心の傷
《数分後》
母親が老人を駅まで送り帰ってきた。
「おかえり」
仙堂は玄関に向かい母親を出迎えた。
[あ・・・ただいま・・・・・]
母親は仙堂が出迎えてくれて笑顔を仙堂に見せたが、少し疲れもみえた。
老人が家に来たことは、母親や家族にとって 事件とはまではいかないが、一騒動だった。
[そうだ もう少ししたら買い物行くけど行く?]
母親は老人が来なければ行っていた買い物しようとしていたことを思い出し、仙堂に一緒に買い物に行くか聞いた。
「・・・うん行く」
仙堂は少し考えてから答えた。
一緒に買い物に行ったときに、老人が誰なのか聞くことを心に決めた。
[そうじゃあ買い物行くとき言うね]
「うん・・・」
母親は疲れたようで少し横になってから買い物に向かった。
母親が少し休んだ後、買い物に向かった仙堂と母親。
買い物が終わり、帰り道の車の中。
後部座席に座っている仙堂は、運転している母親の後ろ姿を見ながら勇気を出して老人について母親に問いかけた。
「ねぇ 母さん」
[ん? なに]
「さっき来ていたおじいさんってさぁ・・・」
「オレのもうひとりのおじいちゃん?」
仙堂はストレートに母親に問いかけた。
言葉を選ぶ余裕なってなかった。
今の仙堂は、真実を知る恐怖や不安で負けそうになるのに耐えるのでいっぱいいっぱいだった。
[・・・・・・]
母親は無言になった。
無言になったことが答えでもあった。
[そうよ・・・ どうしてわかったの?]
仙堂の問いに母親の運転する後ろ姿は少し悲しそうに見えた。
「・・・なんとなくわかった」
「じいちゃんかなって・・・」
母親の悲しそう後ろ姿を見た仙堂は、老人について聞いたことを少し後悔した。
母親は仙堂が勇気を出して聞いてくれたことはわかっていた。
母親は仙堂の勇気を受けとめて老人、父親の祖父について話してくれた。
[そうよ仙堂のもうひとりのおじいちゃんよ]
[私をいつも助けてくれたおじいちゃんだったの]
母親がまだ結婚していたとき、母親は父親の祖母とは折り合いが悪かった。
母親は祖母と仲良くしたかったが、仲良くなろうと努力したが、祖母とは仲良くなれなかった。
祖母は母親に距離をとった。
よくいう嫁姑問題だ。
この嫁姑問題が、離婚のひとつの原因にもなっていた。
嫁姑の仲の悪さを祖父が感じ、母親を気遣い 助けてくれたこと。
よく産まれたばかりの仙堂と姉を可愛がってくれたこと。
今でも母親は感謝していた。
そんな事実を聞いた仙堂。
物心ついた頃には父親はいなく、父親の顔も知らなかった仙堂。
人生で初めて会ったもうひとりの祖父。
母親を助けていてくれてことや母親が本当に感謝し、素敵なおじいちゃんだったことが仙堂に伝えられ。
仙堂は初めて会ったもうひとりの祖父のことが好きになった。
祖父に抱きしめられて感じたやさしさや温かさの理由がわかった気がした。
いきなりの出来事で困惑もしたが、もうひとりの祖父に会えてよかった。
またひとつ 心の傷が埋められた気がした。
《仙堂が命を助けた子供 翔太の家の前》
仙堂は翔太の家族を幽霊となって見ていた。
二度の記念写真を撮り終えた翔太の家族。
笑顔で撮った幸せな家族写真。
今のまま人生の道を進むとこの家族はバラバラになる。
離婚が待っている。
離婚した後に待っている子供の心の傷を知っている仙堂。
両親の離婚で、翔太の心に傷ついてしまうことを仙堂は心配している。
ましてや翔太の母親のお腹には新しい命が宿っている。
このまま離婚してしまえば仙堂と同じく、父親の顔や存在を知らない子供になってしまう。
保育所の行事以外では父親がいなくても母親のおかげで苦労を感じたことのない仙堂。
いや 少し残念なこともあった。
それは父親とキャッチボールができなかったこと。
仙堂は父親とキャッチボールがしてみたかった。
友達が父親とキャッチボールをしている姿が羨ましかった。
友達にとっては何気ない普通のキャッチボール。
それが仙堂には父親とだけしかできない素敵なことだった。
父親を象徴させる物に思えた。
仙堂は父親とのキャッチボールに憧れがあった。
父親とキャッチボールができなかった仙堂。
だから仙堂は悲しい未来が変わることを願った。
産まれて来る子供と翔太と父親でキャッチボールをしてもらいた。
父親と子供達の心の繋がるキャッチボールを。
人は人の大切を失ってから気付く。
仙堂の場合は生後二カ月で父親を失った。
生後二ヶ月の記憶などないに等しい。
父親の大切は、いないからこそ仙堂は大切さに気付き、心が痛くなった。
もしこのまま離婚してしまえば母親のお腹にいるときに離婚してしまうだろう。
産まれてくる子供は、仙堂よりも父親の大切に早く気付き、もっと心を痛めるだろう。
子供は見ている。
親を見ている。
親が影で悲しんでいる姿を見ている。
苦しんでいることだって子供は知っている。
だから子供は親の力になりたいと思っている。
例え保育所に入りたての子供でも親の力になりたいと思っている。
大人は子供には理解できないと思い、夫婦ケンカや不平不満を子供の前で言ってしまう親もいるだろう。
けれど子供は大人の会話を理解している。
言葉の意味はわからなくても、今相手を傷つけたとか、今相手が悲しむ言葉を言ったことは理解している。
仙堂が幽霊となって見ている翔太も両親に感謝し、両親の力になりたいと思っていた。
子供は親の悲しみや苦しみを知っている。
両親はまだお互いに心が離れていっていることに実感はなかったが、翔太は両親の心が最近離れていっていることに敏感に感じていた。
子供なりに両親の仲を取り持とうと努力していた。
仙堂が写り込んでしまった家族写真も翔太が撮りたいと両親に言ったのだ。
少しでもみんなが笑顔で幸せになること願って。
子供は親に離婚して欲しくはない。
祖父祖母は、一人の子供に二人ずつ存在する。
けれど両親は一人しかない。
お母さん お父さん。
世界にひとりだけ存在するのだ。
だから翔太は両親には離婚して欲しくなかった・・・
その気持ちは仙堂には痛いほどわかる。
離婚、許婚から離れると書く。
【離れる】なにか寂しい言葉だ。
心が離れる 距離が離れる。
離れるが付くとなにか悲しい気持ちになる。
両親は離婚して清々するかもしれない。
けれど子供はそうはいかない。
両親が離れて暮らす。
それは子供にとっては戸惑いしかない。
今まで一緒に笑顔で暮らしてきたはずなのに・・・なんで?
ずっと一緒だと思っていたのに・・・どうして?
子供は戸惑い、傷つく。
それもそうだろう家族がバラバラになるだから。
そして父親の顔を知らずに育った子供はもっと戸惑う。
仙堂もその一人だ。
はじめから父親がいない。
父親の顔もわからない自分に劣等感がうまれる。
父親の存在を知らない自分が恥ずかしく、自分は周囲と違うと考えてしまう。
かといって父親の会いたいという訳ではない。
父親の顔知っていて両親が離婚してしまった子供は、目を閉じれば父親の顔をイメージできるだろう。
でも仙堂は父親の顔を知らない。
目を閉じてもなにもイメージできない。
なにも感じることができない。
父親の顔を知らない恐怖。
会いたくても会えない・・・
知りたくても怖さが勝ってしまう不安と恐怖。
父親と初めて会う勇気は、そう簡単に出るものではない。
仙堂だってそうだ。
父親に会う勇気が出なかった。
あの日が来るまでは




