一歩 一歩
《生の世界》
生の世界にある冷蔵庫。
冷蔵庫は老人の生まれ変わりを見送るために入ったままの状態で扉が閉まっていた。
見た目は普通の冷蔵庫。
だが、現世と生の世界を行き来することができる冷蔵庫。
冷凍庫の扉がいきなり開いた。
扉が開いた冷凍庫は、現世に行った者の中から生の世界に戻って来る本体に合った足を検索する。
【・・・・・ ・・・・・ ・・・・・ピ!】
足が決まったようだ。
すると冷蔵庫の扉が開き、本体の仙堂が現世から生の世界に戻って来た。
冷蔵庫から本体、冷凍庫から足が出現し、すんなりと本体と足が一体になった。
仙堂が現世に行って、生の世界に戻って来たのは二回目になる。
二回目なのだが、また、仙堂は勢い余って背中から落ちた。
「うお!」
【ドスン!】
「イテェー」
仙堂はまた反射的に痛みを訴えたが、亡くなった者は痛みを感じない。
生きていたときの名残の一つである。
仙堂は初めて生の世界に戻ってきた行動をそのまま再現した。
仙堂は学習能力が乏しいようだ。
仙堂は生の世界に戻って来た。
亡くなってから二回目となる現世は、いろんなことが起き過ぎた・・・。
老人の相手を待ち続ける気持ちに感動しつつ、老人の生まれ変わりを見送ったとある病院で、老人にとっては新たなスタートをする記念すべき場所だが、仙堂にとっては普通の病院だった。
男の子出会うまでは・・・・・。
男の子の名前は翔太。
仙堂が命とひきかえに助けた男の子。
仙堂は自分が助けた男の子を幽霊となって見つめた。
とても元気そうで、明るい男の子。
しかしそんな明るい翔太にも、試練があった。
それは両親の離婚の危機。
子供は親の異変にすぐ気付く、子供は敏感なのだ・・・。
子供は縁の下の力持ち。
だから【親子】というのだ。
翔太もしっかり両親を守っていた。
母親と父親のかけ橋となっていた。
そんなたくましい姿を見た仙堂は、自分の命とひきかえとして、少しだけよかった気がした。
母親に会うまでは・・・・。
翔太の姿を自分に照らし合わせた仙堂は、母親に会いたくなり、母親に会いに行った。
母親と七年ぶりの再会となる仙堂。
七年ぶりの母の姿は、とても弱弱しい姿だった。
七年の月日が経過しているのだから、母親が衰えていることは理解していた。
しかし、仙堂は忘れてしまっていた。
自分がとてつもない親不幸をしていたことに・・・・
仙堂はとても濃密な現世旅をした。
「・・・・・」
なにも言葉が出ない仙堂。
その場から動くことができない仙堂・・・
しかしこの場に立ち止まっているつもりはない。
どうにかして母親に恩返しがしたい・・・・。
死んでしまった自分には、恩返しなどできないかもしれない。
こんなことになるのなら、生きているうちに恩返しをしてすればよかった・・・・。
「・・・・・ふぅ~~」
長い息を吐いた仙堂。
この長い息は決してため息ではなく、自分を落ち着かせるための長い息だった。
「よし」
仙堂は一歩を踏み出した。
目的も目標もまだ決まっていないが、足を前に進めた。
一歩前に進むと、自然と二歩目を踏み出せた。
三歩目は一度足が止まってしまうが、三歩目を踏み出すと四歩目を自然と踏み出せる。
仙堂は進んだ。
前に向かって進み続けた。
何も考えず、まっすぐ進むと、あることに気付いた仙堂。
生の世界は不思議な世界である。
生の世界・・・もっとも神様に近い世界。
近い世界だからこそ、神の力を純粋に受け入れることのできる世界。
生の世界にいる人物が、今どんな気持ちで、どんなことを望んでいるのかを神様が知ることのできる世界。
だからこの世界は、一人一人が違った世界感を持つ。
ある人には狭い世界に感じ、ある人にはとても広い世界に感じる。
それはその人が望んでいるからこそ、神様がその者に合った世界感を創るのだ。
そして、この世界の出会いも同様。
今望んでいる人に神様が出会わせてくれるのだ。
仙堂が生の世界で出会ったのは二人。
もちろん生の世界に二人だけが居た訳ではない。
何人も居る中での二人。
仙堂が望んでいることの力になってくれる人が、仙堂の出会った二人なのだ。
生の世界という世界に来て、初めて出会ったのが老人の誠だった。
老人は仙堂が望んだから出会うことができ、老人は生の世界についていろいろ教えてくれた。
そして生まれ変わりの素晴らしさも。
次に出会った真人は、仙堂が初めて生まれ変わりを競り合った男だった。
結果は真人が競り合いに勝利し、生まれ変わりを決めたが、負けたことに悔いはなかった。
真人の生まれ変わりは仙堂にとって意味のあることだった。
ただ単に母親が美人という理由で生まれ変わりを決めようとしていた仙堂。
真人の強い意志ある生まれ変わりが、単純な理由で生まれ変わろうとした仙堂を変えてくれた。
真人のおかげで、仙堂は生まれ変わりの大切さ、生まれ変わった後の覚悟を教えてもらった。
この二人との出会いはすべて、神の巡り合わせだった。
そして二人との出会いで少し成長できた仙堂は感じた。
生の世界の空間の広さに、決して生の世界に来た時には感じることのできない感覚を仙堂は感じ始めていた。
生の世界が広く感じた仙堂。
それは簡単にいうと、仙堂が変わったから生の世界も変化したのだ。
仙堂の新たな望みに応え、生の世界が変化した。
変化といっても実際に生の世界が広くなった訳ではなく、仙堂が広く感じたのは仙堂の視野が広くなったことを示していた。
物の見方は人それぞれである。
初めは丸く見えた物でも、時と場所が変われば四角に見えることもある。
見えなかった物すら、見える時が来るかもしれない。
自分の考え次第で物の見方が変わる。
そして仙堂は生の世界にたくさんの人がいることに気付けた。
視野が広くなったからこそ、出会える奇跡が増える。
仙堂は初め、他人のことなどどうでもよかった。
だから生の世界の扉の前に居た老人と、仙堂に話しかけてきた真人だけしか見えなかったのだ。
しかし、今はたくさんの人がいることがわかった仙堂。
これもまた、仙堂の視野が変わったから気付けたことなのだ。
視野が広がった仙堂。
一歩一歩生の世界を歩きながら考えていたことがあった。
どうやったら母親に恩返しができるのか。
足を一歩踏み出して考えて、また一歩踏み出す。
一歩踏み出してまた一歩。
前に進みと、生の世界での出会いがたくさん待っていた。
気付けていなかった出会いがたくさん待っていた。
仙堂は一歩踏み出すという行動を起こした。
人は一歩踏み出すと変われるのだ。
仙堂は親不幸という事実から逃げず、一歩踏み出したからこそ視野が広がり、生の世界の出会いが増えた。
そしてまた、仙堂は心の一歩を踏み出した。仙堂は勇気を出していろんな人に話しかけた。
いろんな人になにか恩返しする方法がないか問いかけた。
「あの~オレ、恩返ししたい人がいるんですけど・・・・」
「なにか方法知りませんか?」
生の世界で出会う人出会う人に話しかけて回った。
すると、いろんな答えが返ってきた。
『知らない』
「知りません・・・」
〔わからん〕
[生まれ変わって恩返しすれば]
「あきらめになった方がいいと思いますよ」
『なにも思いつかないけど頑張って』
〔恩返しは生きているときにしてください〕
[あきらめないことです!]
本当にいろんな答えが返ってきた。
無視する人、親身に考えてくれる人。
あきらめろと言う人、あきらめるなと言う人。
小馬鹿にする人、応援してくれる人。
地球にも生の世界にもたくさんの人がいる。
だから答えは一つではない。
誰が正しくて、誰が正しくないなどはない。
その人がそう思ったのなのなら、その人の中での正解はそれなのだろう。
いろんな人から答えを聞いて、いろんなことを感じた仙堂。
そして最後に問いかけた人の答えが、仙堂の共感できる答えだった。
[そばで見守ってあげたらどうですか?]
「そばで見守る・・・・・」
仙堂は肩の荷がスーッと下りた気がした。
心ではそう言って欲しいと思っていた言葉を言われたような気がした。
[そうです]
[恩返ししたい方のそばで、守ってあげることが恩返しだと私は思います]
「ありがとうございます・・・・」
「とても参考になりました」
「いや、答えが見つかった気がします」
[そうですか]
[よかったです]
仙堂は答えを見けることができた。
仙堂は母親のそばで、母親を見守ることを決めた。
しかしこの決断は、もうひとつの決断を迫られる結果となった。
母親をそばで見守る。
それは、守護霊となる決断をしなければならないということ。
なぜなら、腕時計を使い現世に下りたとしても、一定の時間しか現世にとどまることはできない。
一定の時間を越えて現世に居てしまうと、浮遊霊や地縛霊となり、母親を見守ることができなくなってしまう。
母親をそばで見守るには、生まれ変わりをあきらめ、守護霊になる必要がある。
守護霊になってしまえば、二度と生まれ変わることができない。
守護霊として新たなスタートをしたのなら、守護する人物が亡くなった時に守護した人物の肉体と共に消滅するのだ・・・・。
目的、目標が見つかった仙堂。
仙堂はまだ知らない。
この守護霊の事実に。
仙堂が知ることになったのは、少し後のこと。
仙堂は目標を見つけ、また一歩踏み出した。
守護霊となるべく行動を起こしたのだ。
仙堂は生の世界の中央のモニターに向かった。
生の世界での主な申請は中央のモニターで行われる。




