吸い、そして煙を吐く。
「ならば、見ておくといい。そしてその目に焼き付けておけ。彼女たちが『飛び立つ』姿を」
飛び立つ。
その意味を青年は知らないわけは無かった。
二〇二五年、政府が世界に公表した、空に蔓延る人類の敵に対抗する唯一の手段、戦乙女。
彼女たちは秘密裡に研究が進められ、空を飛ぶ手段を得た。
彼女たちの背中から、収納されていた『それ』がゆっくりと姿を見せる。
「あれは……」
戦乙女を見る機会というのは、非常に少ない。
特に一般市民であれば一生に一度見れば運がいいほうである。
だが、軍人にとってみれば見て当たり前と言ってもいい。
しかしながら青年はまだ軍に入って日が浅かった。だから、戦乙女の本当の姿を知らなかった。
彼女たちの背中に生えているのは、白い翼だった。
両翼合わせて彼女たちの身長程の大きさになるそれを、ゆっくりとはためかせる。
「準備、完了しました」
ミルフィアシエは呟く。
それを見て、軍曹はマイクを通して、言った。
『門を開けぇ!』
同時に、ミルフィアシエたちの前にあった巨大な門扉がゆっくりと開かれていく。
その先に広がっていた光景は――蒼穹だった。青い空が広がっていた。
「遂にこの時が来たわね……」
「まあ、やるしかないでしょう」
ミルフィアシエの言葉にシフォガナは答える。シフォガナは面倒な様子だったが、この命令を無視しても彼女たちに生き延びる道は無い。
戦うしか、彼女たちの生きる意味は無い。
それは軍曹だけでは無く、彼女たち戦乙女が政府に発表され、世間的に『戦闘兵器』が認知されてもなお、言われていることだった。
彼女たちが戦わねば、人類は生き残ることは出来ないからだ。
そう言い続けられ、そしてそれが常識であると理解していた。
否、理解せざるを得なかった。
理解を拒否すれば、彼女たちの生きる価値は定義されなくなり、そのまま処分されてしまうからだ。
鳥人、そうではなく、人間に翼が生えた――特異体である彼女たちにとって、まともに生活することなど不可能だった。
「……行きます」
そして。
ミルフィアシエを筆頭に、彼女たちは蒼穹へ飛び立った。