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1-01 Fantasma


 虚構は現実である。

 そして、現実は時に虚構である。

 何か小難しい理論が働いているとかそういうわけでは無く、それがこの世界の理論であるから。基本概念が逆転しているというよりも、そういう結論に至るまでの過程を誰も知らないのだから、何も反論することが出来ない。

 例え話をしよう。

 卵が先か、鶏が先か――。これはよくある話である。卵が孵ると雛になり、それが成長すると鶏になる。ならば卵が先かとなるが鶏は卵を産む、ここで話の展開に矛盾が生まれるわけだ。

 少女が幼い頃を過ごした全寮制学園の寮では夜九時から一時間、寮監による本の朗読があった。そこで彼女は様々なことを学んだ。脳内に出来上がるフィールド、仮想現実のスプリアス――意図されないことを差す――構築を学ぶためのものである。寓話や童話など、他愛も無い幻想史実の出来事が書かれた書籍が並べられている本棚から、毎日一冊ずつ寮監が取り出して本を読み始める。それは難解なことばかりが並べられているものもあれば、子供でも解るおとぎ話のようなものもある。そのセンスは寮監のその日の気分によるものが大きく、ベストセラーから数百部の自費出版でしか出回っていないマイナー本まで幅広い。

 亡霊(ファンタズマ)と揶揄された彼女たち全寮制学園の生徒について、教諭たちは何も思わなかった。それどころか、それを守ることしかしなかった。明らかに彼女たちに対する評価は差別そのものであったのにも関わらず、である。それは彼女たちも理解していた。どうして自分たちがこのような目に遭わなくてはならないのか、と。

 シスターのような風貌をしていた女性寮監、アルミアは彼女たちに告げた。


「あなたたちは亡霊なんて言われているけれど、世界できっと役立つ存在だから」


 その言葉は彼女たちにとって希望だった。

 今まで蔑まれていた彼女たちにとって、天使のような人に思えた。

 だが、改めて言おう。

 虚構は現実であり、時に現実は虚構である。

 それは彼女たちのことについても当てはまる。彼女たちは世界で役立つために生まれ、開発され、送り出される。それを彼女たち自身が知ることになるのはそれから数年後の話になるのだが、そうである前に、彼女たちは人間だ。希望を与えなくては、心が壊れてしまう。もちろん、学園側としてはそれが良かったのだろうが。


「アルミア寮監が自殺しました。彼女はいい人でした」


 そう、老齢の寮監から伝えられたのは彼女がその言葉を少女たちに告げてから三日後のことだった。彼女は精神的に疲弊しており、日々ほかの教諭や寮監たちに仕事内容の変更を求めていたのだという。

 老齢の寮監は涙を流しながら彼女の死を伝え、そして祈った。彼女たちも祈る意味を理解出来ぬまま、祈りを捧げた。



 ――祈りを捧げることで、何が起きるの?



 かつて、彼女たちの中の一人がそんなことをアルミアに訊ねたことがある。

 アルミアは微笑ながらこう返した。



 ――祈りは神への感謝を示すもの。それ以外に居なくなってしまった人間への感謝を示すためのものなの。別に感謝以外でも考えられるのよ。祈りは神への問いかけ、願い、様々ある。そのすべてを、祈りで代用している。



 祈りの意味を結局アルミアの言葉から理解できなかったわけだが、それでも祈りをしないわけでは無かった。

 祈りをしないわけにはいかなかった。ここでは寮監の命令は絶対だからである。

 果たしてそれが原因で彼女たちは祈りを捧げたのだろうか?

 それが違うということは明白だった。

 彼女たちは『死』の意味を理解できていなかった。

 いや、それは正確では無い。彼女たちはもうアルミアに会えないことは少なくとも理解出来ていたのだから。それから推察するに、彼女たちは死の意味を理解できていないとは言い難い。

 ただ、彼女たちはそのように教育されていただけに過ぎなかった。

 彼女たちの価値観に死など必要ない。

それは彼女たちが活躍する場所と、その目的によるものだった。

 彼女たちの崇高な思考が、果たしてそれに類推するものであるかと言われると、間違いであると言えるだろう。彼女たちに自由な思考など、本来ならば与えられるはずは無かったのだから。

 彼女たちはただ――白銀の世界を駆け巡る戦闘兵器として開発されていたのだから。



 ◇◇◇



 懐かしい記憶を思い返していた。

 イシュクリミア・アーズベルトはそんなことを思いながら目を覚ました。

 あの学校での記憶など、とうに脳の奥底に埋めていたはずだったのに――どうして今になって夢というレム睡眠によって生じる無意識空間の中に再帰されたのか、それが彼女には理解できなかった。

 白銀の髪に碧の双眸、黒を基調としたシックなドレスに白のフリルがついている。白銀の髪にはアクセントをつけるためか或いは女の子らしさを表現するためか緑色のリボンが着いている。

 今のイシュクリミアを説明するなら、たったそれだけで説明できてしまうことだろう。

 いずれにせよ、今の彼女に着飾り(ファッション)なんて必要ない。彼女の服装はあくまでも便宜上そのような格好になっているだけに過ぎず、これが素っ裸であっても彼女は特にきにすることは無いだろう。

 だが、これはただの給仕めいた格好なのではない。

 彼女には彼女の、きちんとした理由がある。


「イア、起きていたの?」


 ノックも無しに扉が開かれる。

 入ってきたのは青い髪の少女だった。身長はイシュクリミア――長いため、イアと呼ばれている――より少し小さいくらい。格好はイシュクリミアの着ているそれと同じである。

 彼女の名前はミルフィアシエ・アボンタートル――しかしながら名前が長いため、ミルフィと呼ばれている。


「おはよう、ミルフィ。入るときはノックをして、と伝えたはずだけれど」

「いいじゃない。別に。私とあなたの仲なのだから」


 そう言って中に入ってくるミルフィアシエ。

 まったく、彼女には遠慮というものが無い。

 そう思ってイシュクリミアは溜息を吐く。

 イシュクリミアとミルフィアシエは同じ学校の出身である。だから仲がいいかと言われるとそういうわけでは無く、普通に友人関係を築いているだけに過ぎない。


「あなたと私の仲……そうね、そうかもしれない」

「ならば、」


 そう言ってそのままイシュクリミアの方に近付くミルフィアシエ。


「な、なに……?」

「おまじない」


 ミルフィアシエは、そのままイシュクリミアの手を取って彼女の手のひらに口づけた。


「あなたが消えていなくならないための、おまじない」

「おまじない……」


 イシュクリミアは反芻する。


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