佐藤 真人の はじまりはこれから
《三ヶ月後》
入院してから九ヶ月が経過していた。
九ヶ月が経過した今、妻のお腹が大きくなっていた。
お腹が大きくなり、動くのだって大変なのに、私の見舞いは欠かさなかった。
「具合はどう?」
[おはよう 具合はまあまあかな]
「そう よかった」
いつものあいさつをした後、妻は大きなお腹を気遣いながらゆっくり座った。
「よいしょ」
私は別の意味で、動くのが大変だった。
九ヶ月間の治療で私の体からは筋肉が落ち、自由に動くことができなくなっていた。
寝たきりの私を毎日見舞いに来てくれる妻に、この所毎日申し訳ないと思っていた。
だから私はつい、弱音を吐いてしまった。
[私が死んだら、きみを守れない]
[それに産まれて来る息子に会うこともできないだろう]
[でも私は、地縛霊でも、亡霊にでも、死神になってでも、きみを守りたい]
真面目な顔で言う私に、妻は笑った。
「それちょっと恐い」
「守って下さい」
「でも守ってくれるなら、せめて守護霊って言って欲しかったな」
妻は笑った。いつも私の前では笑顔の妻。
[そうか・・・・]
妻の的確な表現に納得し、もっとロマンチックなことを考える真人。
[じゃあ 星はどう? 星になってきみを守るは?]
「う~ん~ 幽霊よりはかっこいいかな?」妻は微笑んだ。
しかし妻はあることに気がついた。
「あ! でも星だと夜しか会えないね。朝は守ってくれないんですか」
また妻は笑った。
[・・・・・・そこまで考えてませんでした]
盲点を突かれた真人は素直に謝罪した。
[でも・・・・・・でも必ず、必ずあなたを守ります]
[なにがなんでも!]
強く 強く 誓った真人。
しかし
子供が生まれる一カ月前に、私は死んだ。
約束も守れないまま。
《生の世界》
[だからどうか! どうか譲って下さい]
どうしても生まれ変わりたいかを仙堂に告げて、頭を下げた真人。
「し 知らねぇーよ!」
「それはサエメンおっさんの事情だろ。オレには関係ないね」
仙堂も決して間違ったことは言っていない。
仙堂には関係のないことだ。
しかし真人も譲れない。頭を下げ続けた。
どっちつかずの仙堂と真人の会話に、老人が一つの案を提案した。
『まあ そんな事情があるなら譲ってやれのぉ~ おまえさん』
『おまえさんがこの母親に決めて理由より、佐藤君が生まれ変わる方が良いじゃろ』
仙堂が真人の妻を選んだのは、ただ美人だったからである。
核心を突かれた仙堂は、慌てて老人の提案を却下した。
「う うるせぇ~よ じいさん!」
「オレは一発で生まれ変わるって決めたんだ。これは譲れねぇ~」
断固として譲る気のない仙堂。
[そこをなんとか! 私は妻をなにがなんでも守ると約束したんです!]
[この生の世界に来て、生まれ変わることができると知り、私は妻をそばで守りたんです]必死に仙堂に頭を下げ、頼み込む真人。
「い や だ! 守りたいなら守護霊になればいいじゃんか!」
どうやらまだ、仙堂には真人の頼みが響いてないようだ。
[も もし、競り合いに負けるようであれば、守護霊になります]
[でも・・・ まだ妻のそばで見守れるチャンスがあるのら]
[必ず競り勝って、私は生まれ変わってみせます!]
真人の変わることのない決意に、仙堂は子供のように反発した。
「な なんだよ! ぜってぇー オレが生まれ変わってやる」
「い 今すぐサエメンおっさんの申請より高いポイントを申請してなるよ!」
仙堂は現世から帰って来た冷蔵庫の近くから、この世界の中央にあるモニターに向かった。生まれ変わりの再申請をするために中央のモニターに向かった仙堂の変わりに、うなだれている真人に話しかけた老人。
『大丈夫じゃ佐藤君。わしにまかせておけのう』
『わしが説得して見るわい』
[ほ 本当ですか? よろしくお願いします!]
真人は老人に深々と頭を下げた。
『まかせておれ』
そう言うと老人は仙堂が向かった中央のモニターへと向かった。
そして真人も老人にまかせたものの、自分も仙堂に頼み込むために、中央のモニターに向かった。
中央のモニターに着いた真人。
すると 中央のモニターには、仙堂の姿も、老人の姿もなかった。
[あれ どうして?]
二人の姿はいくら探しても見つからない。
真人の腕時計に申請更新の連絡がないということは、まだ誰も新しい申請をしてはいない。
真人は焦った。
なぜなら生まれ変わりの締め切りが近付いていたからだ。
腕時計のカウントがゼロへと近づいて行く。
このままカウントがゼロになれば、もちろん真人が生まれ変わることになる。
しかし 仙堂がいつ再申請をするかわからない。
もしカウントがゼロになる寸前に再申請が行われると、仙堂が生まれ変わることができる。真人は気が気ではなかった。
必死で仙堂の姿を探した。
精一杯走って探した 走って 走って探した。
必死に探す真人だったが、一つ過ちを犯していた。
それは、申請は中央のモニターでしかできないということ。
しかし真人は、仙堂を探すために中央のモニターから離れてしまっていた。
過ちに気付いた真人はモニターへと戻った。
必死で戻った。どうしても妻を守りたかった。
できることなら私自身として、けれど、私はもう死んでしまった。
妻を守ると約束したから。
仙堂を必死で探した。
なんどでも仙堂に頭を下げるつもりだった。
けれど・・・・
【キュインー キュインー キュインー】
腕時計から警告音のような音が鳴った。
中央のモニターにたどり着く前に鳴ってしまった。
嫌な予感は多いとは言い切れないが、少なくない確率で当たる。
ゆっくりと腕時計に目を向けた真人。
真人の嫌な予感はもちろん、仙堂の再申請。
[そ そんなぁ・・・・]
嫌な予感は多いとは言い切れないが、少なくない確率で当たる。
腕時計のカウントが・・・・・・ゼロになっていた。
真人は崩れ落ちた。
すると目の前から老人が歩いて来た。
真人の前から来たということは、中央のモニターの方からやって来たことになる。
老人は仙堂の説得に失敗したのか。
しかし 先程は中央モニターにいなかったはずが、モニターの方からやって来た老人。
矛盾だらけの出来事。
その矛盾を一切無にする一言を老人は口にした。
『よかったな 佐藤君!』
やさしく微笑んだ老人。
[は い・・・・!]
真人は立ち上がり、老人に感謝の言葉を綴った。
[説得してくれたんですね。ありがとうございました]
[本当に・・・ 本当にありがとうございます]
大粒の涙を流しながら感謝する真人。
『いや わしはないもしておらんよ』
[え?! じゃあどうして・・・ どうして私が生まれ変わることができたんですか?]
真人の生まれ変わりが決まった。
先程の腕時計への連絡は、生まれ変わりを知らせるものだった。
『わしはなにも言っておらん。あやつ端から佐藤君に譲るつもりじゃたんじゃよ』
『端から譲るつもりがあったのなら、素直に譲ると言えばよいものを』
『へそ曲がりな奴じゃ』
仙堂は真人に生まれ変わりを譲った。
真人の事情を聞き、譲ったのだろう。
[そ そうですか・・・ ありがとうございますと、伝えて下さい。心から感謝していますと 心から]
真人は涙を堪えながら老人に仙堂への伝言を頼んだ。
『あー わかった 伝えておくよ 佐藤君 本当によかったのう』
[はい]
真人は老人の最後の一言を聞くと。
ロウソクの火のように淡く、泡のように繊細に、ゆっくりと消え始めた。
第三者から見ると、とても切なく、悲しく見えた。
しかし 消えゆく本人は、とても幸せそうで、素敵な笑顔を見せてくれている。
[ありがとう]
真人は素敵な言葉を残して消えていった。
《とある病院》
〔あと少しです。頑張って!〕
真人の妻に看護師が、声をかけた。
「う~ うぅ~」
分娩室で新しい命を誕生されるために頑張る真人の妻。
〔あと少し頑張って! 吸って~ 吐いて~〕
「ひぃ~ ひぃ~ ふぅ~」
「う~ ひぃ~ ひぃ~ ふぅ~」
新しい命を誕生させる陣痛の痛みは、女性にしかわからない。
しかし痛みの後に、初めに幸せを感じるのも女性の特権である。
[おぎゃ~ おぎゃ~]
真人が妻を守るために生まれ変わった瞬間だった。
〔おめでとうございます。元気な男の子ですよ〕
産まれて来た男の子を妻の横に寝かせた看護師。
「よかった~ 産まれて来てくれてありがとう」
幸せそうな笑顔の妻。
〔お名前とか決まっているんですか?〕
看護師の問いかけに、幸せいっぱいの妻は息子の名前を教えた。
「はい 決まっているんです。夫と話合って決めたんです」
〔そうなんですか? どんなお名前なんですか?〕
「夫が決めた一文字と、夫の名前から一文字取って 真守 佐藤真守に決めたんです」
真人の妻は、夫の願いを聞き入れ、守の一文字と夫を称して夫から一文字を足した。
真人は無事、生まれ変わった。
真人の記憶はない。
しかし真人は いや 真守は妻を守ってくれるだろう。
きっと妻の力になるだろう。
妻は幸せな笑顔を真守に見せ、産まれて来てくれたことに、感謝の言葉を贈った。
「これからもよろしくお願いね」




