プロローグ
婚姻はしません。
でも、他のものに当てはまらなかったので、最も近い【異類婚姻譚】にしました。
少し長めですが、よろしくお願いします。
―――――ずっと、君に、伝えたいことがあったんだ。
人間は、私を恐れる。
それを、私は知っていた。
”化け物だ!”
見つかればこうなることも、私は知っていたような気がする。
いくつもの赤い炎が暗い夜道で揺らめき、私を追っている。
”待て!この化け物!”
”化け物は火を恐れるはずだ!焼き殺せ!”
”雨が降らないのは化物のせいだ!”
”村のみんなが死んでいくのも化け物のせいだ!”
”殺せーっ!”
人間ごときに捕まらない…はずだった。
「ぐっ…!」
私は、知っていたのに忘れていた。
”よし!当たったぞ!”
人間は、狙った獲物はどんな汚い手を使ってでも仕留める、ということを。
私の足に当たったのは、村人の投げた固い石だった。
バランスを崩した私に、村人は松明を投げつける。
「ぐあぁっ…!」
咄嗟にかわそうとしたが、右の頬に当たる。熱い、というよりも、痛い。
…私が、何をした。
怒りが頭を埋め尽くす。
…私が村人に何かしたのか、私は知らない。
”死んだか!?”
私が苦痛に顔を歪めると、人間は喜ぶ。それを、私は知っていた。
駆けだした私は、川に飛び込んだ。
そうすれば、火が消えるということを私は知っていた。
”はは!化け物め!自分から死にやがった!”
人間の笑い声を遠くに聞きながら、私は濁った水中を進み、反対の岸に渡った。
視野の狭い人間は、気づいていない。
ひりひりと痛む頬を手で押さえると、また痛んだ。
私は水面を覗き込む。
こうすれば、自分の姿が映ることを、私は知っていた。
そこには、顔の右半分の皮膚が焼け爛れた自分の姿が映る。
もうどう処置しても治らないことを、私は知った。
立ち上がり、なるべく高いところに隠れるべく、私は辺りを見回した。そして、高く太い木を見つける。
人間は下ばかりを向いて歩く。これも、私は知っていた。
ここを、私の逃げ場としよう。
足を踏み出すと、コツン、と何かがつま先に当たった。
拾い上げて月の光にかざし、正体を確かめる。
それは、気味の悪い、けれど私の焼け爛れた顔よりはマシな、狐の面だった。