Ⅵ. 役割
動かなくなったチャリオットの胸元に、淡い光が見える。
「これが、貴方の記憶?」
ミルティが尋ねる。
「えぇ」
私はその光を両手で掬い取った。
見えたのは、工房。
かつて私が置かれていた場所。
私が・・・生まれた場所。
私よりも遥かに大きいマキナ博士が、目の前にいた。
博士は私に靴を―黒いトゥシューズを履かせている。
「博士、この人形にはどのような絡繰りが?」
博士の隣の誰かが言った。
・・・確か、この人は。
あぁ、そうだ。博士のお弟子さんの一人。
博士の周りには、色んな人がいたんだった。
「この子には、他の子とは違う絡繰りが入ってるんだ。
ただ手を動かしたり、ちょっと歩いたりするのとは違う」
そう言って、博士は私をそっと抱き上げる。
すぐそばのテーブルの上にあった銀の薇を、
私の腰のあたりの穴にはめ込み、巻いていく。
何が行われるのだろうか、と彼の弟子たちが集まって来る。
キリキリ、キリキリ・・・。
静かな部屋に、ただただ無機質な音が響く。
「さぁ、ご覧よ」
音は止み、博士は私を降ろした。
私の視界がぐるぐると動く。
私は踊っていた。内部の絡繰りが動く音を響かせて。
「この子は、他の子とは違う。
ただ手足を動かす人形じゃないんだ。
この子はただ動けるのではく、バレエを踊ることが出来る人形。
私の持てる技術を全て注いだ、最高傑作だ。
名前は・・・・」
―名前は?
博士が言ってくれる前に、映像は切れてしまった。
「・・・あった」
「あったって、何が?」
「私の、名前。あったの。
でも・・・本当の名前が何かまでは、分からなかった」
「そうですか・・・」
「でも、良かったじゃありませんカ。
ちゃんとお名前はあった訳でショウ?」
「そうね・・・」
「他には、何か思い出せました?」
「私には、バレエを踊れる絡繰りが備わっているって」
「バレエ・・・。あぁ、だから戦ってる間、
あんな動きをしてたんでしょうネェ」
「何はともあれ、チャリオットは止められたわ。
大きさも元に戻ってるみたいだし」
足元のチャリオットは元の小さい人形の姿だ。
ブローチをのけてミルティに人形を渡す。
「ごめん。一カ所、服針で突いちゃった」
「いいえ。・・・ありがとう、アキレギア」
「あのーミルティさん、馬共はどうすれば良いんでしょうカ?
ワタシあのままにしちゃってるんですガ」
「馬も、チャリオットの一部なのですが・・・」
「大きさ、戻ってないの?」
「エェ・・・。あ、ちょっと待ってて下サイ」
ディアンはリボン縛りの馬の方へ走っていった。
ちょっと経って戻ってきたディアンの手には、
元の大きさに戻った馬が2匹。
「あら、小さくなってたの?」
「イイエ~?ワタシが小さくしたんですヨ?
人形部分しか元に戻ってないんデ、ひょっとしたら、と思いましテ。
さ、これどうゾ」
ミルティには馬を、私にはディアンの王冠のついた黒い杖を向けるだけ。
・・・杖?
「・・・ディアン・・・?」
「まァまァそう真顔にならないで下さいヨー。
ちゃーんとキミに『お返し』しますカラ!」
「・・・?」
ディアンがさっと杖を一振りすると、
小さな光が現れる。私の記憶だ。
「まだ残ってたから、大きいままだったのね」
「そーみたいデスネ」
記憶の光からは、さっきの記憶とは違った、別の映像が見えた。
音は無い。ただ、映像だけが流れていた。
私が置かれている場所。
私の小さな部屋だった。
「ディアン、ミルティ。
もう、追ってくる物は無いから。行こう」
案内人と、導き役の隠者を連れて、
私はいよいよガラクタ川の向こうへと、向かって行くのだった。




