表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狐面  作者: 優希
5/8

祭り

「近所で夏祭りがあるんだ」


「…それで?」


誠一郎から借りている花言葉の本の頁を捲ってから、私は訊ねる。

文字だけのこの本は、人間には辞書のように楽しみにくいものだろう。

だが、私にとっては知識の確認なので、そんなに苦ではない。


「一緒に行…」


「断る」


「まだ言い終えてもいないんだが…」


私は本を閉じた。


「”祭り”というものを私は知っている。わざわざ悪目立ちしてまで行く必要はない」


誠一郎は納得したように頷いた。


「つまり、必要があれば行くんだな」


「…まぁ、そういうことになるな」


「君は、祭りを知っているだろう」


「…知っているが?」


「だが、体験したことはない」


きっぱりと言い切られて反論したくなったが、反論できる事実を私は持っていなかった。


「…確かに、その通り。私は”祭り”を体験したことはない」


「知識として”知っている”のと、体験したこととして”知っている”のには差があると、僕は思う」


「……」


「間違っているか?」


私は、溜め息を吐く。


「…分かった。その考え方は面白いし、一理ある。でも、私が”化け物”だということを忘れている」


”化け物”という単語に、誠一郎はあからさまに怪訝そうな顔をする。

それに気づかぬふりをして、私は続けた。


「私はおろか、私を連れている誠一郎まで目立ってしまうだろう」


「それは問題ない。君はどうなんだ。行ってもいいのか」


「まぁ、誠一郎が良いと言うのなら…」


「決まりだな」


誠一郎は、今日ここに来てからずっと持っていた小包を、私に渡した。


「君に、贈り物だ」


”贈り物”。知ってはいたが、それをもらうことを体験したことは無かった。

小包を丁寧に開け、中のものを取り出してみると、それは、薄桃色の浴衣だった。


「…どうしてだ」


「ん?」


「これを最初に出したのなら、私は祭りへ行くことを拒まなかったはずだ。君はそれを知っていただろう」


ものをもらっておいて、それには行かない、なんて勝手を抜かすような私ではない。


「そうだな」


同意を受けて、私は聞いた。


「何で、先に出さなかった?」


「君に強制したかったわけじゃあない。君が僕の考えに納得してくれてこそ、僕も楽しいだろうからな」


「…なるほど」


誠一郎の答えに、私は笑う。


「とても、君らしい答えだ」


嘲笑以外で笑うのは、きっと初めてだ。私は、心から笑った。


「…早く着替えたらどうだ。着方も知っているんだろう」


「うん、知っている」


今、誠一郎の顔が赤いことも、誠一郎の優しさは不器用だということも、私は全て知っている。



「この髪は束ねた方が良いと思う。目立つからな」


私の言葉に、誠一郎は頷く。


「僕が結おうか」


そう言って、私の後ろにまわる誠一郎。


「うん。頼む」


結い方は知っているが、実践はしたことがない。

それに何より、このすごく綺麗な浴衣を着崩すことはためらわれた。


「後ろでひとつにまとめて輪を作るようにする結い方が、おそらく一番目立たない」


「…君は説明が下手だ、ということを君は知らない」


「それは誠一郎の理解力を試すためだ、ということを誠一郎は知らない」


「僕の理解力にも限度があるんだが」


軽口を叩きながら、誠一郎は私の髪を手ぐしで梳く。

私に触れる誠一郎の手は、ひどく優しい。それも、私は知っている。


「髪を結う前に、狐面を外してほしい」


その言葉に、私は小さく息を呑んだ。


「どうして」


「後ろで結んでいる紐が邪魔だからだ」


「…決して、私の顔を見ないと約束するのなら、外す」


「それは何故だ?」


私は、狐面の上から右の頬を押さえた。


「昔、酷い火傷をした。…醜い顔を誠一郎に晒すことには、抵抗がある」


「分かった。見ない。約束しよう」


私は微かに震える手で、そっと狐面を外した。

これを外したのは、何千年ぶりだろう。

誠一郎はふざけて覗き込むような真似はしなかった。


「あ、しまった。縛るものがないな」


その声に、私は近くに落ちていた葉を拾った。


―――――葉よ、紐になれ―――――


葉が紐に変わった。


「これでいいか?」


私はそう言って、誠一郎に紐を渡す。


「…驚いたな。君は物の姿形を変えることが出来るのか」


「…うん。そうらしいな。私は今、無意識だった」


また、私の知らない私を知った。

不思議な力が扱えるらしい、ということを。


「君は、神様なのかもしれないな」


「神?誠一郎はまた面白いことを言う」


「あの日出逢ったのも、もしかして僕の元に降りてきてくれたのか?」


「私たちが出逢ったことは、偶然か、必然か。という問題か」


「どちらにしろ、運命だろうがな」


平気でそういうことを言う誠一郎を、時々信じられないと思う。


「…なぁ」


誠一郎は、少し言い淀んだ。


「その火傷というのは、……」


そんな優しい誠一郎に、私は優しく答える。


「私が”化け物”だという証明だ」


「…確認のために聞く。君は目がひとつだったり、口がたくさんあったりするのか?」


「いや、目はふたつに口はひとつだし、髪と目の色以外、大して人間と変わらない」


「もうひとつ。君は、その追ってきた人間を殺したか?」


大昔のことを思い出す。

確か、私は。


「…殺してない」


「それなら、断言できる」


誠一郎は鋭い声で言った。


「理不尽な目に遭っても攻撃しなかった君と、容姿だけで君を判断して傷を残した人間。一体、どちらが”化け物”か…。君なら、分かるだろう」


彼は一呼吸おいて、続けた。


「その人間たちが君に対して”化け物”と言ったのだとしたら、それは自己紹介だったというわけだ」


あんまりな物言いに、私は声を上げて笑った。


「誠一郎は本当に面白いな!」


「…お面も、結んだぞ」


誠一郎はそう言って立ち上がり、私に手を伸ばした。


「行こうか」


伸ばされた手を、私は迷いなく握る。


「うん。行こう」


遠くから聞こえる太鼓や笛の音。

私が誠一郎の手を強く握ると、誠一郎も握り返してくれた。

突然、彼は私の耳元で囁いた。


「またひとつ、君のことを知った。君は、すごく綺麗だ」


―――――誠一郎との時間が、ずっと続いてほしい。

この感情の名前を、私は知らない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ