Ⅱ. 人形姫への小夜曲
小夜曲:さよきょく・セレナーデ
女性のために歌われる恋の歌。
「君のために作られた人形」
紫の剣士―デュランタは、自身の名と共にこう言った。
「一人で踊る、君の相手をするための人形。
君が一人で寂しくないようにと、博士が作った存在。
あの工房で、君の隣に置かれてた。
ここに、『連れて来られる』までずっとね」
デュランタの話は続く。
昔話は、まるで誰かに捧げる詩のようだ。
今、その「誰か」―は、私。
彼から紡がれる物語は、はっきりと私の頭の中には残っていない。
けれど、ぽっかりと穴が空いていた私の内の何かが、
少しずつ埋められていくような感じがする。
「・・・ここに来て、自分で動けるようになった。
でも君は、いなかったんだ。
君は―あの、2人といた」
あの2人・・・。ディアンと、ミルティ。
デュランタは私を・・・いえ、私達を見知っていたらしい。
「君は、君じゃなくなっていて。
気付いたらいつの間にか君はまた何処かへ行ってしまった。
僕は怪異を倒してあちこちを彷徨って・・・
ようやく君をまた、見つけた。
君も、僕を見つけてくれた」
「今、こうして私達は。再会した、と」
「そうさ。そして今は、君は『君に』戻っているんだね・・・」
「私は、『私に』・・・?」
戻った?
でも、目覚めてからの私は、ずっと同じ存在・・・。
彼が知っている私。
そして私自身の―私。
どういうことなのだろう・・・?
浮かぶ疑問を聞く前に、彼が口を開いた。
「ありがとう。・・・また会えて嬉しいよ。姫」
「・・・姫?・・・ああ、また謎が増えたみたい・・・」
「ごめん、つい・・・。
ええと、そうだ、どう?何か、さっきまでの話で思い出せた?」
その問いで新たな疑問達は掻き消された。
私の空虚は確かに埋められていった。
けれどやはり、まだ自分が過去に積み上げてきた記憶は見えてこない。
「ごめんなさい・・・。どうしても、記憶が見えてこないの。
何かに、惹かれるようなことはあるのだけれど」
「そうか・・・。謝らなくていいよ。
君が記憶を失くしたのは君のせいじゃないのだから」
彼は部屋の奥に目をやる。
暗い灯りの灯る、黒い空間を。
「でも、やはり言葉だけじゃ記憶は戻らないのか・・・」
来て、と言われ、私はデュランタの後を追う。
廃墟の奥へ奥へ、彼がさっき見ていた方へと進む。
少し歩いて彼が止まった先に見えた、
黒の空間の真の姿は。
なんと私の部屋と同じ空間。
「私の部屋と同じ・・・?」
「同じ『物語』の人形として、同じ部屋を下さったんだ」
「物、語・・・?」
「それも、すぐに分かるさ。君に返すよ、これから。
君の大切な記憶を」
彼は、ダンスホールにかかる、
瓦礫に負けないくらいぼろぼろのカーテンを引いた。
カーテンの向こうには、舞台があり、
そのうえでは何かがチカチカと光っている。
暗い空間に無数に広がるそれは。
私の、記憶の欠片達。
剣士―デュランタが、これまで集めてきたものだ。
「・・・私の記憶・・・。こんなに・・・」
さあ、と彼が私に手を差し伸べ、欠片のある空間へと誘う。
私は彼の手を取って、記憶の散らばる暗闇へと進んでいった。
欠片が集まり、星空の下のような場に立ち、
私は近くの欠片を両手で掬い取る。
その欠片に宿る記憶が見える前に、他の欠片達も次々と、
私の周りに集まって来る。
「思い出して。
君が、何をして、何を見てきたのか。
それから・・・」
―それから?
私は欠片から発せられる、私自身の記憶の波に飲まれていった。
―もう、誰も、恨まないで。
この言葉を聞けた者は、この言葉を発した者以外
誰もいない。
この言葉を伝えたかった相手は。
今や記憶の濁流の中。




