Ⅳ. ひとつ
ぬいぐるみの綿の中の小さな光に触れると、それを通じてか何かが「見えた」。
頭の中に、映像としてぱっと現れたのだ。
見えたのは一人の男。「私」を作ったマキナ博士。
彼の優し気なその顔が良く見て取れる。
彼はこちらを見て何かを言う。
「・・・め」
(何と、言ってるの?)
「愛しい、私の娘―。
私は、お前を愛しているよ・・・」
映像はそこで途切れた。
光は消え、ぬいぐるみも、いつの間にか小さなうさぎのものになっていた。
・・・何だろう、この感じは。
私は人形。人の手で作られた、意志も、感情も持たぬはずの。
人の姿を与えられた創造物。
そのはずだ。
そのはずなのに、今はただ・・・。
胸が、痛い。苦しい。締め付けられる。
「・・・っ・・・」
狂おしいほどに何かを、いや「彼」を、求めている?
これは、一体何・・・?
「おめでとうございマス」
背後で聞き慣れた、男の声。
「・・・何しに、来たの」
「何って、お祝いに来たんですヨォ。ちゃんと無事に倒せたようですしネ」
「針だけ投げつけて、自分はどっか行ってたくせに・・・。良く言うわね」
「まぁマァ。とにかく、おめでとーございマス。
キオクも、ちゃんと取り戻せたようですネ」
「えぇ。・・・博士は、私を愛しいって、愛してるって、言ってたわ」
「キミに?」
「・・・そう。私に。捨てたのにね・・・」
―ねぇ、博士。私を愛しいと。愛してると言うのなら。
「どうして、私を捨てたの・・・」
「それはまた、これからキミが探していかなきゃいけないんですヨ。
『怪異』にはキミのキオクが入ってマス。
ま、キミがキオクを取り戻したくないのなら、話は別ですがネ?」
「私は、知りたい。
私が今まで見てきたことを。
ほんの一時でも・・・ただの人形でも。
私は、愛してもらったのは確かなのだから」
「・・・そうかい。
それならこのワタシが、この世界を案内していきまショウ。
何かを始めるには、案内人がつきものですヨ?」
「・・・勝手にすれば。でも、あなたはどうせ戦いはしないんでしょ」
「そーですネェ。ワタシより、キオクが重要なのはキミですからネ~」
「あっそう・・・」
「あ、でも。キミがまた、危なそうな時には、助けると約束しマス」
「・・・信用はしにくいけれど。まぁ、覚えておくわ」
そうして私は右手の銀の剣に加え、足元に倒れていた小さなぬいぐるみを左に持つ。
「・・・まさか。その子、連れて行くんですカ」
ディアンが少し嫌そうな顔をする。
「何?不満なの?・・・ちゃんと、直すわよ。
私が裂いちゃったし。このままだと可哀想だわ」
「あぁ・・・別に、それならいいんですケド。裁縫、出来るんですカ?」
「・・・」
そうだった。私、裁縫出来るっけ?
踊ることは出来る人形だけど・・・。
「・・・裁縫が出来る子探しから始めなきゃね」
「じゃあ、裁縫道具が置いてあるところにでもいきますかネ」
銀の針と、黒いぬいぐるみ。
そして、取り戻した記憶がひとつ。
それらと一人の案内人と共に、私はこのがらくた置き場を歩き始めた。