ふたりだけ
《一週間後》
木の下で由美子を待つ誠の姿があった。
いつものように由美子を待つ木の下 いつもとは違う緊張感があった。
今日 ふたりは家を離れる。
ふたりの幸せのために。
しかし まだ 由美子の姿はない。
いつも由美子は遅れて来ることが多い。
それは親の目を盗んで来るのは大変であったからだ。
そんなことは誠もわかっていた。
けれど 今日の遅いは意味が違ってくる。
遅い・・・遅いとは、必ず来ることがわかっているから遅いと言えるのだ。
では、今日は遅いなのだろうか。
由美子は本当に来るのだろうか。
そんなことを考えていると、誠は黙って待っていることができず、そわそわしていた。
もしかしたら由美子は来ないかもしれない。
不安が徐々に増していく誠だが、信じて由美子を待った。
すると 遠くの方に人影が見えた。
誠はすぐに駆け寄ろうと思ったが、足が止まった。
本当に由美子なのか・・・・。
まだこの距離ではわからない。
もしかしたら由美子の父親なのではないか。一人娘を守るためにやってきたのではないか。誠が不安で足が動かなくなっていると、徐々に人影が鮮明になっていた。
その人影は、誠の思い 願い それらが 叶えられた瞬間だった。
由美子本人だった。
誠が愛している由美子だった。
誠は駆け寄った。
そしてふたりは抱き合い 荷物を手に取り、ふたりは旅立った。
遠い 遠い町で、ふたりで幸せになれると信じて。
《誠と由美子の地元から離れた町》
ふたりはひとつ屋根の下で暮らしていた。
小さなアパートを借りて ふたりで暮らした。
まだ家具などはない 家具を買うお金さえない。
あるのは愛だけ。
ふたり幸せだった。
親子の縁を切ったことに後悔はないと言えば 嘘になるだろう。
親子の縁を切らずに、両親同士も仲がいいままで、ふたりの結婚が認めてくれるのなら、ふたりはどれだけ嬉しかったことか。
どうれだけ幸せだったことか。
しかし 現実は両親同士の仲が悪くなっていく一方。
はたから見たらふたりの駆け落ちという選択は、間違っていたかも知れない。
けれど、ふたりには駆け落ちという選択しかなかった。
親子の縁を切ったことには後悔が残っているふたりだが、駆け落ちという選択をしたことには後悔はしていない。
ふたりは前だけを見ていた。
まだ駆け落ちしてから日も浅く、なにをして良いのか。
わからなかったが、ふたりは小さな結婚式をすることにした。
もちろん駆け落ちしたふたりにはお金がない。
だから小さなアパートでふたりだけの結婚式。
由美子は駆け落ちした中で一番素敵な服でおめかしをし、誠はお金をかき集め、由美子に内緒で指輪を買いに行った。
そんなに高価な指輪は買うことはできなかった。
店の中で一番安い指輪を買った。
安い指輪しか買ってあげれない誠は、男として情けなく思った。
けれど きっとこれから幸せな家庭を築くんだ。
両親のしがらみなど関係ない。
幸せな家庭を そう強く誓った。
帰り道に一軒の花屋があった。
誠はなんとなく足が止まり、一輪の花を買った。
誠の財布は空っぽになったが、誠の心はいっぱいになった。
心がいっぱいな人間には、お金はいらない。お金がなければ物は買えないが、お金があっても幸せは買えない。
幸せな誠は、アパートの帰り道に由美子にどうプロポーズしようか、考えた。
私のお嫁さんになって下さい。
毎朝おいしいお味噌汁を作って下さい。
お互いが、おじいちゃんおばあちゃんになるまで一緒に居よう。
どれも捨てがたい素敵な言葉。
そんなことを考えている内に、アパートに着いてしまった。
由美子に伝えたい言葉がありすぎて、まだプロポーズの言葉が決まっていない。
『・・・・・よし! そうしよう』
プロポーズの言葉は、由美子を目の前にして感じたことを言おう。
少し見切り発車ではあるが、その場での誠の本当の気持ちを由美子に伝えることができるだろう。
プロポーズは男にとって 大きなけじめ。
妻にする女性の人生を背負う誓い。
自分の命をなげうってでも、妻を守る誓い。
妻も一番に愛する誓い。
浮気はしないという誓い。
すべての誓いを守る誓い。
多くの誓いをしてでもプロポーズをした相手と、いつまでも一緒に居たいという強い気持ち。
アパートのドアの鍵を開け、ドアの開けようとした誠。
ガチャ
『ん?』
鍵を開けたつもりが、鍵が閉まった。
誠は由美子に防犯対策のために鍵はいつもかけるように言っていた。
『ただいま~』
『由美子さん鍵開いていたよ』
何気ない注意。
誠は全然怒ってはいない。
何気ない注意をした誠の目の前に、信じられない人物がいた。
『! お父さん』
ふたりのアパートに、由美子の父親がいた。誠は頭が真っ白になった。
どうして由美子の父親がここにいるのか。
《数分前》
トントン
ドアを叩く音がした。
[は~い]
由美子はドアを開けた。
誠だと思ったのだろう。
[え?! どうして!]
そこには由美子の父親が立っていた。
「由美子 帰るぞ」
絵に描いたような頑固親父。
由美子のため、由美子だけを思って育ててきた一人娘。
大切な 大切な娘が家出をし、怒らない父親はいない。
ましてや駆け落ち。
その怒りは誠に向けれた。
「あいつはどこだ」
仲の良かった頃は、誠くんと言っていた由美子の父親。
人はこうも変わるのか・・・・。
[今はいません!]
ドアを閉めようとした由美子。
ガッ!!
ドアを閉めることは、父親の手によって阻止された。
「帰るぞ! 由美子!」
ドアの閉めることに失敗した由美子は部屋の奥に逃げた。
逃げたはいいが、鍵を閉めてないので父親も部屋に入って来た。
「なんでわからないんだ由美子! 私はお前のことを思って言っているんだぞ!」
親は子供のためとよく言うが、自分のためのときもある。
この場合は自分のためである。
親としてのメンツ 娘が駆け落ちしたなど近所にバレたら示しがつかないからだ。
[私は帰りません! 誠さんとここに居ます]
伝わると信じて強い気持ちを父親にぶつけた由美子。
「何を言っている! ここにいてもお前のためにならない!」
「帰るぞ 由美子!」
父親に気持ちが伝わらないことに、涙を滲ませ、抵抗する由美子。
[どうしてわかってくれないのですか! いつもそうです!]
[私のため 私のためって 本当はお父さんのためでしょ!]
「それは違う 私はお前のことを思って」
[じゃあ どうして! ・・・・どうして 私たちの結婚を認めてくださらないのですか?]
[私は誠さんといたいです。誠さんと結婚がしたい]
[誠さんと幸せな家庭が築きたいんです!]
そこへ誠が帰って来た。
『ただいま~』
『由美子さん鍵開いていたよ』
『! お父さん』
どうして由美子の父親がここにいるのか、動揺しかできない誠。
誠がどうして由美子の父親がいるのか。
正解が見つかる前に、由美子の父親が勝手に話を発展させた。
「いくぞ 由美子」
由美子の父親は、由美子の意思など関係なく手を引っ張り、実家に連れ帰ろうとした。
もちろん誠は止めた。
『待って下さい! 待って下さい お父さん!』
誠は必死に止めた。
けれど由美子の父親は、誠のことなど眼中になく、いないものとして由美子の手を引っ張った。
由美子ももがき、抵抗したが父親の力には敵わない。
由美子は玄関まで引きずられながら、誠に気持ちを伝えた。
[待っていて下さい!]
[必ず 必ず 戻ります]
[だから~ だがら~ 待っていて下ざい~]
由美子は、悲鳴にも聞こえる大声で、必ず戻ることを誠に誓った。
由美子の心からの誓いを聞いて、このまま由美子を帰す訳にはいかない誠は、必死で由美子の父親を止めた。
『待って下さい! 待って下さい! 勝手に娘さん連れだしたことは謝ります!』
『すみません・・・』
『けれど どうか・・・ どうか・・・お願いします! 私達を許しては、くれませんか・・・』
『娘さんを必ず幸せにしますから・・・ お願いします』
誠は必ず由美子を幸せにすることを誓い。
ふたりが一緒にいられるように土下座をした。しかし 誠の願いは、由美子の父親には届かない。
届かないというより、聞く耳をもっていないという方が正しいだろう。
「いくぞ 由美子」
『ま 待って下さい!』
由美子を守るため 何度も何度も由美子の父親にしがみついた。
何度も何度もしがみつかれても、誠を無視し続けた由美子の父親だったが、最後に、容赦のない拳を 誠の頬に突き立てた。
テレビの電源をコンセントから切ったように、誠の意識は飛んだ。




