腕時計の秘密 その2
【ポチッ】
ボタンを押した瞬間 仙堂は老人が自動と言った意味がわかった。
仙堂の見ている現世の風景が早送りのように流れて行き、仙堂と老人の体がふわりと浮き、空へ 空へと飛んで行く。
二人の意思とは関係なく、目指している目的地に飛んで行く。
風景は早送り 自分がどこを飛んでいるのかさえわからない。
わからないまま早送りの風景が次第にゆっくり流れて行き、ピタリと止まった。
止まった風景 どうやら目的地上空らしい。
ふわりと空へ浮かんだのとは逆に、ストンと落ちた。
幽霊じゃなければ死んでいた高さから落ちた二人、もちろん痛みは感じない。
「イテ!」
仙堂は高い位置からの落下に反射的に言葉が出た。
『痛くないじゃろ』
老人の冷たいツッコミが仙堂の心に刺さった。
「イテェ―よ! ・・・・あれ痛くない?」
『わしはもう死んでるんじゃ 痛い訳がなかろう』
「痛く感じたの! 痛くないけど痛く感じたの!」
反射的に出た言葉だと伝えたかった仙堂が、駄々をこねる子供のように勘違いしたことを老人に伝えた。
『あ~ わかった わかった』
老人も子供がお菓子を買って欲しくて駄々をこねているように勘違いを主張する仙堂に、親が子供の主張を流すように、仙堂の主張を流した。
本当の子供なら、親が流していることに気付くが、仙堂は老人が流したことにもちろん気付かず、機嫌が良くなった仙堂は、機嫌良く話を進めた。
「よし! で、ここ病院か・・・?」
二人が到着した場所は、とある病院だった。
「自動でここに飛んで来たってことは、オレの母親になる人がここにいるってことだよな?」
「よし! 探そう! 探そう!」
仙堂があきらかに機嫌がいいので、老人は仙堂の機嫌を損なわないようにすることにした。
『そうじゃのう。じゃあ探すかのう』
「病院ってことはさぁ~ 看護師とかなのかなぁ?」
『・・・・そうじゃのぉ~。じゃが、おまえさんの母親になる者が看護師という確率と患者の確率だと、どっちが高いかのう?』
普通に考えたらわかりそうなことを、老人は仙堂にやさしく教えた。
なぜなら、仙堂の母親になるかも知れない女性は、妊娠しているはずだからである。
仙堂はどちらの確率が高いかを少し考えたあと、答えを出した。
「・・・・・やっぱ 看護師の方が確率高くね?」
『患者の方じゃろ!』
仙堂の発言に食い気味に訂正した老人。
「な なんだよ」
「看護師の可能性だってあるじゃん!」
老人の食い気味のツッコミを入れられて、イジける仙堂。
『看護師の可能性もなくはないが、おまえさんの母親になる者は妊娠しておるんじゃぞ。もし、看護師だとしても今は患者側じゃろ』
老人の正当な見解に、言い返す言葉も出なかった仙堂は、すんなりと納得した。
「・・・そうか」
「じゃあ妊娠しているから産婦人科にいるんじゃね?」
『多分そうじゃろう。 ほれ、産婦人科行くぞい』
「え?! どこに産婦人科の場所があるのかわかるのか? じいさん」
『わからん』
「・・・・・はぁ~ じいさんここで待っててくれ」
仙堂は近くにあった病院の案内板に近づき、産婦人科を探した。
「あ これか」
「じいさんわかった 産婦人科の場所」
『そうかわかったか。案内せい』
「こっちだ」
仙堂が先導して産婦人科の階へと向かった。
「この階だ。この階が産婦人科だよじいさん」
『お そうか』
『どれおまえさんの母親になる者はいたかのう』
「わかんね。まだ探してないから」
仙堂は自分の母親になるかも知れない女性を探し始めた。
産婦人科の患者は、数人の家族が順番待ちをしていた。
少数だが、父親の都合が合わなかったのか、一人で順番待ちをしている母親の姿も見えた。仙堂は数人の家族が順番待ちをするために座っている中から、いとも簡単に、仙堂の母親になるかも知れない女性を見つけた。
「う~ん おっ! 居た! 居たぞ! じいさん!」
仙堂が母親を見つける早さに、少々驚いた老人。
『お 見つけたかのう。案外早く見つかったのう』
「簡単! 簡単!」
「だって光って見えたもん!」
「こうピカーって」
『光った? なんじゃ それ?』
仙堂は母親が光って見えたと言う。
仙堂には他の家族は見えず、仙堂の母親になる女性だけが光って見えたらしいが、人が光る訳がない。
『そ そうか・・・・』
仙堂の独特の表現方法は、老人には理解不能だった。
『まあ・・・・無事見つかってよかったのう』
『どうじゃ? 生まれ変わりの申請をしてよかったか?』
「よかった! よかった!」
「美人だし」
仙堂は母親が美人だから母親に決めた。
『・・・・・・そうかよかったのう』
老人は美人だと言う理由で母親を決めたことは、少し違う気がしていた。
仙堂が決めたこと。仙堂が良ければ良いと、老人はなにも言わないことにした。
『じゃが父親の姿が見えんのう』
「え? トイレとかじゃね? それか仕事で来れなかったとか?」
『おまえさん ちょっとボタン押してみい』
「ボタン? 腕時計の?」
『そうじゃ』
「ボタンを押せばなにかわかるのか? じいさん」
『ボタンを押すと親の家族構成や家庭内の事情がわかるんじゃ』
「そうかまだボタン残ってたな」
腕時計にはボタンが三つあり、まだ機能が二つ残っていた。
「どのボタンなんだじいさん?」
「真ん中のボタンか? それとも下のボタン?」
縦に並んだ一番上のボタンは、現世に来たときに使用している。
『・・・・・・・』
「どうした? じいさん」
『・・・はて? どっちじゃったかのう?』
「・・・・・・」
「なんだよ~ じいさ~ん 忘れたのかよ~」
「ボケたか?」
『うるさい!』
『わしかて、生の世界と現世をそうそう行き来などしておらんのじゃ』
老人は生の世界である人を待っている。
老人がボタンを詳しく知らないのはしょうがないことである。
老人はどちらが家族構成を表示するボタンかを考え、無事に思い出し、仙堂の伝えた。
『確かー・・・ 一番下のボタンが現世に帰るボタンじゃったから 【ポチッ】
『む?』
老人の話の最中にボタンが押される音がした。
『おまえさん!』
「え?」
そこには老人の話も聞かず、一番下のボタンを既に押した仙堂の姿があった。
『勝手に押すなって言ったじゃろ!』
ヤバいという表情をしたまま仙堂は、老人の目の前から 消えた