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奴隷勇者  作者: 雨風炉
始まりは優しさと温もりに
9/12

お爺さんと精霊王

 まだ月は見える、遠くの方では薄く明るみを帯び始めこれから夜が明けると知らせてくれる。そんな時間に自然と目が覚めてしまった。 

 普段なら寝起きの余韻に身を任せて二度寝する所だが昨日は一日中床に伏していたせいなのかまったく寝れる気配がしない。

 しばらく体温で温かくなった毛布の中で温まっていだが、意を決して体を起こし軽く伸びをして凝り固まった筋肉をほぐすと、一日ぶりにかけられた心地良い負荷に骨達は喜びの軋みを上げた。 


 ベッドから降りて机の上に横たえたバッグからジャージを取り出して着替え、外用のバッシュを摘み、タオルを首に掛けながら音がしないようにそっと部屋の扉を開ける。

 忍び足に廊下に出るとすぐに隣の部屋の扉も開いて誰かが出てきた。

 

 寸秒、お互いに目を見張っていたが、すぐに相手を確認すると安堵に息をつく。

 

 隣の部屋から出てきたお爺さんに手でおいでと促され、まだ肌寒く暗い外へと出た。


「いやはやびっくりしたのう、ヒロヤスはこんな朝早くにどうしたのじゃ?」

「俺は二人が起きる前にひとっ走りしようかと。昨日は丸一日寝込んでたんで体を動かさないとなんだか気分が悪くて。そういうお爺さんは?」

「儂は羊達の面倒を見に行くところじゃよ。走りたいなら調度良い、これから羊を連れて行く場所はな~んもない草原なんじゃが付いて来るか?」

「はい!是非!」


 羊小屋に到着すると、お爺さんが小声で何かを唱え始めた。

 すると目の前に小屋を覆う巨大な半円状の壁が現れた。まるでシャボン玉の様な色を放つ不思議な壁はお爺さんが唱え終わると下から徐々に空中に溶け出していく。


 一瞬狼狽えたがすぐに思い当たる節に気づく。


  前は疲れてて幻覚でも見たのかと思ったけど、まかさこれが精霊術ってやつなのか?  


 お爺さんは壁が消えたのを確認すると錠前を解き扉をを開けた。中は暗くてよく見えないが羊たちはぐっすりと眠っているようでとても静かだ。

 だが扉の前でお爺さんが杖の先に付いた小さなベルを鳴らすと、ぐっすり眠っていたはずの羊は一匹、また一匹と起き出し、それに釣られるように周りの羊たちも起きるとぞろぞろ外に出てきた。


 その群れの中で一匹の羊が俺に向かって来る。


「ベエェー」

「お!お前あん時慰めてくれた奴か!おかげでこんなに元気になったよ!」

「ベェェベェェ」

「アハハ、舐めるなよ、くすぐったいじゃないか」

「ホッホ、ヒロヤスはその子のお気に入りじゃのぅ。その子もまたあえて嬉しがっとるわい」

「この子、名前とか有るんですか?」

「いんや、羊達には名前はつけとらんでな。その子が気に入ったなら名付けてあげるといい」

「いいんですか?そうだなぁ……」


 せっかく名付け親にしてもらえるというので無い頭を捻ってみる。

 

 ここにいる羊達はグルグルの巻角とモコモコの毛が大きな特徴だ、この子だけの特徴を探そうと全身見渡す、と二つほど見つけた。一つ目は左の目尻に二つ連なった黒子、もう一つは蹄から第一関節辺りに伸びる網目のような模様だ。


  網目……。


「いい忘れとった、その子は女の子じゃ」

「そうなんですか?」


 その事も踏まえて少し考えるとすぐに閃いた。


「ルネット!お前はルネットだ!」  

「ほう、なんでその名前にしたんじゃ?」

「コイツの足、網目みたいな模様をしてるでしょ?それがバスケのゴールネットに見えてすぐに閃いたんです!」

「ほぅほぅ。そのばすけのごおるねっとが何かは分からんがその子も喜んでるようじゃ」

「べエェー」


 ルネットが足に頭を擦り付けてくる。心なしか嬉しそうに見える、名前は気に入って貰えたようだ。


「それじゃあ行こうかの」


 扉から出てくる羊の姿が無くなると、お爺さんは直に日が昇るであろう寒空の下、目的地の草原に向かってゆっくり歩き出した。羊の群れを連れだって進む姿はとても悠々としていて、長い年月をかけて培ってきた年季を感じる。 


「そういえばヒロヤスは記憶喪失らしいのう?」

「え?あぁ、そう……ですね……」

「なんじゃ?歯切れが悪いのぅ」


 本当の事を言うべきか少しだけ迷ったが別に隠す必要もないだろうと思い直す。


「いえ……その……。実は俺、別の世界から来たみたいなんです」

「ほぅ、それはまた難儀な話じゃのう」

「え?信じてくれるんですか?」

「なんじゃ?冗談じゃったのか?それはすまんのぅ、老いぼれに若者の冗談は余り分からんでな。ホッホッホ」

「いやいや!冗談じゃなくて本当ですよ!……ただあんまりにも簡単に信じてもらえたんで驚いてしまって……」

「まぁ、良くて夢見がちな青年、悪くて変人だと思われそうな話じゃからな。ホッホ」

「あぁ、やっぱりそうですよね……」

「じゃが儂は信じるぞ。世の中何があるかわからんものじゃ。儂なんか羊達と一緒に精霊王様に会ったからのう」

「え?精霊王様?なんですかそれ?」

「なんじゃ?精霊王様の事もしらんのか?本当に違う世界から来たようじゃ。よいか?精霊王様はこの世界に精霊を生み落とした言われる七人の精霊の事でな。その精霊の事を儂らは敬意を込めて精霊王様と呼ぶんじゃ。精霊王様方は」

「へぇ、すごい精霊なんですね。その精霊王様に会った時の話聞いてもいいですか?」

「もちろんじゃ、今でもよ~く覚えとる。


 その日は羊たちを連れて少し遠くの草原まで出向いておってのぅ、いつも通り羊たちを見ておったら急に空から美しい女性が儂の所に舞い降りて来たんじゃ。あれは天女と呼べばええかのぅ?とてもこの世のものとは思えんほどに美しかった。

 

 そしてその腕に赤ん坊を抱えながら言ったのじゃ『この子の親は死を迎えてしまい、私は彼らの今際の願いを叶えるためにやってまいりました』とのぅ。儂はその時腰を抜かして動けなかったのじゃが、そんな儂を見てその天女が指を振るうと動けなかった体が急に軽くなったんじゃ!後から気づいたんじゃが、年々痛みがましておった肩凝りや腰痛もその時に治ったんじゃ。


 それからその女性は続けたんじゃ『どうかこの子を育てていただけませんか?』とのぅ。儂は地に頭つけながら、こんな老いぼれで良ければ甘んじて育てさせて頂きますと返すと『ありがとう優しき人よ。あなたに私の祝福を施しました、この子が大人になるまでは私の祝福が貴方達を守るでしょう。遠くない未来、我らの使いを送りますどうかその時まで……』そう言葉を残しコッティを儂に預けて天に舞い戻っていったのじゃ。


 きっとあの方は精霊王様に違いないじゃろう」


 

 確かに不思議な話だ空から人が現れて


「その赤ん坊ってもしかして……」

「そうじゃ、コッティは精霊王様に託された大切な子じゃ」

「体を直してもらったっていうのは?」

「うむ、あれから腰痛や肩凝り、病気や大きな怪我もせんくなったわい。羊飼いの仕事はのぅ、普段はこうやって羊たちを先導するんじゃが、たまに野生の獣が襲ってくることもあるのじゃ。その獣から羊達を守るためにそれなりの力がないといかんで、殆どの者は七十から八十までの間に引退するんじゃ。儂はそろそろ九十七になるんじゃが、精霊王様の祝福ののお陰でまだまだ若いもんには負ける気がせんくてのぅ!生涯現役ので行くつもりじゃよ。ホッホッホ」


 そう言って元気な事を自慢する様に笑いながら軽快に走りだした。俺も羊たちも驚いていたがすぐに反転して戻ってきた。


「どうじゃ!まだまだ行けるじゃろう!」

「そんな急に動くと危ないですよ!」

「大丈夫じゃ、自分の体は自分が一番良く分かっとる。これでもまだ信じられんか?」

「え……。いや!九十七でこれだけ元気ならそりゃ信じますよ、それに俺の話だって普通なら馬鹿にされるような話です。世の中不思議なことの一つや二つありますよね!」

「そうじゃ、世界には儂らには理解できん事が溢れかえっておるものじゃ。別の世界から来たくらいよくあることじゃろうて」

「いや、よくあっちゃダメですよ」


「あっはっは」

「ほっほっほ」  

 

  向こうでも散々やって来たボケとツッコミはこの世界でも通用するみたいで二人して陽気に笑う。

 そうして二人で笑っていると、どうやら目的の場所が見えてきたようだ。

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