腕時計の秘密 その3
《生の世界》
生の世界にある冷蔵庫。
冷蔵庫は二人が入ったままの状態で扉が閉まっていた。
見た目は普通の冷蔵庫。
だが、現世と生の世界を行き来することができる冷蔵庫。
そのとき冷凍庫の扉がいきなり開いた。
扉が開いた冷凍庫は、現世に行った者の中から生の世界に戻って来る本体に合った足を検索する。
【・・・・・・ ・・・・・・ ・・・ピ!】
どうやら足が決まったようだ。
すると冷蔵庫の扉が開き、本体の仙堂が現世から生の世界に戻って来た。
冷蔵庫から本体、冷凍庫から足が出現し、すんなりと本体と足が一体になり、勢い余って背中から落ちた仙堂。
「うお!」
【ドスン!】
「イテェー」
仙堂はまた反射的に痛みを訴えたが、亡くなった者は痛みを感じない。
生きていたときの名残の一つである。
「あ・・ ヤベ!」
「・・・・・・」
先程老人に痛みを感じないことを注意されたばかりの仙堂、痛みを訴えてしまった自分を誰かに目撃されていないかと周りを見渡した。
「・・・よし 誰も気付いてないな」
仙堂は何気ない感じで立ち上がり、何もなかったような顔をしていると、仙堂が冷蔵庫から出て来たように冷蔵庫の扉が開き、老人が現世から帰って来た。
老人は転倒することなく、無事着地すると、ものすごい剣幕で仙堂に歩み寄り、怒鳴り声を上げた。
『勝手にボタン押すなと言ったじゃろ! バカ者』
「ご ごめん」
老人のすごい剣幕に仙堂は謝ることしかできなかった。
『現世への行き来は、わしの腕時計でもできるが、もしおまえさんがどこかに行ってしまった場合。わしは、生の世界に戻るしかないんじゃぞ!』
「・・・・・ごめん」
『ちゃんと年寄りの言うことは聞くもんじゃ』
「すみません」
生前からの人の話を聞かない悪い癖が出てしまった仙堂。
「こ 今度から気を付けます」
仙堂は落ち込みながら反省の言葉を綴った。
『・・・・・まあ 今度からちゃんと気を付けるんじゃぞ』
「・・・はい」
『よし。この話は終わりじゃ』
「・・・はい」
仙堂の落ち込み具合から老人は話を切り替えた。
『ところで現世に居たときに、わしらはなんの話をしておったかのう?』
「・・・父親についてです」
老人に怒られて、敬語になる仙堂。
『あーそうじゃった そうじゃった』
『父親についてじゃったな』
「はい・・・」
『家族構成などは、真ん中のボタンじゃった。 ほれ 押してみい』
「ここは現世じゃないですけど、ボタン押してもいいんですか?」
『真ん中のボタンは、生まれ変わりの申請した者は使える機能なんじゃ』
「え! そうなんだ」
もう老人への敬語の効力が切れたようだ。
「じゃあ 押すよ」
『あー押してみい』
【ポチッ】
【ボワーン】
「うわ!」
真ん中のボタンを押すと、腕時計から小さなモニターが飛び出した。
「すげぇ~ なにこれ!」
『そのモニターで家族についてわかるんじゃ』
「へ~ スゲェーな」
「じゃあ これをこうして こう?」
仙堂にとって知らない機能だったが、そこは若い仙堂、間違いながらも自分で父親についての項目を検索した。
「そして最後にこのボタンを押せば・・・・ ん? できたか?」
『完璧じゃ』
「あ よかった」
父親の情報として、氏名 年齢 収入などが記載されている。
「どれどれ~ オレの父親になる人はどんな人かな~」
自分の父親になるかも知れない男性の情報を隅々まで調べた仙堂。
「へ~ まあまあの収入じゃん」
「ん?」
父親について調べていくうちに、仙堂が読めない漢字が出て来た。
『どうした?』
「いや この漢字なんて読むの?」
『役? 股?』
『なんじゃ漢字も読めんのか。どれじゃ?』
『!』
老人が仙堂の読めなかった漢字を確認すると、老人は言葉を失った。
それは、とてもいい意味では使わない漢字だったからだ。
「ん? どうした? じいさん」
「あ! まさか、じいさんも読めないのか? ダッサー」
『・・・没じゃ』
「没?」
『亡くなっておると言うことじゃ』
「!」
「・・・・・・・・」
仙堂は固まった。
自分の父親になるかも知れない人が、もうこの世にはいないという事実に。
「・・・・・・・」
『・・・・・・・』
仙堂と老人は黙り込んでしまい、なんとも重い空気が流れていた。
そんな空気とは場違いの音が、仙堂の腕時計から聞こえて来た。
【キュインー キュインー キュインー】
「うわ! なんだこれ?」
仙堂は腕時計から鳴る警告音のような音を止めた。
【ピッ!】
『申請の連絡じゃ』
「申請の連絡?」
『他の誰かが、おまえさんのポイントを上回るポイントを申請したんじゃ』
「マジで!」
生まれ変わりの申請は、自分の決めた親に自分よりも高いポイントの申請があった場合、腕時計に連絡が来るしくみになっている。
仙堂は腕時計に来たメッセージを急いで開いた。
【あなたの申請を上回る申請がされました】
「チッ マジかよ~」
「どうすればいいんだ じいさん?!」
予期せぬ事態に慌てる仙堂の後ろから、弱々しい声が聞こえた。
[あの~ すいません]
パニック状態の仙堂に声をかけられ、仙堂は威圧的に振り向いた。
「あ?」
振り向くとそこには、さえない顔のメガネをかけた中年男性が立っていた。
「なんだ? おっさん」
[す すいません]
[あの~ 私は、佐藤 真人と申します]
「だからなんだよ? こっちは忙しいんだよ」
見ず知らずの男性が話かけて来たが、それどころじゃない仙堂は聞く耳を持たなかった。
[あの~ し 申請されましたよね?]
「はあ? 申請? してるけど」
[お 同じ人に申請してます]
「同じ人?」
同じ人と言う言葉で、頭の悪い仙堂でも意味はわかった。
このさえない中年男性が、自分のポイントを上回る申請をした相手だと。
[こ この申請 ・・・私に譲ってくれませんか?]
さえないメガネイケメンの真人は頭を下げた。
「いやだ」
仙堂は即答した。
[そ そこをどうか・・・・・]
また頭を下げた真人。
「い や だ!」
仙堂は一文字一文字の発音を強調し、嫌味を込めて断った。
[お お願いします!]
「しつこいなぁー 微妙にイケメンだし、ムカつくおっさんだなぁ」
「このサエメンが!」
「すぐにでもおっさんが申請したポイントよりも高い申請をして、オレが生まれ変わってやる!」
自分の申請を上回る申請がされた仙堂。
すぐにでも申請をしたかったが、仙堂と中年男性の会話を聞いていた老人が仲裁役に入った。
『まあまあおまえさんも少しくらいは話を聞いてやれのぉ~』
「いやだ」
『おまえさん!』
「・・・・わかったよ。おっさんはなんでそんなに譲って欲しいんだ?」
老人に一喝されて、渋々話を聞くことにした仙堂。
[じ 実は~ あの~ その~]
「なんだよ! 焦れってぇーな!」
「ささっと言えよ!」
[・・・・・]
[妻です]




