エピローグ
―――――そこは、全てが白い世界だった。
ここは”あの世”というものだ、と私は知っていた。
何もないようでいて、何でもある。そんな空間。
【貴女は”転生”することを望みますか?】
唐突にその声は聞こえた。
男のような、女のような、子供のような、年寄りのような、不思議な声だった。
「…いいえ」
私はその声に答えた。
「私は、望まない」
【承知しました】
事務的な返事が終わると、また無音が戻る。
私は、その場に座った。
何をするわけでもない時間は慣れている。
顔を触ってみると、まだ狐の面をつけていた。
「お前も連れてきてしまったか…。すまないな」
そっと面を撫でる。返事は当然のようにない。
他にすることもないので撫で続けていると、突然後ろから何かに引っ張り上げられた。
声を上げる間もなく、振り返らされて抱きしめられる。
その腕には、覚えがあった。
「誠一郎…」
「薄桃色の浴衣と白い髪を見て、君じゃないか、と思ったんだ」
私は頷くと、誠一郎は腕を解いて私の顔を覗き込んだ。
「何故、君がここに?」
その顔には、呆れたような慈しむような複雑な表情が浮かんでいる。
「誠一郎が死んで、私も死んだ。それ以外に考えられるだろうか?」
私の答えに、誠一郎は悲しそうな顔をする。
「…自殺、したのか?」
その質問に、私は答えなかった。
「私の想いは…届いたか?」
私が聞くと、誠一郎は苦笑した。
「窓も開けていないのに季節外れの桜の花が病室にふきこんでくるものだから、とても驚いた」
「そうか。それは謝るよ」
「でも…すごく、綺麗だった」
「…そうか」
私は笑った。
「それは良かった」
そして、俯く。溢れた涙が頬を伝う。
「私は…もう、誠一郎には逢えないかと…っ」
「君は意外と、心配性で泣き虫だな」
誠一郎はそう笑うと、私の面にそっと触れた。
「君の涙が拭いたい。…外しても、いいだろうか?」
醜い私を見れば、誠一郎は離れていくだろう。
私はそう考えて、ずっと不安だった。
でも、”あの世”で私たちは再会できた。
誠一郎の言った”運命”というものに、私は賭ける。
目を閉じて小さく頷くと、誠一郎は紐を解き、私の顔から狐面を外した。
私はゆっくりと目を開き、赤い瞳を晒す。
「なんだ」
誠一郎は拍子抜けしたような息をついて、続けた。
「全く、醜くないじゃないか」
「え、だって、この火傷…」
右頬に触れると、―――――そこに、火傷の痕はなかった。
誠一郎は笑うと、私の両頬に手を添えた。
「君は醜くなんかない。あの日より、ずっと、綺麗だ」
愛しい彼に、私は微笑みかけた。
…ようやく、返すことが出来る。
「ずっと、君に、伝えたいことがあったんだ」
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