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3-01 care


 水をかけられたような衝撃を受けて、彼女は目を覚ました。

 目を覚ますと、周りに広がっていたのは石煉瓦の壁だった。


「ここ……は?」

「ここはきっと軍の牢屋だ」


 その言葉を聞いて起き上がる彼女。

 しかしすぐに痛みに襲われ、結局起き上がることは出来なかった。


「仕方がない。本当ならばあそこで『死んでいた』はずだった。だけれど、君が助けてくれた」


 少年はイシュクリミアに言った。

 イシュクリミアは自分の身体を見る。全体包帯巻にされていた。


「実際は一気に治療したかったらしいが……都合が悪かったのか、回数を分けて実施するらしい。終了したころには君の身体は傷一つ残っちゃいない。すばらしいねえ、現代科学というのは」

「あなたも傷だらけでしょう?」

「僕はいわゆるスパイみたいなものだからね。この国に信用されていない点も大きいし。きっとこのまま……僕は処刑される」

「そんな……ことが」

「正しいことだと思うかい、僕の使命が?」


 こくり、と頷くイシュクリミア。

 当然だろう。彼女の友人ミルフィアシエは『敵』に殺された。そしてこの国が敵について何らかの情報を持っており彼がそれをどうにかしようとしているのならば――私情であればそちら側に参加したいと考えていた。

 だが、それを邪魔するのが彼女の軍属という肩書だった。戦乙女は軍属であり、軍に従わなくてはならない。そして軍の命令に逆らった場合は、そのまま『処分』される。

 鉄格子のつけられた重々しい扉が開け放たれたのは、その時だった。


「戦乙女イシュクリミア、出ろ」

「ほら、君のお呼びだ。きっと治療だろう」

「黙れ、国賊が」


 軍人の一人が少年に唾を吐く。

 唾は少年の頬に当たり、そのまま重力に従って落下していく。

 だが、少年は何も言わない。口答えすることも無ければ、歯向かうこともしなかった。


「さあ、来い。治療を実施する」


 そしてイシュクリミアは半ば強引に軍人たちによって牢屋を連れ出されていった。

 その間、少年は何もすることなく、無表情で床を見つめていた。



 ◇◇◇



 薄緑の液体に、彼女の身体は沈められていた。一糸まとわぬ姿で沈められており、口と鼻を覆うようにマスクが装着されている。マスクにある管は液体の満たされた水槽の脇にあるボンベと接続され、空気を吸えるようになっている。

 今、イシュクリミアは治療前に施された麻酔により深い眠りについていた。

 戦乙女の戦闘能力は基本的に高く、麻酔もせずに野放しにしておくと何をするか解らない――との考えだった。その考えはまるで獰猛な野生生物に対するものであったが、それが戦乙女に対する一般的な考えだった。

 彼女の肌に痛々しく残る火傷の痕が、ゆっくりと治癒していく。

 かつては三分の二以上あった火傷も、今ではもう殆ど治療が完了している。髪の毛もその際に焼けてしまったが、すっかり毛並みが揃っている。

 しかし科学者たちにとっての問題は、ここからだった。

 彼女の左胸に挿入されている一つのケーブル。

 その先端は水槽を出て(余談だが、当然防水加工が為されているケーブルを使用している)、一台のパソコンに接続されていた。パソコンではターミナルが立ち上がっており、科学者たちが上から下に流れていく数字と文字の羅列とにらめっこしていた。


「……どうだ、『修復』は出来そうか?」


 科学者の一人、白い顎髭を蓄えた老齢の男は訊ねた。

 パソコン前にある椅子に腰かけてにらめっこをしていた若い科学者はその言葉を聞いて立ち上がると、苦い表情を見せる。


「難しそうですね。まだまだ時間が必要……とまではいかないと思いますが、完璧に『修復』出来るのはそう簡単には出来ません」

「肉体はもう、殆ど修復されているのだろう?」


 その言葉に頷く若い科学者。


「ええ、そうです。まだ完全に、とまでは言えませんが、九十パーセント以上は回復したといえます。肉体に関しては今回の治療で回復が完了することでしょう。ですが問題は――」

「頭脳、か」

「ええ」

「仕方あるまい。そう焦ってしまって目的が達成できないよりはマシだ。……どれ、ちょっと見てみよう。代わりたまえ」

「はい」


 老齢の科学者の言葉に頷き、若い科学者は席を移動する。

 パソコンの前に立った老齢の科学者は数字と文字の羅列を見て何度も頷く。


「ほう、ほう……。これはなかなか難しいことだ。消去する概念は解るかね?」

「ええ、いった方がいいですか?」

「いや、解るならばそれでいい。……とにかく、消去する概念が解っているが、行まで特定できない、ということだね?」

「ええ……。そうなのですよ」

「ふうむ……となると、概念はどのようなものだったかな」


 パソコンのキーボードをたたきながら、老齢の科学者は言った。

 そして老齢の科学者は、ターミナルに流れている数字と文字の羅列から一つの単語を導き出した。


「これだよ。『memory_actress_information_numbering』。この項に書かれている番号をもとに、『memory_actress』を検索する。あとはその部分を凡て消せばいい。それだけだ」

「……それだけ、そうなんですか?」

「ああ」


 若い科学者はきょとんとしていたが、老齢の科学者が頷いて肩を叩き、我に返った。


「頑張れよ、君の仕事がこの『修復』に大きな影響を与えるのだから、ね」

「はい!」


 老齢の科学者は立ち去る。

 元気よく返事をした若い科学者は、老齢の科学者が見えなくなるまで頭を下げていた。

 さて。

 ここからは彼の仕事だ。

 老齢の科学者がヒント、というよりほぼ正解を与えてくれたのだから、その通りに実行する。

 彼の仕事はただそれだけだった。正直な話を言えば、別に彼ほどの頭脳を持った人間がやらなくても時給制のバイトにやらせてもきっと成功することだった。

 だが、そこで油断してはならない。

 そこで油断して失敗してしまえば――この国の損失は計り知れない。

 そのためにも、慎重に実施せねばならないのだった。

 『memory_actress_information_numbering』項に書かれている十五の数字をメモ帳にペーストした彼はターミナルの検索欄を開き、十五の数字の一つを入力する。

 『memory_actress』にその数字はすぐに見つかった。そしてその部分を削除する。コマンドは簡単だ。『delete memory_actress』というコマンドに番号を追加すればいい。


「ええと……先ずは103452番……」


 確認しながら、コードを入力していく。

 このデータは彼女の『記憶』だ。知識として蓄積されている記憶ではなく、いわゆる『思い出』として残っている記憶である。その記憶の数々を完全に消去する。いや、正確に言えばあの少年に関する記憶だけ消せばいい。


「まったく、酷なことをさせるものだよ」


 その呟きは誰にも聞こえないものだと思いたかった。

 そして彼は、再びコードを打ち込み始めていった。



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