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スタートライン~はじまりはこれから~  作者: 葵
仙堂 一という男の人生
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実家


《実家前》


空を飛び久しぶりにたどり着いた実家。

実家の壁をすり抜けて家の中に入った仙堂。

久しぶりの実家。

小さい頃身長を測った柱や姉とケンカして開けた襖の穴。

昔と変わらない家が仙堂の目の前にあった。

変わっていない実家が嬉しく思えた。

実家に暮らしていた頃は当たり前の風景。


今思えば思い出が詰まった家。

変わらない実家。 

子供にとって帰ることのできる家。 

悲しいことや辛いことがあったときに温かく迎えてくれる場所。

仙堂は幽霊になっても実家に帰ってきたことで、心が落ち着くことができた。

ただひとつ昔と変わってしまった事実を目にするまでは・・・・・・


変わらないものもあれば変わるものもある。

時が流れているのだから不思議ではない。

物は古くなり、人は歳をとる。

物は大切にすると百年でも使うことができる。

しかし人は歳をとるといくら健康に気を使っても、いずれ人生の道が終わってしまう。

仙堂の実家にも時の流れが存在した。

それは自分が昔拝んでいた仏壇に自分の遺影が置かれていたこと。

改めて自分が死んだことを仙堂に実感させた。

昔は手を合わせて拝んでいた自分が、拝まれる立場に変わってしまった。

とてつもない大きな変化だった。 


死とは悲しく、悲しみは人へと移る。

悲しんでいる人を見ると自分の悲しくなる。

仙堂は自分が亡くなってという事実を再確認した悲しみよりも、仏壇の前に背中を丸くしながら座っている母親の姿を目にした悲しみの方が強かった。

大学生の時から顔を合わせていない母親。

どこか昔より小さく、弱弱しく見えた。


仙堂は母親と仲が悪かった訳ではない。

むしろ仲は良かった。

女手一つで育ててくれた母親に感謝している。

けれど大学に入ると一人暮らしをして、勉強とアルバイトの繰り返しで母親に会う機会はなく、大学を卒業して社会人になると彼女が出来、彼女中心の生活になってしまった。

母親に会いたくないから会わなかったのではなく、母親に会う時間を仙堂は後回しにしていたのだ。


家族なのだからいつでも会えると思っていた・・・・

だから大学から二十五歳まで仙堂は母親と顔を合わせていなかった。

母親が思い浮かべる仙堂の顔は、一人暮らしをはじめるため一人電車に乗る別れ際の顔だった。

仙堂も母親との最後の思い出は、電車の中から見た悲しそうな母親の顔だった。

仙堂は久しぶりに母親の姿を見た。

年老いた母親の姿を・・・・。

仙堂は驚きを隠せなかった。

七年という月日は人をこうも変えてしまうものなのか・・・・。


人は一日一日変化している。

その小さな変化に気付くのは難しい。

けれど七年の月日が経過して再会してしまうと変わっていない所を見てける方が難しかった。


髪は白くなり、身長が小さくなったのか背中が丸くなっている母親。

小さくちょこんと仏壇の前に座っている母親。

なにをする訳でもなく、ちょこんと座っている母親・・・・。 

母親が仙堂と七年ぶりに再会したのは、仙堂の体から魂が離れた後だった。

仙堂が事故にあって病院から連絡が来て母親は急いで病院に向かった。 


しかし今母親が住んでいる場所から仙堂が運ばれた病院は、いくら頑張っても一日はかかってしまう。

母親は急いだ。

一日がかりの移動だとわかっていても一秒でも早く仙堂の安否が知りたい。

親よりも早く死ぬことは許されない。

母は願った また笑顔で息子と会えること。

母は願った 神様が息子を守ってくれること。

母は願った 仙堂が無事であることを。


けれど願いが叶うことはなかった・・・・・・

母親が病院に着いた時にはもう日付が変わっていた。

仙堂の誕生日になっていたのだ。

母親がお腹を痛めて産んだ日に、仙堂の体は冷たくなっていた。

仙堂はもうこの世を旅立ってしまった。

親よりも早く旅立ってしまった。

七年ぶりの息子はもうこの世にいなかった。母親は仙堂がなくなってから毎日にように仏壇の前に座っていた。

毎日仏壇にある仙堂写真に手を合わせ、一日中仏壇の前に座っている。

朝晩仙堂に手を合わせて昼間は仙堂との昔の思い出にふける日々。


仙堂が小さい頃の写真や運動会の映像を見る母親。

母親は現実逃避をしていたのだ。

簡単に受け入れられる母親はいないだろう。

我が子が自分よりも先にこの世を去ってしまったのだ。

そんな事実は信じたくない・・・・・・

信じることなどできない・・・・・・


仙堂が亡くなったことは受けいれたくないが、仏壇に手を合わせている時だけ、仙堂に会えている気がしていた。

仙堂の母親は仙堂が亡くなってから朝仏壇に手を合わせ、昼間は思い出にふける。

思い出にふけているといつもあっという間に一日が終わりを迎え、また仙堂に手を合わせる。

毎日がこの繰り返しだった。

仙堂が七年ぶりに母親と出会ったときも母親は仙堂との思い出にふけっていた。


そんな母親の姿を見ている仙堂は、背中が丸くなった母親の姿を見たときの悲しみよりも心にまた悲しみが襲った。

その悲しみは母に対する悲しみではなく、自分の不甲斐なさの悲しみだった。

仙堂が会いに行った時に母親が思い出にふけっている物を見た仙堂は悲しみに襲われた。


母親は子供の頃仙堂が母親の誕生日に書いた手紙を読んでいた。 

読んでいる母親の姿に悲しみが襲ったのではない。

昔母親宛に自分が書いた手紙の内容に落胆したのだ・・・・・・


手紙には母親の誕生を祝う言葉と感謝の言葉。 小さかったからこそ書ける純粋な言葉たちが並んでいた。

そして最後に今の仙堂を落胆させる言葉が書き記されていた。


【早く大きくなって僕がお母さんを守ります】

この言葉は恩返しを誓う言葉だったが、今の仙堂には嘘になってしまっていた・・・・・・

仙堂はもうこの世にない。

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