Ⅴ. 最後の願い
黒いつぎはぎうさぎのぬいぐるみ。
私が初めて戦った、怪異。
そしてこれまでずっと、そばに置いて来た子。
そして今、今度は主によって、
再びその腹を引き裂かれた―・・・。
「フ・・・フラン。どうして」
あんなに、大事そうにしてたのに。
私にはどうしても彼女の行動が理解できなかった。
「どうして・・・?そんなの、面白いからに決まってるじゃない」
彼女からはケタケタと、何かに取り憑かれたかのように、
狂った笑いが聞こえて来る。
明らかに、様子がおかしい。
「・・・っ」
何もできず、身は固まるばかりだ。
フランはなお笑いながらつぎはぎ部分を破ろうとしてしまう。
見ていられなくなり、私は、
「やめなさい!フラン・・・!!」
彼女の手からぬいぐるみをはぎ取る。
私はそのままぬいぐるみを抱きかかえる。
フランは返して、という訳でもなく、
ただ立っている。
やがて、彼女はカタカタと、ぎこちない動きを始めた。
おぼつかない足取り。焦点の合わない目。
「何が、起きてるの・・・」
「やっぱり、こーなりましたネ。
だから、やめとけって、言ったのニ」
私達の背後に、複雑な顔をしたディアンがいた。
「ディアン・・・一体これは・・・」
「ミルティフォリアさんも分かるでショウ?
イエ・・・分かってたでショウ?あの子はもう」
「・・・」
「ミルティ・・・?ディアン・・・?」
ミルティは、重々しく口を開き、私に言った。
「あの子の動力は、もう尽きる・・・」
「・・・動かなく、なる?」
「はい・・・。昨日、彼女と出会った時には、
もう内側が壊れていると、分かっていたんです。
それでも、命尽きる前に、せめて彼女の願いを叶えたい。
そう思って、一緒に探していたんです。
・・・ピエリスを」
「ピエリス?」
「あの、うさぎの名前です。
名前を付けるほど、大切にして。
可愛がっていたんです・・・」
「・・・っ」
私はぬいぐるみを、再びぎゅっと抱いた。
『・・・ありがとう』
「・・・?」
何か、声が聞こえた。
ディアンでも、ミルティでも、ましてフランでもない」
ならば。
「ピエリス、なの・・・?」
『はい。・・・そうです。
怪異になってしまったときも、そしてさっきも。
僕を助けてくれてありがとう。』
「貴方は・・・意志を、持ってたの?」
『黙っていましたが・・・。
怪異になる前から、意志は持っていました。
怪異になって、フランボワーズと離れ離れになった後、
貴方に拾われて・・・。どうにか彼女のもとへ帰るために、
ミルティフォリアさんにあるお願いをしていたんです』
「ミルティ、お願いって?」
「ガラクタ川で、お腹を縫ってあげていた時、
私に街へ行って、この子の主と会って、
自分を主のもとへ返してほしい、と頼まれていたんです」
ミルティが街へ行き、色々な店を回っていたのは、
主を探すためだったのだ。
『僕は彼女に与えられた、ぬいぐるみです。
このガラクタ置き場に、彼女と一緒に僕は連れてこられました。
目覚めてからも、いつでもどこでも彼女とずっと一緒でした。
普段、彼女は普通の女の子だったんです。
でも、時々動きや言葉がおかしくなる時がありました。
・・・彼女は、古い人形で、
中の絡繰りも、もう、壊れかけていたんです。
日に日に、彼女はどんどん狂ってしまいました。
自身を傷つけかねないようなこともずっとして。
物を壊すことがひどく多くなってしまったんです。
僕は、ただのぬいぐるみで、何もしてあげられない。
機械仕掛けじゃないから、彼女を止めてあげることも出来ない。
だから、彼女が暴れるのを、ずっとこの身に引き受けることで、
彼女が壊れるのを・・・なんとか止めようとしたんです』
「ピエリス・・・」
『でもやっぱり所詮はただのぬいぐるみ。
僕には、彼女は止められなかった。
もう、彼女は止まってしまう。
だから、僕も・・・彼女と共に、眠ります。
アキレギアさん。そのために、僕の願いを聞いてくれますか』
すらすらと並べる、語りの声から。
はっきりと、願いを託す強い声に変わる。
「・・・分かった。貴方の願いを、聞くわ。
私に、どうしてほしいの」
『僕を』
『彼女のもとへ、返して下さい』




