報告
《自宅前》
[よし・・・]
真人は家の前に着くと、妻に顔色で悟られないように気合いを入れた。
[ただいま]
「あ! おかえりー」
「ねーねー私ね! 今日いいことあったんだー」
余程良いことがあったのか、満面の笑顔の妻。
[へーそうなんだ。なにがあったの?]
「あのね! あのね!」
妻はニッコリと笑い。
誰もが幸せになる一言を真人に伝えた。
「できたみたい 赤ちゃん!」
[・・・・・本当に?]
「うん!」
「どう? 嬉しい?」
[嬉しい! 嬉しいよー]
真人に一日で世界一嬉しい事実と、世界一悲しい事実が、一遍に来た。
真人は泣いた。
嬉しくて泣いて。
そして、悲しくて泣いた。
二つの事実から少し落ち着いた真人は、産まれて来る子供ために、妻に悲しい事実を伝えた。
[あのさ]
「ん?」
夕食を食べ、二人でテレビを見ているときに話をきりだした真人。
[今日病院行って来た]
「あ そうだったね。どうだった?」
妻は月一回の検診で一度も異常が見つかっていないことから気軽に問いかけた。
[転移が見つかった]
「え! そんな・・・・・・大丈夫! きっと今回もすぐに治療すれば、すぐ治るから」
妻は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔で私を勇気付けてくれた。
妻にも勧められたように、私はすぐに入院し、治療を進めた。
妻のため、そして産まれて来る子供のために、私は生きなければいけない。
《入院して半年が経過した》
リンパ節全身転移から半年。
私の姿は見るに堪えない姿だった。
想像はしていた。
治療のため、薬を飲み、栄養は点滴から取り入れる毎日。
痩せない訳がない。
もともと痩せ型だった私は、痩せこけてしまった。
「具合はどう?」
妻が毎日見舞いにやってきてくれた。
[おはよう 具合はまあまあかな]
「そう よかった」
妻との朝の会話はいつもこれから始まる。
そして日中の検査が終わると、決まって妻と毎日話すことが二つある。
一つ目は、無事私が退院した後、家族でやりたいこと。
二つ目は、産まれて来る子供の名前をどうするかだった。
この二つを話している間は、入院の苦痛を忘れられた。
「あ 検査お疲れ様」
[疲れた~]
「お疲れ」
[今日の検査は辛かった~]
「そんなに辛かったの?」
[辛かったよ~。 あ! 検査の間ずっと子供の名前考えてたんだ]
「そうなの? なにかいい名前見つかった?」
[うん。まだ決まってはないんだけど、もし男の子なら守るって一文字を入れたなぁ~って]
[どう?]
「うん いいんじゃない」
「でもなんで守るの一文字を入れたの?」
[それは秘密]
「え 教えてよ」
[ダメ~]
「なんで? いいじゃん 教えてよ~」
こうして笑顔で妻と話し合う時間が、今の私を支えている。
どうして妻に秘密なのかというと、妻に話してしまえば、必ず怒るに違いないからだ。
毎日の検査が日に日に痛みを増していた。
良薬は口に苦しという言葉があるが、痛みが増している以上 私の身体は悪化している。悪化しているということは、私には時間がないことを示していた。
このままでは妻を守ることができなくなってしまう。
私は検査の最中に考えた。
それなら情けないが、産まれて来る子供に妻を守ってもらいたい。
そして息子の名前に守るの一文字を入れることで、私の願いを息子が気付いてくれることを信じて。




