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スタートライン~はじまりはこれから~  作者: 葵
仙堂 一という男の人生
31/44

鼓動


《病院》


ついに病院に着いてしまった仙堂。

病院に着くなり、自分の鼓動が速くなっているのを感じた。


ドクン・・・ ドクン

少し息苦しさも感じた。

病院の駐車場から病院の入口の間。

病院の入口からエレベーターの間。 

どんどん鼓動が速くなっている。

そんな仙堂の異変に気付いた姉は、仙堂の背中にそっと手を置いた。

普段はそんなに仲の良くない仙堂と姉。

いつもケンカばかりしていた。

けれどこの時ばかりは、姉に感謝した仙堂。姉のやさしい手が、仙堂の鼓動の速さを和らげてくれた。

エレベーターの中に入り、受付で聞いた祖父の病室の階のボタンを押した母親。


ドクン・・・ ドクン ドクン・・ 


エレベーターの階が上がるごとに仙堂の心は壊れそうになった。


【ポーン】

エレベーターの停止音が鳴った。

エレベーターの扉がゆっくりと開いた。


仙堂にとっては運命の扉に思えた。

このエレベーターの扉を出ると祖父が居て、父親が待っている。

仙堂は恐る恐るエレベーターの扉から足を踏み出した。

重い足を一歩 二歩・・・仙堂の足が止まった。

仙堂の意思で足を止めたのではなく、前を歩いていた母親が足を止めたから仙堂も足を止めたのだ。

母親が足を止めたのにはある理由があった。エレベーターから出てすぐの待合室に一人の老婆が座っていた。

その老婆は、母親の姿見て、すーっと立ちあがった。

立ちあがった老婆に気付いた母親は、戸惑いの気持ちから足を止めてしまった。

[・・・・お久しぶりです]

仙堂の心にクロスカウンターが入った。

重い足を一歩一歩と前に進めた仙堂の前に父親、祖父以外の血縁者が立っていた。


祖母である。

仙堂にとってはノーマークだった存在。

父親と祖父に会う勇気を振り絞っていたところに出会ってしまった祖母。

仙堂の鼓動はより速く、より心を絞めつけた。

はじめて会った祖母は母親の挨拶に答えることはなく、無言のまま祖父の病室まで案内した。 

無言・・・それは母親と祖母が、どれ程仲が悪かったのかを示すものだった。 

母親の苦労が少しわかった気がした。

無言では話は進まない。

なにを聞いても無言。

なにを言っても無言では母の心が壊れてしまう。

無言は人の心を傷つける。

とても危険な刃物。その危険な刃物で、母親は何度心を傷つけられたのだろう。

そんなことを考えていると祖父が待つ病室に着いてしまった。


この病室に入ると、病気で痩せ細った祖父と父親が待っている。

正直なところ祖父の顔をぼんやりとしか覚えていない仙堂。

それもそのはず、仙堂がはじめて祖父と会ったのは小学三年生。

今の仙堂は中学三年生。 

同じ三年でも年月はもう六年も経っている。


十五年間で一度しか会ったことのない祖父。

時間にして三時間程。

ましてや祖父と断言されたのは祖父が帰った後のこと。

初めは見ず知らずの老人と思っていた。

顔を覚えようとしていなかったせいもあった。

だから祖父の顔は、はっきりとは覚えていない。

祖父と知り、祖父と実感してはじめて会う祖父が、今病室の中にいる。

仙堂は勇気を出して病室の扉を開けた。

するとそこには点滴を付けた祖父を姿があった。

「こ こんにちは・・・」

言葉を出そうとすると喉が詰まる。 

仙堂にとって精一杯こんにちは。

『こんにちは』

祖父は仙堂の精一杯のこんにちはを笑顔で返してくれた。 

六年前より成長した仙堂。

六年前に会うことのできなかった姉に会えたことが祖父は嬉しかったようだ。


[お久しぶりです]

仙堂の精一杯のこんにちは後に母親が三人を代表として話を進めた。

祖父の病状や今の体調など。

母親も戸惑い、困惑しているのは仙堂もわかった。

けれど母親は母親として子供達の戸惑いを感じ、祖父と祖母と話していた。

祖父はやさしく笑顔で答えてくれるが、祖母は無言である。

仙堂と姉は母親と祖父と祖母の会話を聞くことしかできなかった。

けれど会話を聞いてわかったことがある。

祖父の病状は軽いものようだ。

そして仙堂にとって重要なこともわかった。

父親はまだ、病院には来ていないということ。

仙堂はなぜか安心してしまった。


父親に会う恐怖の方が勝ってしまったのだ。父親に会うための勇気を振り絞ったはずだった。

けれど仙堂は父親に会う勇気がまだ足りなかった・・・。

母親は祖父から聞いた父親の携帯番号を病院の中にある公衆電話を使って祖父のお見舞いに来たことを報告することになった。 

母親が父親と電話越しとはいえ会話をするのは、離婚してから初めてだ。

母親は離婚してから父親との連絡は一切してなかった。

だから祖父が母親の実家に六年前来たときも 連絡なしで現れた祖父にかなり驚いていた。


受話器を持ち、父親の携帯番号を押した。

コール音が・・・一回・・・二回・・・三回 


コール音がとても長く感じた母親。

ガチャ 

〔もしもし〕

久しぶりに父親の声を聞いた母親。

[お久しぶりです]

[お元気ですか?]

当たり障りのない会話をする母親。

電話の内容は母親にしかわからない。

そんな母親の顔が曇った。

[わかりました 待っています・・・]

仙堂は引っ掛かった。なにを待つのか。


その答えは母親の口から告げられた。

[お父さんがこれから来るって・・・]

仙堂の心が止まった・・・

あの保育園で行われていた行事。

父親の似顔絵のときのように・・・・

心が止まり、心が痛くなる。

父親がいなくて傷ついた心。

その心の傷は母親と姉、母親の祖父祖母のおかげで心の傷は埋められた。


けれど父親に会うことが、仙堂にとって最大の課題であり、最大の難所だった。

いずれ父親に会うことになると思っていた。

会わなければならないことはわかっていた。

だから今回勇気を出して祖父のお見舞いに来た仙堂。

父親に出会う覚悟でお見舞いに来たが、そこには父親の姿がなくて安堵してしまった仙堂。 

祖父の入院が、父親と会う運命だと思っていたから。

しかし運命ではなかったと思った。

いずれまた父親に出会うチャンスがあるのだろうと、仙堂は自分に思い込ませた。

・・・・いやこのチャンスがたぶん最後のチャンスだと仙堂はわかっていた。

最後のチャンスなのに父親に出会うことができなかったことを仙堂はよかったと思ってしまった。

父親に会うことは人生の課題であり難所。 

今日父親と出会う運命だと思っていたが、今日は運命ではなかったと思った仙堂に、母親から告げられた父親が病院に来るという事実。

どうやら今日が父親に会う運命のようだ・・・・・


ドクン・・・ ドクンドクン ドクン ドクンドクン


仙堂の止まった心に血がめぐり始めた。


血が一時的に止まると解放されたときに一気に血が流れる。

仙堂の心にも一気に血が流れ、鼓動が速くなっていく。


【父親】・・・仙堂には十五年間になかった人物。

はじめて祖父に会ったときも戸惑いがあった。

はじめて会った見ず知らずの老人が、自分と血のつながりのある人物だったからだ。

そして今から現れる人物が仙堂の父親なのだ。

どんな人物が来るのか不安と恐怖しかない。


今はじめて会う人物が自分の父親。

今はじめて話す人物が自分の父親。

今はじめて出会う人がお父さん・・・


仙堂ははじめて父親に会う。


いや 仙堂は一度父親に会っていた夢の中で。

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