Ⅱ. 名前
―名前は?
ミルティフォリア(長いので、ミルティと呼ぶことにした)に
そう聞かれ、私はとっさに答えられなかった。
理由は、ふたつ。
1つ。
目の前の彼女、ミルティを助けもしなかった隣の男が、
「ワタシはオブシディアンと言いマース」と、先に名乗ったからだ。
2つ。
私が、自分の名前を「知らない」からだ。
名前を忘れているだけなのか、はたまた名前自体が無いだけなのか・・・。
「わ、私は・・・。その、名前が分からないの。記憶がなくて・・・
今、記憶を探してる」
私はミルティに、私の現状を話す。
「そうでしたの・・・。あぁ、それなら。
勝手ながら私がお名前、お付けしてもよろしいでしょうか?」
「・・・本当に?」
「えぇ。では、貴方は・・・」
―どんな、名前にしてくれるのだろう?
「愚者」
・・・?ぐ、しゃ?
「あの・・・ミルティ?」
まさか、そう来るとは・・・。
人形っぽい、とか、女の子っぽい名前が来なかった。
私も、隣のディアンも呆気にとられていた・・・。
でも、ミルティは一人、落ち着きはらって。
大真面目な顔をしている。
両手を私達の前に出し、操り人形をこれまた器用に動かす。
操り人形は、いつの間にか別の物に取り換えられていた。
旅人装束の小さな人形は、ミルティの意のままに、カタカタと動く。
「愚者とは・・・。文字通りで言うのなら、愚か者。馬鹿者。
けれど、とある占いで言うのなら。
愚者は旅人。始まりを意味する・・・」
小さな操られる人形は、てくてくと何処かへ歩いていくような動き。
「貴方は、記憶を探して旅し、
貴方の記憶も、同時にこの世界を旅している・・・」
「だから、私は『愚者』?」
「そうです。・・・けれど、この呼び名は、貴方には似合わない。
だから・・・『アキレギア』。『愚者』を意味する花の名前。
これは、どうです?」
「アキレギア・・・。うん。こっちの方が、いい」
「では、改めて、よろしくお願いしますね。アキレギア」
「私も。・・・よろしく、ミルティ」
「ワタシは愚者の方が好きなんデスけどネェ」
ディアンが口を挟む。
「まぁまぁ・・・。アキレギア自身が良いと言っているのだから、
この名前で良いでしょう?名前は、その者自身を表す、大事な物ですもの」
「じゃあ、ワタシは一体何なのでしょうカ?」
「オブシディアンは、黒曜石。石言葉は・・・『摩訶不思議』」
「あら、ぴったりじゃない」
本当にぴったりだ。
私はディアンのことが、よく分からない。
「知らない」のではなくて、本当によく分からないのだ。
ケタケタと笑うような話し方、態度・・・。
でも時々、何かを諭すような物言いをするから。
「摩訶不思議ネェ・・・。ま、そーなんでしょうネェ」
私達は笑う。
この世界で目覚めて、多分、私は初めて笑った。
私は、今日から「アキレギア」。
本当の、名前が見つかるまで。
記憶探しはまだまだ、これから・・・。